2015年、ついに世界の貧困率が史上はじめて10%を下回る。先日、世界銀行はこのような予測を発表しました。約四半世紀にわたって続けられてきた貧困への対策が、いよいよ実を結びはじめてきたということでしょうか。

ジム・ヨン・キム氏が総裁に就任した9ヶ月後の2013年4月、世界銀行は、2030年までに著しい貧困を撲滅し、全体の下位40%の所得を引き上げて繁栄を共有する、という目標を掲げていました。そのリミットまであと15年、目標達成が現実味を帯びてきた……と言いたいところですが、そこには複雑な事情があるようです。

The number of people living in extreme poverty around the world is likely to fall to under 10 percent of the global population in 2015, according to World Bank projections released today, giving fresh evidence that a quarter-century-long sustained reduction in poverty is moving the world closer to the historic goal of ending poverty by 2030.

改められた『貧困ライン』

世界銀行は今回、貧困率の低下と同時に、ひとつの発表をしていました。それは『貧困ライン』を従来の1.25ドルから1.90ドルに引き上げる、というものです。いったいどういうことでしょうか?

ジム・ヨン・キム総裁

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HuffingtonPost

いわずもがな、貧困層とそうでない層を分けるには『基準』が必要になります。そこで世界銀行が定めた基準が『貧困ライン』で、これは国ごとの物価の違いを鑑みて設定された、食糧や生活必需品を購入できる1日あたりの最低所得ラインです。これまでの1.25ドルという数字は、世界最貧国のうち15ヶ国のデータ(2005年時点)をもとに設定されていました。

この『貧困ライン』が1.90ドルに引き上げられたことは、そのまま物価の上昇を意味しています。今回の引き上げの根拠となったデータは2011年のものですが、すなわち世界銀行は、2005年の1.25ドルと2011年の1.90ドルは同じ価値であり、現在最低限の生活を営むには1日あたり1.90ドルの所得が必要だ、という判断をしているわけです。

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しかしながら特筆すべきは、「2015年に世界の貧困率が10%を切る」という予測が、この新しい『貧困ライン』を用いておこなわれたことでしょう。新たな基準をもってしても、貧困層、つまり1日あたりの所得が『貧困ライン』に達していない者の数は、2012年の9億200万人(世界人口の12.8%)から、今年は7億200万人(9.6%)まで減少するというのです。

世界銀行のジム総裁は、この動きの背景として、発展途上国の経済成長や、教育・保健や社会的セーフティネットへの投資を挙げています。しかし総裁は、貧困層の多くが政治不安や紛争・暴力の渦中にある国々に暮らしていること、また貧困の深刻さについても指摘しており、「2030年までに著しい貧困を撲滅する」という目標の達成には、いまだ大きな課題が残っているといえそうです。

世界の貧困層の約35%がサブサハラアフリカ地域に集中

世界銀行のチーフ・エコノミスト(副総裁にあたる)であるカウシィク・バス氏は「2008年の金融危機、世界経済の長引く停滞が新興国に影響を与えている」と述べた。またジム総裁も、不安定な金融市場や若者の失業率、気候変動の影響の深刻化について言及している。

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World Bank

日本の貧困

もっとも、課題を残しているとはいえ、単純に『世界の貧困層』という尺度でとらえれば、事態の改善ぶりは目を見張るものがあるでしょう。ここで気になるのは、むしろ日本国内の状況です。世界的に状況が好転しているとしたら、どうして日本では貧困の問題がいまだ根深いままなのでしょうか?

ひとことで疑問に答えるとすれば、それは『貧困』と呼ばれているものの基準が異なるからです。「1日あたりの所得が1.90ドルを下回っている状態」とは『絶対的(国際的)貧困』といって、いわば地球規模の話ですが、これをそのまま日本に当てはめるわけにはいきません。日本でいわれる『貧困』には、もちろん日本だけの基準があるのです。

1日約200円では生活できない

ちなみにこれはかつての紙幣。

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近現代・日本のお金

ここで出てくるのが『相対的貧困』と呼ばれる、単純な購買力ではなく、国内の格差に注目する方法です。全体のなかで『貧困』であると位置づけるための基準である『相対的貧困ライン』にもとづいて、日本の貧困問題は語られています。

相対的貧困とは】
等価可処分所得(世帯収入から税金や社会保険料を差し引いた、いわば『手取り』の金額を、世帯人数の平方根で割ったもの)の中央値の半分を『貧困ライン』として、それに満たない者を相対的貧困者と呼ぶ。

厚生労働省発表、平成25年「国民生活基礎調査」より

平成24年の『相対的貧困ライン』は年122万円、相対的貧困率は16.1%。およそ6人に1人が『相対的貧困者』。

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平成25年 国民生活基礎調査の概況

たとえば単純に、この年122万円という数字を1日あたりの数字に換算してみましょう。『相対的貧困ライン』は1日あたり約3,342円の所得……ということで、これは1日あたり1.90ドルという『絶対的貧困ライン』に比べるとはるかに大きいので、やはり日本の貧困は世界的にみると大したことはない……。そんなことをいってもなんの意味もありません

また、OECD(経済協力開発機構)によれば、日本の貧困率は世界でもかなり上位に入るといいます。しかし、これも国際的な視野でいえば深刻なこととはいえ、『貧困』の当事者にしてみれば、実はさしたる問題ではないでしょう。格差の問題は『格差』そのものにあるのであって、それが他国より大きい・小さいことが問題ではないはずです。それを数字上で単純に比較することで、問題の焦点がぼやけてしまう気すらします……。

世界銀行いわく、『絶対的貧困ライン』は世界の最貧困層を把握し、いわゆる国際目標に対する進捗状況を測定するためのもの。『相対的貧困ライン』は政策の議論の土台として、また最貧困層に対するプログラムを設計するためのもの。

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世界の最貧国も『貧困層』、日本で1年の所得が122万円以下でも『貧困層』。『貧困』という言葉には、すでに大きく異なるふたつの『貧困』が内包されています。しかし、ここから想像するに、ほんとうの『貧困』とは、その言葉そのものや数字ではなく、個別具体的な『実際のところ』を指しているでしょう。その『実際のところ』の問題を是正することが、真に求められているはずです。

あらためて、2030年までの世界銀行の目標を見てみましょう。「全体の下位40%の所得を引き上げて繁栄を共有する」。もちろんこれは『国際目標』すなわち数字の話ですから、具体的に達成しうる基準を伴ったものでしょう。しかし実際に所得を引き上げたところで、つねに誰かは「下位」であらざるを得ず、その誰かが「繁栄を共有する」ことは可能なのでしょうか? もっといえば、所得が引き上げられたあと「著しい貧困」は本当になくなるのか、そもそも「貧困を撲滅する」とはどういうことか……。

とはいえ幸いにも、世界の貧困率は低下の一途をたどっているようです。それが世界銀行のミッションだと捉えるならば、『実際のところ』は各国の政府にお任せ、ということでしょう。『貧困』の問題とは、原因が複雑に絡み合っているにもかかわらず、その責任の所在すら、あらかじめ引き裂かれてしまっているのかもしれません。

REFERENCE:

World Bank Forecasts Global Poverty to Fall Below 10% for First Time; Major Hurdles Remain in Goal to End Poverty by 2030

World Bank Forecasts Global Poverty to Fall Below 10% for First Time; Major Hurdles Remain in Goal to End Poverty by 2030

http://www.worldbank.org/en/news/press-release/2015/10/04/world-bank-forecasts-global-poverty-to-fall-below-10-for-first-time-major-hurdles-remain-in-goal-to-end-poverty-by-2030

FAQs: Global Poverty Line Update

http://www.worldbank.org/en/topic/poverty/brief/global-poverty-line-faq

Policy Research Note No.3: Ending Extreme Poverty and Sharing Prosperity: Progress and Policies

http://www.worldbank.org/en/research/brief/policy-research-note-03-ending-extreme-poverty-and-sharing-prosperity-progress-and-policies

相対的貧困率とは何か:6人に1人が貧困ラインを下回る日本の現状(小林泰士)

http://bigissue-online.jp/archives/1017887481.html

悪化する日本の「貧困率」

http://www.nippon.com/ja/features/h00072/

平成25年 国民生活基礎調査の概況

http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa13/index.html

ユニセフ基礎講座 「貧困」をはかる指標

http://www.unicef.or.jp/kodomo/teacher/pdf/fo/fo_45.pdf