ペンシルベニア州立大学のクリスティーナ・グレーツィンガーらの研究グループが働きバチが利己的になるのはオスの遺伝子が強く関わっていることを発見した。

They found that the genes the workers inherit from their queen—matrigenes —direct worker bees’ altruistic behavior—forgoing production of their own offspring to help rear their siblings. When the queen dies, the workers can begin to selfishly compete with one another to lay eggs. The genes they inherit from their different fathers—patrigenes—direct this behavior.

なかなかに誤解を招きかねない研究結果なのでなるべく順序良く述べようと思う。

前提と注意書き

まず本記事で述べられる『利己的』や『利他的』は遺伝子を残すことを至上命題とした場合での『利己的』『利他的』であることを注意していただきたい。自分が遺伝子を残すことよりも他者が遺伝子を残すことを優先することを『利他的』と呼ぶ、ということである。もちろん人類の至上命題は遺伝子を残すことではなく個々に委ねられるものなので今回の研究が人間にも当てはまるわけではないということは後にも注意するが先に一度言っておく。

働きバチの生態

それはともかくハチの話だ。不思議な話だが、いわゆる働きバチにはメスしかいない。アリの社会は女王バチを中心としてその他大勢のメスが働く女社会なのである。ちなみにハチのオスは働かず交尾のためだけに生きている。

さておき、働きバチのほとんどはメスであるが、オスと違い一生のうちに交尾をする機会はまず存在しない。普段は女王バチや自分の妹弟の世話をしたりエサを取ったりして暮らして、そのうち年老いて死ぬ。これが通常の働きバチの暮らしである。言ってしまえば究極に『利他的』な生き方である。

しかし、何か不測の事態が起き、女王バチが亡くなるなどの事態が起きると、働きバチの生活は少しばかり変わる。もちろん今まで通り弟妹の世話をしてエサを取ってくる『利他的』な生活を送り続ける個体もいるが、空いている巣穴に卵を産み付けるために争いをおこなう非常に『利己的』な個体が現れる。

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働きバチは交尾の機会はないが単為生殖が可能なので卵を産むことは可能。ちなみに単為生殖で生まれる子は全てオスである。

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実験内容

研究者はこの現象の理由を調べるためにアフリカナイズドミツバチとセイヨウミツバチの交配種二種(父親と母親を入れ替えた二種)の働きバチを用意した。

この二種を選んだ理由はアフリカナイズドミツバチは卵巣の大きな種であり、女王バチでなくとも単為生殖がしやすい(『利己的』に動きやすい)種であり、対してセイヨウミツバチは卵巣が小さく、女王バチでないと単為生殖があまりおこなわれない(『利他的』に動きづらい)ため、これにより二種の交配種がどのように行動するかを観察すれば母親と父親の遺伝子のどちらが『利己的に動く』ことの原因になっているかがわかるからだ。

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研究者がこの二種をそれぞれ女王バチのいない巣に入れて観察をおこなったところ、アフリカナイズドミツバチを父親に、セイヨウミツバチを母親に持つ交配種の方が父母が逆の交配種よりも卵巣が大きく単為生殖も数多く行われたという結果が出た。つまり『『利己的』に動きやすい種を父親に持った交配種』の方が『『利己的』に動きやすい種を母親に持った交配種』よりもはるかに『利己的』に動きやすい、わかりやすく言えば『利己的』に動くか否かは父親の遺伝子が大きく関わっているということがわかったのである。

遺伝子の類似度

しかしなぜこのようなことが起きるのであろう。もちろんオスの遺伝子のせいなのだが、もう少し詳しく見てみよう。

おおまかに言って、生物は自分との遺伝子的な類似度の高い者を優先して大事にする傾向にある。もちろんだからといって遺伝子的に言って赤の他人である配偶者は大事にしないのかというとそんなことはないが(ハチなどの昆虫はあまり大事にしないかもしれない)、なぜ配偶者を大事にするかは様々な要因が絡むのでその辺りの要素は省き、単純化したモデルで考えようと思う。

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これより先、遺伝子が自ら意志を持って自らの遺伝子を残すように動いているかのように見える記述が多くなる。もちろんそんなことはなくただそのように『たまたま』進化した生物あるいは遺伝子が現在も生き残っているだけの話なのだが、話がややこしくなるばかりなので記者の尊敬するリチャード・ドーキンスの書き方に倣い遺伝子が能動的に動いているような記述をすることをご容赦願いたい。

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類似度はある個体とある個体がどの程度『同じ遺伝子』を共有しているかの共有度と言い換えてよい。しかしそう言われてもいまいちピンとこないと思われるので簡単に例を出そう。子供は両親から半分、つまり50%ずつ遺伝子を受け取っている。ゆえに親と子の類似度は男親とも女親とも50%である。では子同士、兄弟間ではどうだろう。自分の兄弟も親から50%ずつ遺伝子を受け継いでいるのでなんとなく100%と答えてしまいたくなるが正解は一卵性の双子でもない限り兄弟の類似度は平均50%になる。これは減数分裂の際に親の染色体が混じりあいそのうちの片方しか子供に受け継がれないためだ。

ただしこれは両親が同じだった場合に限る。

ハチの家族の類似度

女王バチは交尾の際に10匹以上のオスの精子を受け取り、その精子を体の中に溜め込み、それらを順番に受精し次々と働きバチを産んでいく。つまり働きバチのほとんどは異父姉妹なのである。

さて、異父姉妹だと類似度はどうなるだろう。両親が同じだった場合の兄弟の類似度が50%なので感覚的に25%のような気がするし実際に異父姉妹の類似度は25%である。

オスとメス、つまり姉弟の関係だと少しばかり事情は複雑になる。ハチのオスは単為生殖、つまりメスの染色体からのみ生まれ、メスの半分しか染色体数がないので働きバチから見て兄、弟(ほとんどの場合は弟だが)の類似度は25%だがオスから見て姉または妹の類似度は50%という不思議な状況が生まれる。のだが、今回の話にはあまり関わりはないので働きバチからから見て姉妹兄弟全て類似度は25%であるということだけを覚えておいていただきたい。

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同様にハチの親子は生まれたのが娘だった場合はお互いが類似度50%だが、生まれたのが息子だった場合は親から見れば類似度50%で、子から見れば類似度100%という事態が起きる。が、これも関わりはないので親から見て子は類似度50%であることだけを覚えておいていただきたい。

さて、もう一度確認するが、本記事あるいは進化生物学(のある視点)において生物の至上命題は自らの遺伝子を残すことである。自分の遺伝子を残すためにはどうすればいいか。もちろん一番良いのは自分が永遠に生きることだが、そうもいかない。なので、できる限り自分と近い遺伝子を持っている個体を生き延びさせるように動くのである。順序が逆になったかもしれないが生物が類似度の高い者を優先して大事にするのはそのような理由による。

働きバチの視点

では働きバチの気持ちになって自分に近い遺伝子を持った個体を生き延びさせるにはどうすればいいか考えてみよう。

シチュエーションとしては『私、ハチ子。毎日妹や女王さまの世話をしたりニートの兄弟にエサを与えるどこにでもいる普通の元気な生後3週間くらい(ハチだから)の働きバチ!でもでも、そんなある日、女王さまが亡くなっちゃって巣の中はもう大変!あぁ、私の遺伝子はどうなっちゃうの~!?』というところである。

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ハチ子(イメージ)

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この時にこの働きバチが取る行動は『今まで通り妹たちの世話をし続けて働きバチとして生きていく』と『一念発起して巣穴を確保し単為生殖して子を育て生きていく』の二択になる。

さてどちらの行動を取るのが遺伝子を残すという至上命題を果たすにあたって有利な戦略なのだろう。

前者の行動を取った場合
、巣に住んでいる類似度25%の集団全体に益を為すことになる。ただ兄弟姉妹は同世代になるので次の世代に遺伝子を残す、という点に着目すれば類似度12.5%の甥、姪のために働くことになる。

後者の場合は自分の子供を産むことになるので類似度50%の個体を残す。

子供は兄弟姉妹に比べて圧倒的に数が少ないので若干リスキーな選択ではあるが、類似度に基づけばハチ子は利己的に働き単為生殖するべきであるように見える。ところが意外な話だが最初に書いた通りこれまで通り妹たちの世話をする個体が結構な数存在するのである。

両親の視点

これはどういうわけだろう。この謎を解き明かすためにはハチ子の両親、つまり女王バチと10人近くいる女王バチの夫の一人、ハチ子の父親の視点に立つ必要がある。

父親としてはハチ子に単為生殖をしてもらうのが一番ありがたい。何せ自分の遺伝子を持った働きバチは巣の中に10%程度しか存在しない。巣にいる働きバチの類似度は平均5%程度しかなく、オスを含めて考えれば巣全体での平均類似度はさらに低い。しかしハチ子が子を産めば父親と類似度25%の個体が生まれることになる。

それに比べて女王バチは呑気なものである。巣の中にいる個体は全て類似度50%。単為生殖をするのはハチ子でなくとも構わないしそもそも巣の中にいる働きバチが単為生殖をしようがしまいがオスはいつか巣を立ち他の巣の女王と結ばれ25%の子が生まれる

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呑気そう。

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それに働きバチの単為生殖によって生まれたオス(女王バチから見て類似度25%)と女王バチの直接の子にあたるオス(女王バチから見て類似度50%)は同シーズンに巣立ち次の女王バチを取り合うライバルになるのでどちらかといえば類似度25%の孫よりも類似度50%の子にがんばってもらいたい。なので、むしろ女王バチとしては働きバチには単為生殖をしてもらわない方がありがたいのである。

このように働きバチの両親の立場に立てば単為生殖は父親にとって、そのままの暮らしは母親にとって得な行動で、どちらも25%の類似度の孫の遺伝子という同程度の『報酬』を得られるものであり、ハチ子の視点ではなく父親、あるいは母親の視点に立って見ればこの二つの行動は非常に拮抗したものであることがわかる。そして実際にこの二つの行動を取る働きバチの割合が拮抗している。

つまり、『妹たちの世話をする』と『単為生殖をする』という働きバチから見れば『利他的』と『利己的』な行動は単に働きバチの父親と母親の『利己心』の戦いであると言えるのである。

少し進化について学べば『利他的行動』はまわりまわって『利己的行動』になっているという絶望的な事実はすぐに知ることになるのだが、この研究結果はそれよりもやや恐ろしい。働きバチが子を産むか否かという選択は『自分自身に近い遺伝子』を残すかどうかではなく『自分の両親の遺伝子』のどちらを残すかという争いの結果でしかないということになるからだ。言い方を悪くすれば働きバチは女王バチがいようがいなかろうが両親のどちらかの道具にすぎないという話にもなる。最後にもう一度言うがこの実験結果は人間には当てはまらないし当てはまってはならないものだと思う。

REFERENCE:

Conflict among honey bee genes supports theory of altruism

Conflict among honey bee genes supports theory of altruism

http://phys.org/news/2016-01-conflict-honey-bee-genes-theory.html