経済的な繁栄は少数言語の最大の敵だとする研究が3日、英学術専門誌の英国王立協会紀要(Proceedings of the Royal Society B)に発表された。現在、少数言語が失われる恐れの高い「ホットスポット」はオーストラリアと北米の一部という。
研究チームは、動植物の絶滅リスクの判定に使われる基準を用い、存在が知られている世界6906言語の4分の1に消滅の危険性があると結論付けた。

[中略]

結果、「一人当たりのGDPのレベルは言語多様性の消失と関連があることが分かった。経済的に成功するほど、言語の多様性はより速く失われていた」と、英ケンブリッジ大学(University of Cambridge)の声明は述べた。

ここでいう経済成長とは、一人当たりGDPの向上を指しているようです。

経済の発展と言語消滅の因果関係

仮に、日常的に使用する言語に応じて世界中の人をグループ分けした場合、それぞれのグループの中だけで現状の経済水準を維持することはできるでしょうか。例えば英語のグループでは難しいでしょう。少なくともOPEC(石油輸出国機構)の加盟国で公用語が英語の国はなく(もっとも、OPEC内での公用語は英語のようですが)、まずは油田の調査から始めなければいけません。対して、自給自足を行なっているような小さいグループではそれが可能です。つまり、経済発展を遂げ豊かな生活を手に入れるためには他の言語グループとの関わりが必要不可欠なのです。

当然そこでは共通の言語が必要となりますが、選択されるのはより話者が多く政治的・経済的に影響力の大きいグループの言語、いわば「強い言語」でしょう。「強い言語」のグループからすれば、小さいグループとの取引のためにローカルな言語を習得して使うのは無駄が多く、また「弱い言語」グループからしても「強い言語」を習得することに経済的なメリットがあります。

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合理的な選択の結果、「強い言語」はより強くなり、それに押されて「弱い言語」は益々弱くなる。

言語密集地帯

「現存する言語数※1」と「消滅の危機にある言語数※2」を国別にまとめると上位は以下の通りです。

国名 現存する言語の数 消滅の危機にある言語の数
パプアニューギニア 832 98
インドネシア 731 146
ナイジェリア 515 29
インド 400 197
メキシコ 295 143
カメルーン 286 36
オーストラリア 268 108
ブラジル 234 190
合計 3,561 947

 

世界で現存する言語の総数が約6,900、消滅の危機にあるのがその1/4の1,725であることから、いずれも全体の半数以上が上記8カ国に集中していることが分かります。特定の国にこれだけの言語があれば、ある程度消滅してしまうのも自然というような気もします。

日本の場合

言語消滅の問題は、なにも海外に限った話ではありません。ユネスコ(UNESCO)は、日本の言語・方言のうち以下のものが消滅の危機にあると認定しています。

極めて深刻 重大な危機 危険
アイヌ語 八重山語,与那国語 八丈語,奄美語,国頭語,沖縄語,宮古語

言語消滅の問題点

先に挙げたとおり経済的な豊かさを求める上では、言語の多様性は不要だという見方があり、それを踏まえると世界中の人々が同一言語を使用する状態が最も望ましいはずとも考えられます。少数言語とはその名の通りマイノリティの言語なので、消滅の危機に瀕していても大多数の人の生活には影響がありません。それでは何が問題なのでしょうか。

言語は思考や認識、ひいては文化と密接な関係にあります。

英語から派生したパプアニューギニアのトク・ピシンでは、
mitupela 私たち二人(あなたを含まない)
mitripela 私たち三人(あなたを含まない)
yumitripela 私たち三人(あなたを含む)
yutupela あなたたち二人
emtripela 彼ら三人
yumifoapela 私たち四人
という人称があるそうだ。数人単位のグループのコミュニケーションが生きていくのに重要な文化がうみだしたバリエーションなのだろう。

このトク・ピシン語のような例は、決して特殊なものではなく、現地の文化や生活環境に適応した結果、他言語にはない特殊な言語体系が発達しているのです。普段我々が何気なく使っている敬語もその1つと言えるでしょう。そのため、言語が消滅すると話者はそれまでの世界に対する認識や価値観を一新する必要に迫られます。人間は、言語をなくしては物事を考えることもできません。単に新しく外国語を習得するのとは訳が違うのです。

サピア=ウォーフの仮説(言語的相対論)
どのような言語によってでも現実世界は正しく把握できるものだとする立場に疑問を呈し、言語はその話者の世界観の形成に差異的に関与することを提唱する仮説。-Wikipedia

経済成長か、文化・伝統か。こう書くと安易な二項対立の構図になってしまいますが、結局は当事者の意志が最も尊重されるべきではないでしょうか。問題は、恐らくその選択権が当事者に与えられないであろうこと、あるいは選択肢すら提示されないことです。