
住宅バブルのロンドンで電光掲示板から呪いのポエムが聞こえる
2015/2/2723:21そこまで春が来ている今日このごろ、この季節に引っ越しを予定している人もきっと多いことと思います。住めば都とはよくいったもので、住み慣れた土地を離れるのは寂しいものです。
いま、ロンドンの中心部にある巨大電光掲示板には、とあるメッセージの数々が表示されています。メッセージの主は、ロンドンにやってくる者とロンドンを去る者たち。彼らの複雑な心のうちが、いま街で大写しにされているのです。
Why do people choose to move to London? And why do they choose to leave? A new project exploring these questions is currently playing out in an unlikely venue—two advertising billboards in the center of the U.K.’s capital.

「裕福でない者には、ロンドンはみじめな街だ」
ロンドン・ハックニーからアメリカへ移るアーティストの言葉。
変化する街、ロンドン
このプロジェクト『London is changing』は、ロンドン芸術大学セントラル・セント・マーチンズで講師を務めるレベッカ・ロス氏によって実施されています。理由なき引っ越しはない……というわけで、彼女はロンドンへの転入者とロンドンからの転出者を対象に、引っ越しの理由を集めることにしたのでした。『声』はインターネットで集められ、いくつかは電光掲示板に掲載、ウェブサイトでも公開されています。

『London is changing』ウェブサイト
このプロジェクトは、経済や政策の変更が文化や多様性に与える影響について議論を促進することが目的だといいます。それゆえに『声』はロンドンの中心部に映し出され、多くの人々の目に晒されているというわけです。実際の『声』に耳を傾けてみると、声の主の姿と、彼らが置かれている状況がぼんやりと浮かび上がってきました。
ロンドンにやってくる者
人が新しい街で暮らしはじめるとき、期待もあればもちろん不安もあります。ロンドンでの生活をスタートする人々の声を聞いてみましょう。

「私は新たな人生を始めたかった。ロンドンはおそらくその唯一のチャンスだ」
ものすごい期待感。

「ロンドン行きが言い渡されたのはこれまでの人生で最高の出来事だ。ついに私の人生が始まった」
まさに人生の転換点のよう。
しかし、ロンドンにやってくる者が、みな必ずしもポジティブであるとは限りません。

「仕事を探す計画でロンドンに来た。今はコーヒーショップで仕事が見つかれば幸せだ」

「十分(生活する)資格があるにもかかわらず、貧しい生活をはじめるのは心配だ」
転入を計画している学生の言葉。
レベッカ氏はこう語っています。
「たとえば私たちは、他のヨーロッパの国々から仕事を求めてロンドンにやって来る人々がいることを知っています。ロンドンには他の場所にない大切なチャンスがあり、したがって、人々が引っ越してくるたくさんの理由があるんです」
しかし現在、ロンドンは大きな問題を抱えています。実際にレベッカ氏は、プロジェクトで集まった『声』の多くが、ロンドンを去る者からのものであることを明かしています。彼らの『声』には、そのシビアな状況がそのまま表れていました。
ロンドンを出て行く者

「私は、ロンドンを出て行く人間は諦めたのだと思っていた。しかしいま、私はそのひとりだ。これ以上、途方もない搾取を美化してはいられない」

「妻と私はきちんとした仕事をしていて、平均以上の収入もある。けれども私たちには、働いているこの街で生活していく余裕がない」

「もはや希望は失った。空の戸棚や消えた灯り、立ち退きをいつも心配しなくても働けるどこかに行きたい」

「出て行きたくなかった。ロンドンが大好きだ、今まで住んだどの街よりも楽しかった」

「近いうちに、ロンドンは文化のないゴーストタウンになるだろう」
事態は深刻です。どうしてこうなってしまったのか……その理由が述べられた『声』がありました。

「がっかりした。前年よりも家賃が上がって、街の中心部から遠くへ引っ越さなければならなくなった」
ロンドンを襲う住宅バブル
現在ロンドンでは、すさまじい住宅バブルが起きています。2014年、住宅価格は前年より20%も上昇し、過去40年間では43倍もの値上がりになっているのです。なかには、わずか11平方メートルの広さで、家賃が月28万円という物件もあるといいます。このバブルの原因は、とにかく需要に対して供給が追いついていないことのようです。

ロンドン中心部の住宅地
賃金上昇ペースの2.8倍で家賃が上昇。住民の抗議も行われている。
日本とイギリスでは、住宅に対する価値観がまるで異なります。日本で住宅の価値が年月とともに下がるのに対して、イギリスはむしろその価値が上がっていくのです。中古住宅は新築の8倍の価格で取引されるともいわれ、築100年を超える住宅も少なくないといいます。
古くなっても建物の価値が高いのは、もちろんその寿命が長いためです。イギリスは地震が少なく、また1666年のイギリス大火(1万3千軒以上が焼失)以降、レンガや石以外で家を建ててはならないと決められています。
また、一方で新築住宅に対する景観条例の規制は厳しく、建物前面の素材や色が指定され、その後の変更も許されていません。

築200年以上のマンション
新しい建物は不人気。
しかしいま、ロンドンは建築ラッシュのさなかにあります。相次いで高層ビルが建てられ、それらに中国やロシアといった海外の富豪が投資する、という繰り返しが起きているのです。2011年7月から2013年6月までの2年間、ロンドン中心部の建物を新規に購入した者の69%はイギリス人ではなかったといいます。

ロンドン中心部の高層ビル、ワン・ハイド・パーク
投資が集まった一方、実際には誰も住んでいない部屋がほとんどだという。
現在、ロンドンの1物件あたりの平均価格は、日本円で約9,300万円以上といわれています。しかし、一般層の平均賃金は住宅バブルについていっていないのが現状です。ボリス・ジョンソン市長は、『手ごろな価格』の賃貸住宅を2015年までに55,000軒準備すると約束しましたが、それすらも一般層が手に届くものではありません。
日本でもいま、東京都内でマンションの価格が高騰する、2020年の東京オリンピックを控えてその動きが激しくなるといわれています。もしも住宅バブルがやってきたら、『London is changing』のようなプロジェクトは日本でも起こるのでしょうか。
住まいと言葉
そんな日本では、住まいや暮らしに関する特定の『言葉』が奇妙に成長してきました。

『マンションポエム』
写真家・大山顕氏の命名。
大山氏は、住宅や土地そのものを飾る『マンションポエム』を「建物を隠す言葉」だと述べています。「都心の2億円の物件も郊外の2,000万円台の物件も、建物自体にそれほどの差はない」現実を隠し、「そこに住めばハイグレードな生活が待っている」という夢を持たせる、そんな言葉だというのです。

歴史の余韻。継承される高台。
そもそも『マンションポエム』のような言葉は、『広告』に掲載されるものである以上、人々の期待感を煽るものです。そして概ね、何かに煽られて期待感が高まった人の言葉もまた、図らずもポエムに近づいていきます。

「私は新たな人生を始めたかった。ロンドンはおそらくその唯一のチャンスだ」
唯一ってことはないはず。
一方でロンドンを去っていく人の言葉も、ある意味でポエムに近づいています。それは新たな生活への期待感ではなく、ロンドンでの生活に対する挫折感によるものだといってよいでしょう。

「もはや希望は失った。空の戸棚や消えた灯り、立ち退きをいつも心配しなくても働けるどこかに行きたい」
人は『希望』を語ることはあっても、『挫折』を声高に語ることはほとんどありません。『London is changing』が巨大電光掲示板に映し出していたのは、人々の暮らしに対する、そんな『希望』と『挫折』そのものだったのかもしれません。
今後、ロンドンの住宅バブルがどうなっていくのかはまだわかりません。しかしバブルが弾けたとき、もしももう一度このプロジェクトが行われたら……。今度はどんな人々の、どんな『希望』と『挫折』が聞こえてくるのでしょうか。
‘Nobody My Age Can Afford to Stay Here Forever’
‘Nobody My Age Can Afford to Stay Here Forever’
http://www.citylab.com/housing/2015/02/nobody-my-age-can-afford-to-stay-here-forever/385852/
‘I feel I’m being forced out': London billboards highlight stories of relocation
These billboards shed light on why people are moving to London – and why others are leaving
London is changing
ロンドン住宅最新事情
長寿命住宅先進国イギリスからの手紙 第1回 イギリスの住宅事情(1)
Foreign buyers dominate London’s luxury housing market
貧困層締め出すロンドンで闘う母親たち
マンション広告に躍る「ポエム」 建築を包む物語
http://www.nikkei.com/money/features/32.aspx?g=DGXNMSFK03023_03032014000000