諸行無常。誰もが知っている言葉です。小学生だって知っています。その言葉が意味することは、この世の全ての何もかもが移ろいゆくというごくごく当然の事実です。しかし、人類はその事実を受け入れることができず、永遠に変わることのない世界を、終わらぬ生を手に入れることを夢見続けてきました。

O God! Can I not grasp
Them with a tighter clasp?
O God! can I not save
One from the pitiless wave?
Is all that we see or seem
But a dream within a dream?

それはかつては文字通り夢の中に見出されていました。しかし皮肉にも人類は、時が経ち何もかもが変わっていくその過程で、コンピュータという新たな『永遠の世界』の舞台を手に入れました。人工知能の世界的権威であるレイモンド・カーツワイルは、2045年までには技術的特異点に達し、自らが意識を持つ『強い人工知能』を作ることが可能になり、同じように人間の意識をコンピュータの中へと移すことができるようになり、永遠にソフトウェアの中で生き続けることができるようになる、というようなことを述べています。

しかし本当にそうなのでしょうか。2045年といえば第二次世界大戦が終わってちょうど100年目です。たった100年で殺し合いを続けていた人類が誰も死ぬことのない永遠に続く素晴らしい世界に住むことができるとは、到底思えません。

そもそもにして、実際のところ、どうなのでしょう。人類が望み続けていた永遠に変わることのない世界は、本当に望むに値するような、素晴らしいものなのでしょうか。コンピュータに記述される『永遠の世界』は、もしかしたら楽園などではなく生き地獄かもしれません

ホロコーストによって殺害されたユダヤ人は600万とも1100万人ともいわれている。

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©Twentieth Century Fox Film Corporation

The promise of a radically extended lifespan, or even immortality, would tempt many. But it seems to me that they’d be risking something very much like hell on earth.

アメリカのジャーナリスト、コナー・フリーダースドルフ氏は、アドルフ・ヒトラーやチンギス・カンを例に、彼らのような人間がもし永遠の生を手に入れ罰を受けることとなれば数世紀、あるいは数百万年という気が遠くなるような長い時間、牢屋の中に閉じ込められなければならず、自殺をする機構でも付かない限りは死ぬことができない世界というものは生き地獄になりえると主張しています。

ううむ……。

なんだかなんとなく納得がいかない話です。人が死ぬことのない世界で人を殺したことで罪に問われるというのも少し変な話ですし、もし永遠に生きることのできる世界であれば数百万年であろうと一秒であろうとその拘束に大した意味はないような気がします。

しかし永遠の世界が私たちが思っているほど素晴らしい世界ではないかもしれない、という考えは非常に興味深いものです。一度、コンピュータによって永遠に生きることのできる世界、仮想現実が実現し、全人類がその中で暮らすことができるようになったならどうなるのかを犯罪という観点から少し考えてみましょう。

殺人罪はなくなる

定義的に、永遠に生きることのできる世界では、殺人罪はなくなるでしょう。殺そうとしても死なない、というシステムがどのように構築されるのかは予想するしかないので、ナイフで切っても突いても血も出ずにすぐにまた元通りになる、と考えることにします。このようになれば事故などで腕を失ってもすぐまた元通りとなることができます。永遠に生きる世界では完璧な肉体面での自己修復機能が備えられるべきでしょう。

しかし、すぐ元通りになるとはいっても人に刺されるというのはどうにも良い気分はしません。死ぬことのない世界では心に傷を与えた度合いで罪を測るべきでしょう。つまり殺人罪は『本来だったら人が死ぬほどの苦痛を与えようとした罪』とでも名前が変わることでしょう。

あるいは、殺された人の記憶と肉体を直前まで戻す、という手もあるだろう。だが、その場合も、本文で後述する再犯の問題が起きてしまう。また、目撃者の心的外傷の問題もある。最終的に事件が起きる前に時を戻し犯罪者の憎しみなどの動機となる感情を削除する、という手もあるが、犯罪の『抑止』のために他人の精神にシステムが直接介入するのは倫理的に問題があるだろう。また、システムの介入は監視社会的な問題に発展しかねないので本記事では極力『神』の介入をしないものとする。

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Getty Images

罰が無意味化する

罪があれば罰も同様にあります。さて、果たしてどのような罰を与えるべきでしょうか。何か強い痛みを与えるべきでしょうか。しかし死ぬことのない世界では腕を切り取っても首を落としてもまたすぐに元通りになることができます。痛みによる罰はあまり意味がないかもしれません。

だとするなら禁固刑はどうでしょう。これは最初のコナー・フリーダースドルフ氏の話と同様にあまり意味をなさないでしょう。

たとえ600万年の禁固があったとしてもその後に無限の時間、たとえ有限の時間だとしても4兆年近く生きられるなら600万年という時間はあまりにも短いものです

マンガ『銃夢』よりディスティ・ノヴァ教授

600万年の間に精神が崩壊してしまう、という考えが浮かぶかもしれない。だが、諸行無常を逃れるための永遠の命である以上、精神もまた常に可逆であるべきであり、少なくとも永遠に修復不可能なほど精神が壊れるということは原理的にあってはならない。

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©木城ゆきと/集英社

罰に大して意味がないとしたら、再犯の可能性が大きく上がります。それに、環境が変われば性格も変わるといいます。誰も死なない世界に行くこととなれば、快楽『殺人』者が増えても不思議ではありません。そこまではいかなくても『どうせ死なないのだから』と暴力などの危険な行為に簡単に及びやすくなることは充分に考えられるでしょう。

アニメ『Angel Beats!』より仲村ゆり

アニメ『Angel Beats!』では肉体的なダメージにより死ぬことがなくなった半不死のキャラクターが危険な行為に走り、よく『死ぬ』。

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©VisualArt’s/Key ©VisualArt’s/Key/Angel Beats! Project

新しい犯罪抑止のシステム

罰を与えることが犯罪を抑止するシステムとして機能しなくなるのであれば、新しい犯罪抑止のシステムを作るべきでしょう。一説によると、暴力的なゲームは一種のガス抜きになっているといわれています。無論、暴力的なゲームが逆に犯罪を助長するという意見もありますが、もしゲームが現実とほとんど同じ程度のリアルさを持ったものであったなら現実でも同じことをしようとはそうそう思わないでしょう。

そんなことが可能なのでしょうか。もちろん可能です。仮想現実もデータなので、仮想現実内仮想現実は仮想現実とまったく同じものが作れるでしょう。さすがに現実とまったく同じデータを使用するのは容量、倫理的な観点から望ましくないので、他人の肉体や精神は新規に用意するべきでしょう。技術的特異点を超えた人類は『強い人工知能』、つまり意識を持った人工知能の実現が達成されています。その技術を利用することで生きた人のデータをコンピュータに記述することが可能になっているのですからそれが不可能なはずはないでしょう。あるいは人のデータをスキャンできるからこそ強い人工知能が実現可能になったという場合もあるかもしれません。どちらにせよ、強い人工知能と仮想現実内へ人類を落としこむのはほぼ等価であるといえます。

しかし、だとするなら少し問題が発生します。『仮想現実内の人類』と『仮想現実とほぼ同じ作りの仮想現実内の仮想現実中の、仮想現実内の人類とほぼ同じ作りの人工知能』は、どのように違いがあるのでしょう。言い方を変えましょう。仮想現実と仮想現実内仮想現実に違いはあるのでしょう。違いがないとしたら、人工知能に生命があることを認めることになり人工知能を殺せば罰せられます。違いがあるとしたら、人工知能には生命がないと判断できますが、ほぼ同じ作りの仮想現実内の人類も、生命がないと判断することになります。

さらに言うなら人も人工知能も物体も仮想現実では全てただのデータ

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もう一つ困った問題があります。仮想現実内仮想現実が仮想現実と遜色ないのなら、仮想現実内仮想現実に引きこもる人が続出してもおかしくありません。ただ、それはそれで一つの楽園かもしれません。

永遠に生きることができる世界はたしかに素晴らしいものかもしれません。しかし私たちが思っているようなものとは少しばかり違っているのかもしれません。答えは誰にもわかりません。未来の正確な予想ができないからこそ私たちは『永遠』に憧れるのですから。

REFERENCE:

ホロコースト – Wikipedia

ホロコースト – Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%AD%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88

キネアート – アンネの日記(1959) – キネアート

http://kineart.net/xps/modules/webphoto/index.php?fct=photo&p=958