この記事を開いた方のなかには、すでに子育ての日々を送っている方もいれば、もうすぐ子どもが生まれる方もいるでしょう。もちろん、まったく予定のない方や、いつかは欲しい、いや子どもはいらない、という方……さまざまだと思います。かくいう記者も、まだ子持ちではありません。

では、『子どもが生まれる』とは一体どのようなことでしょうか。また、どんなイメージでしょうか。想像するだけならば、きっと誰にでもできることでしょう。たとえば、楽しい、幸せ、痛い、つらい、苦しい、でもうれしい……。

しかし、このたびドイツで行われた研究によれば、なんと『子どもが生まれる』ことは両親から幸せを奪うかもしれないというのです。しかもそれは、離婚や失業、パートナーの死よりもつらいといいます。ちょっと理解できない話です。一体どういうことでしょうか?

In reality, it turns out that having a child can have a pretty strong negative impact on a person’s happiness, according to a new study published in the journal Demography.

言うまでもなく幸せの象徴のはずが。

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少子化の国の『幸福度』

はじめに、ドイツという国が少子化という点で日本とよく似ていることを押さえておきましょう。たとえば過去5年間、住民1,000人あたりの赤ちゃんの出生数は、日本が平均8.4人、ドイツは平均8.2人とよく似た数字を示しています。また、2013年の合計特殊出生率(ひとりの女性が一生に産む子どもの平均数)は、日本が1.43人、ドイツが1.38人となっています。また、多くのカップルや夫婦が「子どもはふたり欲しい」と話していることも大きな共通点だといえます。

では、なぜ彼らの希望と実際の出生数には矛盾があるのか……。研究チームは、夫婦が『ふたりめ』の出産に至らない原因は『ひとりめ』を産んだ際の経験にあるという仮説を立てました。そこで彼らは、2,016人のドイツ人を対象に、子どもがいないときから第1子出産の2年後まで、『人生の幸福度』を随時測定したのです。被験者たちは「0」(とても不満)から「10」(とても満足)の11段階で、自身の幸せを評価することになりました。

出生数の矛盾は多くの先進国でみられる問題。

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もっとも多くの夫婦は、子どもをつくろうとするときに大きな幸せを感じていました。出産の前年になると、妊娠や子どもへの期待から、その『幸福度』はさらに上昇したというのです。しかし、それは子どもの出産後、突然に急降下することになります。

夫婦の約30%は、出産の前後で『幸福度』に変化がなかったか、むしろ上昇をみせていました。しかしその他の夫婦は、第1子の誕生から1〜2年間で、全体の約37%が1ポイント、約19%が2ポイント、約17%が3ポイントの減少を報告しています。結果として、『幸福度』は平均1.4ポイント減少していました。以前の研究で、離婚が0.6ポイント、失業やパートナーの死が1ポイントの減少を招くとされたのを考えると、そのダメージの大きさがわかるというものです……。

死別で1ポイント減少

むしろそれくらいで済むの?

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また研究によれば、『幸福度』の減少が大きい者ほど『ふたりめ』を産む可能性が低いことがわかっています。この影響は、とりわけ30歳以上の夫婦や高学歴者に大きくみられたもので、性別は関係ありませんでした。

『ふたりめの壁』

では、なにが彼らの『幸福度』を奪ったのでしょうか? 研究チームは、夫婦が『ふたりめを産まない』という決断にいたった理由を、大きく3つにまとめています。

ひとつは、母親が妊娠中に身体的苦痛と労働意欲のあいだで葛藤したことであり、また父親が妻の体調を懸念したことでした。もうひとつは、出産時に母親の身体に合併症がみられたことで、このふたつは『健康問題』として扱えるでしょう。しかし、3つ目は『育児による疲弊』でした。授乳や睡眠不足、うつ症状といった身体・精神の不調や、家庭での孤立・夫婦関係の崩壊といった環境の問題によって、彼らは極度の疲労状態にあったのです。

日々の育児

もちろん簡単なことではない。

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もちろん、日本にもこのような『ふたりめ』についての問題は存在します。一般財団法人1more Baby応援団の調査によると、既婚者の79.6%が「ふたり以上が理想」と答えています。しかしそれに対して、全体の75%が『ふたりめの壁』(家計や環境、年齢などを考慮して第2子以後の出産をためらうこと)の存在を感じているのです。

しかし事態をややこしくするのは、前述の3つの理由と、この調査で得られた『ふたりめの壁』の理由が、重なったり重ならなかったりしていることでしょう。もっとも、国が違うゆえに当然のことではあるのですが……。

ずば抜けて「経済的な理由」がトップ。

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一般財団法人1more Baby応援団

ドイツの研究チームがまとめた3つの理由は、上のグラフにおける「心理的な理由」「家庭環境での理由」「健康上の理由」にあてはまるでしょう。しかし、これらは上のグラフではそれぞれ4位・7位・8位にとどまっています。もちろん、当事者にとっては抜き差しならない問題に違いありませんが、どうしてこのような差が生じるのでしょうか?

各国の事情

たとえばドイツでは、診察費から出産の入院費用までが全額保険から負担されることが大きなポイントです。薬の費用は自己負担ですが、保険によってはその他さまざまな費用がカバーされるといいます。また児童手当の給付も手厚く、親となる者への経済的支援はかなり行き届いているといえるでしょう。しかし保育サービスの不足や、学校が半日制であることなどによる母親のフルタイム勤務の難しさは問題となっています。

一方の日本は、医療保険や経済的支援についてはドイツほど恵まれていないのが現状です。もっとも世帯年収が800万円以上あれば、つつましくも子どもをふたり大学まで行かせられるともいわれており、共働きなら現実性は低くない……と言いたいところですが、30歳未満の若年層では世帯年収300万円未満が全体の18.7%(2009年時点)を占めています。現在この比率がさらに増加していることは想像に難くなく、やはり状況は非常に厳しいといえるでしょう。

経済的困難は貧困層に限らない……。

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小野昌弘のブログ Masahiro Ono’s blog

日本における『ふたりめの壁』の理由には、すでに経済的な切迫性が直接的に表れています。またドイツの場合も、社会システムの不備が母親の労働や家庭の問題にひるがえっているのだと考えるべきでしょう。いずれにしても、個人の問題は社会の問題と決して切り離せないものです。ならば、真の問題は本人たちではなく、その外部の、しかも相当根の深いところにあるのでしょう。

ひとりめの出産が夫婦の『幸福度』を下げ、ふたりめの出産を止める……。しかし実際のところ、出産そのものが『幸福度』を下げるわけではありません。むしろ出産によって、社会の抱えている問題が夫婦の眼前にいきなり迫ってくることこそ、『ふたりめの壁』ができる最大の理由のはずです。もはや「ひとりめの出産時に手厚く支援すればいい」などといった問題ではありません。なぜなら、これは「現在の問題が将来的に解消されないであろうとき、人は自らの子どもに同じ問題を背負わせることができるか?」という問いにもつながるものだからです。

もっとも、容赦なく少子高齢化はさらに進んでいき、事態はより悪化の一途をたどっていく……。ということは、おそらく『ふたりめ』どころではない世の中も、きっとそう遠くないのでしょう。ならば考えるべきは、どうやって『ひとりめ』を産み、このあと約20年間育てるのか、ということなのかもしれません。

REFERENCE:

It turns out parenthood is worse than divorce, unemployment — even the death of a partner

It turns out parenthood is worse than divorce, unemployment — even the death of a partner

http://www.washingtonpost.com/news/to-your-health/wp/2015/08/11/the-most-depressing-statistic-imaginable-about-being-a-new-parent/

A new baby can be tougher than divorce, redundancy, and bereavement, study finds

http://www.sciencealert.com/study-shows-having-a-baby-can-be-tougher-than-divorce-redundancy-and-bereavement

ドイツ:日本より低い出生率、労働人口減少に危機感 移民受け入れも先行き不透明か

http://newsphere.jp/world-report/20150601-2/

ドイツの合計特殊出生率の推移

http://ecodb.net/country/DE/fertility.html

800万円あれば大丈夫? 共働き夫婦が目指すべき世帯収入

http://news.livedoor.com/article/detail/10342910/

フランスとドイツの家庭生活調査-フランスの出生率はなぜ高いのか-

http://www.esri.go.jp/jp/prj/hou/hou012/hou012.html

若年層で世帯年収300万円未満、ほぼ倍増

http://www.j-cast.com/2015/08/03241767.html

ドイツの2013年連邦予算と2016年までの財政計画-ドレスデン情報ファイル

http://www.de-info.net/kiso/wirtschaftspltk06.html

ドイツでの出産 – ドイツ生活情報満載!ドイツニュースダイジェスト

http://www.newsdigest.de/newsde/life/childbirth.html

夫婦の出産意識調査 2015

http://www.1morebaby.jp/release/2015/0528.pdf