今年もまた、映画好きにとってはちょっとしたお祭りの季節がやってきました。米国アカデミー賞と日本アカデミー賞の授賞式開催を2月に控え、ひそかに心躍っている方もきっと少なからずいることでしょう。そんな時期に、歴史的に価値のある映画を予測するアルゴリズムが登場したというニュースが飛び込んできました。

この研究は、ノースウェスタン大学教授のルイス・アマラル氏を筆頭に行われたものです。

The most accurate predictions of which movies the U.S. Library of Congress will deem ‘culturally, historically, or aesthetically significant’ are not the views of critics or fans but a simple algorithm applied to a database, researchers have found.

ルイス・アマラル氏。

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Northwestern’s McCormick School of Engineering

博士の異常な愛情

今回の調査のため、アマラル氏率いる研究チームはふたつのデータベースを利用しています。

ひとつめは、映画データベースサイト・IMDb.comです。Internet Movie databaseの名前通り、世界中の映画・テレビ番組・ビデオゲーム、俳優・スタッフのデータがとにかく大量に登録されています。2015年1月23日現在、なんと316万本以上の作品と633万人以上の人物データを閲覧することができます。驚くべきは、それぞれのデータも恐ろしい充実ぶりをみせていることでしょう。

ほんとになんでも載ってる。

使いこなせたら便利そう。

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IMDb.com

しかし、この膨大なデータベースだけでは『歴史的に価値ある映画』を判断することができません。

そこでアマラル氏が注目したのがアメリカ国立フィルム登録簿、合衆国・国立フィルム保存委員会により、アメリカ議会図書館に映画フィルムが永久保存される制度です。発表から最低10年経った『文化的、歴史的、芸術的』に重要な作品が、1年につき最大25本保存されています。

この研究の時点では625本を保存。詳しくはウェブサイトを。

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Wikipedia

素材は揃いました。アマラル氏は、IMDb.comに登録されている15,425本のアメリカ映画から、アメリカ国立フィルム登録簿に登録されている映画をうまく抽出できる方法を探ることにしたのです。

基準を疑え

今回採られたのは、『映画の価値を判断する基準』を比較するという方法でした。いくつかの基準でデータを分析し、アメリカ国立フィルム登録簿の映画を多く言い当てられる方法を見極めようとしたのです。判断基準として挙げられたのは以下の3項目です。

批評家による評価
世間の評価
引用数の統計

興行収入や受賞歴が省かれたのは、これは興行収入が振るわなかった作品でも後に評価されることがあること、また賞にノミネートされる作品が業界人気や宣伝量に大きく左右されることがあるためだといいます。そして、これらの3項目はさらに以下のように分けられました。

○批評家による評価
・映画評論家ロジャー・エバート氏の評価
・複数の批評家による、批評サイトMetacriticでの点数
○世間の評価
・IMDb.comでの評価の平均点
・IMDb.comでの評価の総得票数
○引用数の統計
・作品が別の作品に引用された回数
・IMDb.comの各作品ページのページランク

Metacriticとは

映画・テレビ・ゲームなどのレビューと批評を集積するサイト。批評家の評価も作品ごとに集積されている。

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Metacritic

ページランクとは

『リンクが集まるWEBページほど重要』という考え方からGoogleが開発した、WEBページの重要度を示す指標。

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Getty Images

『作品が別の作品に引用された回数』の測定には、IMDb.comの作品ページにある”Connections”のページが利用されました。このページには、作品の内容(シチュエーション、台詞、音楽、画面の構図、音楽、登場人物、実際の作品の映像など……)が、後から別の作品にどれだけ引用されたかが掲載されています。また、IMDb.comが誰でも編集できるという都合上、投稿者の思い込みによるものを排除するため、映画の発表から25年以上経ってから引用された回数を計測するのが最も有効だとアマラル氏は考えたようです。

『恋人たちの予感』(1989)。

テレビに映っているのは『カサブランカ』(1942)。IMDb.comによると、引用された回数は1,000回を超える。

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tumblr.com

ひとりもしくは複数の批評家による評価、一般評価の平均点と得票数、そして、別の作品に引用された回数とIMDb.comでのページランク……こうした切り口から大量のデータを分析して、アマラル氏はいくつかの事実をついに突き止めたのです。

決戦!批評家VSアルゴリズム

では、15,425本のアメリカ映画から、アメリカ国立フィルム登録簿の『歴史的に価値のある』625本を抽出するには、どの方法が最も有用なのでしょうか。

まず、映画評論家ロジャー・エバート氏の評価よりも、複数の批評家によるMetacriticの点数を基準にしたほうが、『歴史的に価値のある』作品を抽出しやすいことが判明しました。批評家チーム、初っ端から仲間割れです。その一方で、別の作品に引用された回数とページランクを基準にすると、一般評価の平均点やエバート氏の評価よりも正確に抽出できることもわかりました。がぜん押される人間の評価、エバート氏は満身創痍です。

一触即発。

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Getty Images

そして、映画の発表後25年以上経過してから引用された回数を基準にした場合、Metacriticの点数よりも『歴史的に価値のある映画』を抽出しやすいという事実がついに判明します。研究の結果、この方法が他のどの基準で抽出するよりも優れていたということです。

発表された論文より。数値の高さにご注目。

一番下が『25年以上経過してから引用された回数』を基準にした場合。

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PNAS

論文では映画『夢のチョコレート工場』(1971)が、発表から25年以上経ってから52回引用されていること、しかしアメリカ国立フィルム登録簿にはいまだその名前がないことが指摘されています。しかし論文発表から6ヶ月後の2014年12月、『夢のチョコレート工場』のフィルムが予測通り永久保存されることになりました。

ジョニー・デップの前にも映画化されている。

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The Westin Lake Las Vegas Resort & Spa

アマラル氏は「重要な映画を決めるのは作り手であって批評家ではない」と語り、「批評家は自信過剰で先入観もある。私たちの方法は、より客観的なものだ」と述べています。

そこまで言わなくても……

アマラル氏があまりにもこき下ろすので、なんだか批評家の皆さんがかわいそうになってきました。たったひとり、データが研究に利用されているロジャー・エバート氏の気持ちにもなってあげてと言いたい気持ちです。しかし、このエバート氏とはどんな方なのでしょうか。

映画評論家のロジャー・エバート氏は1942年に生まれ、2013年に70歳で亡くなっています。1967年より映画評を執筆し、1976年からは映画番組『スニーク・プレビューズ』にて司会を務めるようになりました。この番組では映画記者のジーン・ラスケル氏とタッグを組み、映画を評価する際にそれぞれ『サム・アップ(おすすめ。親指を立てる)』と『サム・ダウン(おすすめしない。親指を下げる)』のサインを見せるスタイルが名物だったようです。番組は高い人気を獲得し、映画の動員数にも影響しました。

ロジャー・エバート氏。

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Popular1000

彼は、三つ星の作品に『偉大な作品でない』と述べることもあれば、一つ星の作品に『それよりもいい』という示唆をするなど、自身がつけた星の数に対して異なる評論を行うこともあれば、映画界や多くの観客とは異なる評価を示すこともあったといいます。1975年にピュリッツァー賞の批評部門、2005年にはハリウッド・ウォーク・オブ・フェームの星に名前を刻まれるなど、その映画評は多くの観客に愛されてきました。

右側がエバート氏。

相棒のジーン・シスケル氏と。

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EMPOWER NETWORK

ハリウッド・ウォーク・オブ・フェームの星を抱えて。

サム・アップ。

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THE WALL STREET JOURNAL

強烈な個性の映画評論家たち

まさに名物映画評論家、とご紹介するのがぴったりのロジャー・エバート氏ですが、彼のようにタレント性の強い映画評論家は、日本にも数多く存在します。

お茶の間で親しまれているのは、故・水野晴郎氏やおすぎ氏、最近ならば映画コメンテーターとしても活躍されているLiLiCo氏や、ラジオで絶大な人気を誇るRHYMESTARの宇多丸氏らが挙げられるでしょうか。しかし、日本の名物映画評論家といえばやはりこの人かと思われます。

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YouTube

淀川長治氏です。とりわけ有名なのは、『日曜洋画劇場』における映画解説でしょう。『すべての映画には良いところがある』を持論に、物腰柔らかに作品の長所を紹介する語り口はお茶の間で人気を博しました。『サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ』はあまりにも有名な名台詞です。1998年に亡くなった淀川氏ですが、没後も著書の再版が重ねられ、映画解説を収録したDVDが発売されるなど、現在でも人気の映画評論家のひとりです。

蘇る声

ロジャー・エバート氏と淀川長治氏には、映画評論家であるという以外に、もうひとつ共通点があります。ふたりとも、技術によってその声が蘇っているのです。

エバート氏は、2002年に甲状腺がんと診断されています。2006年にはがん切除手術のために下顎の一部を失い、話すことや食べることができなくなりました。しかし彼は、スコットランドのCereProk社が開発した、テキストを音声化するソフトによって、合成音声ながらその声を取り戻しています。その声のもとになったのは、エバート氏自身がかつて話した映画解説の音声でした。またエバート氏は2011年、妻と友人とともにTEDカンファレンスに登場してスピーチを成功させています。

Roger Ebert: Remaking my voice

スピーチの内容はこちらで。

一方、淀川氏は記憶に新しい2014年末、動画配信サービスhuluのテレビCMでその姿と声を復活させました。姿こそCGでしたが、声はエバート氏と同様、自身の映画解説の音声データ約420分ぶんをもとに再現されたものです。

エバート氏と淀川氏に共通するのは、蘇った声が、彼ら自身の声のサンプリングでできているということです。

Hulu TVCM 淀川長治 家族団らん篇

映画評論家は蘇るか

今回アマラル氏は、膨大なデータを複数の切り口から分析することで『歴史的に価値のある映画』を抽出する最良の方法を探りました。その結果、『映画の発表から25年以上経過してから、他の作品に引用された回数』によって『歴史的に価値のある映画』を言い当てることができる、と彼は主張しています。その過程でアマラル氏は、映画評論家ロジャー・エバート氏の評価を収集しました。では、そのデータを分析することで、『ロジャー・エバート氏にとって価値のある映画』は今後予測することができるのでしょうか……。

『歴史的に価値のある映画』を求める人の数と同じくらい、『あの人ならこの映画についてどう言うだろうか』ということを求める人は多いように思われます。かつて愛された映画評論家は、現代の映画をどう評価し、どう論じるのでしょうか。奇しくも彼らふたりの声は、すでに技術によって蘇っています。エバート氏や淀川氏が、ふたたび映画について語りはじめる時代が、もしかするとすぐそこまで来ているのかもしれません。

REFERENCE:

Time to sack the Oscar judges? Computers can pick ‘culturally, historically, or aesthetically significant’ films better than a human, study finds

Time to sack the Oscar judges? Computers can pick ‘culturally, historically, or aesthetically significant’ films better than a human, study finds

http://www.dailymail.co.uk/sciencetech/article-2917209/Big-data-tops-humans-picking-significant-films-study.html

Is This Algorithm a Better Movie Critic than Roger Ebert?

http://motherboard.vice.com/read/is-this-algorithm-a-better-movie-critic-than-roger-ebert

Automated Method Beats Critics in Picking Great Movies

http://www.northwestern.edu/newscenter/stories/2015/01/automated-method-beats-critics-in-picking-great-movies.html

Cross-evaluation of metrics to estimate the significance of creative works

http://www.pnas.org/content/early/2015/01/14/1412198112.abstract

ロジャー・イーバート – Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%A4%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88

淀川長治 – Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B7%80%E5%B7%9D%E9%95%B7%E6%B2%BB

映画界のレジェンド 淀川長治さんが蘇る! 生前の生声とCGで完全再現 Hulu 新TV-CM、12月16日よりオンエア開始

http://blog.hulu.jp/2014/12/15/nagaharuyodogawa/