1993年から現在までに103回。日本において、死刑囚に対してその刑が執行された回数です(2015年7月31日時点)。年によって偏りはあるものの、単純に計算すると1年に4〜5人ずつ、死刑が執行されていることになります。

死刑制度については、その継続・廃止をめぐって世界的に議論がおこなわれています。そもそも宗教・哲学や社会的感情など、さまざまな問題が絡まりあった議論ですが、死刑に犯罪抑止力が認められるか、冤罪の可能性をどう考えるか、被害者遺族の感情はどうか、いや受刑者の人権は……と、その切り口も非常に多様なものです。

以前より国際連合は死刑存置国に廃止を求めている。

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Wikipedia

では、もしも遠くない未来、犯罪者が最新のテクノロジーによって確実に更生することができるとしたら……。そのとき、死刑は実際に廃止することができるのでしょうか?

Regardless of the debate—which shows no signs of easing as we head into the 2016 elections—I think technology will change the entire conversation in the next 10 to 20 years, rendering many of the most potent issues obsolete.

更生のテクノロジー

SIGNでは以前、盲目の男性が『バイオニック・アイ』を移植されることで視覚を取り戻したエピソードをご紹介しました。それと同様に、難聴やアルツハイマー、てんかんなどの患者たちの一部は、すでに脳にインプラントを埋め込むことで、その症状の克服を実現しているといいます。

たとえば、20年以内に『犯罪者を更生させるインプラント』、つまり人間の行動を制御する信号を脳に発信できるデバイスが、現実のものとなる可能性はゼロではありません。強い怒りや暴力行為、不快な思いさえも完璧にコントロールできる時代に、果たして死刑は必要でしょうか。命を奪うのではなく、彼らを善良な市民として生まれ変わらせることができるなら……。

オバマ政権の施策

脳の研究に30億ドルを投資、うち7億ドルはインプラントの開発に使用される。本当に実現するかも?

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LEAP United Kingdom

もちろん、インプラントはあまりにも極端な方法で、それもまた非人道的だ、という意見もあるはずです。では、その代わりに、完璧な監視技術ならどうでしょうか。たとえば、犯罪者は警察の承認を受けた無人車でのみ移動を許され、監視ロボットやドローンが24時間その後ろを付いてまわる。もしもその人物が暴力行為に及んだら、足首のサポーターから精神安定剤が放出される……。

しかし疑問なのは、そういった懲罰が本当に犯罪抑止力になりうるか、という点です。インプラントによる更生や完璧な監視技術は、どちらも犯罪者をすぐ社会復帰させられることを目指しているでしょう。しかし、そこで再び暴力行為がおこなわれたならば、それは『更生に失敗した』ことにほかなりません。また、仮に犯罪者を100%逮捕できる時代になったとして、「捕まるから」という理由で犯罪行為に及ばない人物がどれだけいるでしょうか?

刑場(東京拘置所)

もっとも現在の死刑制度も、犯罪抑止力があると証明されているわけではない。

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47 NEWS

では、もっと感情的になって考えてみましょう。

たとえば自分の家族を残虐なやりかたで殺した人物が、もしも「インプラントで感情を完全にコントロールできるようになった、生まれ変わったのと同じだ」として釈放されたら? もしくは、となりに引っ越してきた人物がそんな人物であることを偶然に知ってしまったら? あなたは受け入れることができるでしょうか。

プロセスとしての刑罰

もちろん、死刑は被害者遺族のためのものではありません。もしそうだとしたら、天涯孤独の人物を殺した者の罪は、家族や友人に恵まれた人物を殺した者の罪よりも軽くなってしまうでしょう。

ジャーナリストの森達也氏はこのように述べています。

気持ちを想うことと、恨みや憎悪を共有することは同じではない。(中略)被害者遺族の抱く深い悲しみや寂寥、守ってやれなかったと自分を責める罪の意識や底知れない虚無、これを非当事者がリアルに共有することなどできない。

ならば本来、死刑の是非について感情を交えつつ考えてはならないのかもしれません。しかし、それでも感情を完全に切り離すことはできません。おそらく、凶悪犯への判決に憤ったり安堵する自分自身をだれもが知っているはずです。ならば私たちは、被害者遺族や、元服役囚の隣人たち、また犯罪を犯した張本人の感情を想像するのには限界がある、というところからはじめるしかありません。

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更生の確認

脳インプラントによる『更生』の最大の問題点は、そこに本人の反省が関係しないことにあるでしょう。さらにいえば「テクノロジーで更生しました、もう大丈夫です」といわれても「はい、そうですか」とはなれないところに問題があるのです。その人物が本当に再犯しないかどうかが問題なのではありません。

私たちは、犯罪者の更生を真実の意味で確認することはできません。たとえば額に『更生』の文字が浮かび上がりでもすればわかりやすいのですが、もちろんそんなことはありませんし、あったらあったで別の問題になるでしょう。そこで判断材料となるのが『年月』です。あの人は何年服役していた、きっと反省したはず、もう大丈夫……。本人の『贖罪』を思わせる情報をきっかけに、受け入れづらいことを少しずつ受け入れられるかもしれません。

あえて被害者遺族の感情を想像するならば、そもそも家族を殺した人物を許すことなどそうそうできないことでしょう。しかし、残された者にも人生はあり、事件のあとも生きていかなければなりません。そこで、事件の判決や犯人への刑罰は、けして事件を終わらせるものにはならなくとも、それぞれがひとつずつの『区切り』になりえます。つまり『刑罰』とは、社会的にも感情的にも、事件に『区切り』をつけるためのプロセスなのだと受け止めることもできるはずです。

加害者にとっての刑罰

自らの罪にも『区切り』をつけることになる。

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もしもそうした意味はすべて捨ててしまって、凶悪犯はとことん罰するか、現実に再犯しないのならさっさとシャバに戻せばいい、という極端な考え方でよいとします。すると、仮に死刑を廃止したとしても、犯罪者は無期懲役としてどんどん刑務所に入れられるか、あるいはインプラントでどんどん操作されるか、あるいは厳しい監視下に生涯置かれることになるでしょう。『刑罰』とともに『贖罪』の余地すらなくなってしまったところでは、もはや人権もへったくれもありません

日本最大の刑務所(府中刑務所)

日本では受刑者ひとりに対して、年間約300万円のコストがかかるといわれている。

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世界の記述 (Description of the World)

新しい『罪と罰』

では、死刑が廃止され、代わりにテクノロジーによる『更生』が可能になった時代に、加害者はいかに自身の『贖罪』を実現し、また人々は、それをどのように理解すればよいのでしょう。

現在の日本において、死刑のつぎに重い刑罰は無期刑であり、10年を経過した受刑者には仮釈放の可能性が与えられています。では、10年の服役を終えたのち、インプラントで『完璧な更生』がなされたとして、それで彼らは『贖罪』を果たしたことになるのでしょうか。たとえば、いまなら確実に死刑になるような事件でも、それは本当にふさわしいものなのでしょうか……。

そう簡単に仮釈放されないとはいえ。

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THE FILM SPECTRUM

しかし、そのときすでに『贖罪』という行為にはなんの意味もありません。すでにテクノロジーによって『更生』は保証されており、本人がいかなる努力を尽くし、周囲がそれをどれだけ評価しても、それと『更生』とはまったく無関係だからです。もはや、本人が反省したかどうかも、さしたる問題ではないでしょう。

しかし、それでも『贖罪』は必要なプロセスです。被害者遺族や、加害者をのちに受け入れる人々は、その『贖罪』によって、テクノロジーによる『更生』に納得しなければならないからです。また、それは加害者本人にとっても必要なことかもしれません。社会復帰を支えるのは周囲の人々であって、彼らには感情があります。どうしてもその感情を切り離したいというのなら、もはや全員にインプラントするしかありません……。

したがってインプラントによる『更生』が実現しても、『贖罪』のための『刑罰』は必要になるでしょう。しかし、服役期間が短いと周囲が納得せず、また長すぎると本人の社会復帰に支障が生まれます。そこでは何かしらの優先順位が生まれ、必然的に何かが軽視されるでしょう。それでも求められるべきは、間違っても被害者の側にこれ以上の悲劇が生じないこと、また加害者にふさわしい『贖罪』のあり方が模索されることです。

自らの死刑を求める殺人犯を死刑にしたところで、それは罪を償ったことになるのか?

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「凶悪犯は死刑でいい」という考え方が通じなくなり、またテクノロジーによって『完璧な更生』がすぐに実現する……。そんな世の中が到来するとき、真に問われることになるのは、私たちの『罪』と『罰』に対する新たな価値観なのかもしれません。

REFERENCE:

How Brain Implants (and Other Technology) Could Make the Death Penalty Obsolete

How Brain Implants (and Other Technology) Could Make the Death Penalty Obsolete

http://motherboard.vice.com/read/how-brain-implants-and-other-technology-could-make-the-death-penalty-obsolete

死刑 – Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/死刑

日本における死刑 – Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/日本における死刑

無期刑 – Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/無期刑

死刑存廃問題 – Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/死刑存廃問題

「自分の子どもが殺されても同じことが言えるのか」と書いた人に訊きたい|森達也 リアル共同幻想論|ダイヤモンド・オンライン

http://diamond.jp/articles/-/16819

刑務所に収容されている人ひとり当たりの年間経費がわかる資料はあるか。 | レファレンス協同データベース

http://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000150029