「なるほど、彼らは一つの民で、同じ言葉を話している。この業は彼らの行いの始まりだが、おそらくこのこともやり遂げられないこともあるまい。それなら、我々は下って、彼らの言葉を乱してやろう。彼らが互いに相手の言葉を理解できなくなるように」 – 「創世記」11章1-9節

旧約聖書の『創世記』の記述によると、大洪水を免れたノアの子孫たちは別々の土地、国に住みながらも、みな同じ一つの言語を使っていたといわれています。ある時、彼らは人々がいつまでも一つの地にいられるように、居住区を東方のシナルと呼ばれる土地へ移し、天まで届くような巨大な塔を建て始めました。

しかし、人が神に近付くのを防ぐかのように、それを見た主は言語をいくつにも分け、人々を世界中に散り散りにしてしまいました。そのことにより、塔も街も完成することなく建設は放棄され、それから、その街は『神の門』あるいは『乱れ』を意味する『バベル』と呼ばれるようになりました。

この話が真実かどうかは定かではありません。ただ、やはり今の人類の視点から見るとどうにも無理がある話に思えてしまいます。旧約聖書がウソをついているのかどうかという議論はさておいて、新約聖書の聖母マリアの処女懐胎は誤訳によって生まれたものだという説もあることですし、それと同じように、何かがどこかで間違えて伝えられたのではないか、と思ってしまうような伝説です。

タロットカード『塔』

タロットカードで最も悪い札とされる「XVI 塔」は、同じ「塔」という人工建造物、塔が破壊されるという扱い、塔から落ちる人間(人間の驕りに対する天罰という解釈)から、このバベルの塔がモチーフになっているといわれているが、創世記には主が塔を破壊するという記述はない。

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タロット占い「小町」のタロットあれこれ

けれど、本当にかつて人類の言語は一つだったのかもしれません。イギリスの王立協会の研究によって猿が異種間同士でも言語が通じているということがわかりました。

In a new Proceedings of the Royal Society B study, researchers conducting playback experiments in a tropical rainforest show that monkey listeners can tell the difference between danger calls with and without suffixes, and that they’ll alter their behavior accordingly. What’s more, even monkeys of different species seem to grasp the distinction.

論文によるとキャンベルモンキーは『Krak』『Hok』『Wak』などの多種類の危険や障害を報せる言語を持っており、その音声を近くの地域に生息する他種の猿に聞かせたところ、猿たちは言語を聞き分け、それぞれの言語に対応した危険回避の行動を示した、とのことです。

キャンベルモンキー

アフリカ西南部に生息。

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人類と猿は、進化の途中で道を違えた遠い親戚のような存在です。猿が同じ言語を持っているとするのなら、人もかつて同じ言語を持っていたと考えても全く不思議ではないでしょう。だとするならば、バベルの塔の伝説は本当だったのかもしれません。私たちは人間を特別な存在と思いがちですが、それは全くの逆で、人間だけが主によって猿と分け隔てられてしまった、罪深い存在なのかもしれません。

創世記に従うなら猿は人の親戚ではない

しかしこの話には少しばかり矛盾が含まれています。創世記において、人は他の動物と違い、神を模して創られたとされています。これは創造論と呼ばれるもので、今日の科学的な見解、つまり人類と猿は進化の途中で道を違えた存在、という進化論とは矛盾をなすものです。創造論を基盤にした物語を進化論を用いて強化する、というのは、おいしいところどりというか、あまり論理的な説明ではないでしょう。創造論の物語は創造論によって、進化論の物語は進化論によって語られるべきです。創造論によって猿の共通言語の説明をすることはできそうもないので、一度、進化論的に彼らの行動を解釈してみようと思います。

チャールズ・ロバート・ダーウィン

進化論を提唱したダーウィンによる自然淘汰説が発表されてから150年以上が経った今でも自然淘汰説は『強い者が勝つ』あるいは『強い者がより多くの子孫を残すべきである』、というような説であると誤解をされることが数多くあるが、自然淘汰は、ただ『突然変異によってたまたま環境に適応した生物が生き残っている』というだけの話で、強弱という概念はない。

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ダーウィンが進化論を提唱した時代はまだ遺伝子の仕組みは解明されていなかったため、近年ではより科学的な自然淘汰の仕組みの解説がされているが、それらを使って説明を行うと非常に内容が煩雑化することと、今回の事例の説明をするにあたり多少の誤解を生む表現は含まれるもののその道筋は遺伝子の解釈を含めた説明とほとんど異なるものではないので、どちらかといえばシンプルな、ダーウィンの進化論に基づいて猿の異種間の共通言語について解釈を行う。

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進化論的観点から見た猿の共通言語の発生

まず、どこかの段階で、何かの種の猿Aが突然変異によって同種の猿が危険を感じた時にあげる鳴き声が聞こえた時に、その音声が聞こえた方角から逃げる遺伝子を持ったとします。その猿Aは危険を事前に察知ができるようになるので、必然的に生存確率が逃げる遺伝子を持たない猿よりも上がることになり、長い年月を経て逃げる遺伝子を持った猿の個体数が増えていきます。

自分だけ事前に敵の場所がわかっていれば他の個体よりも生き残りやすい。

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そしてまたある時、それは別々に、あるいは同時に起きたのかはわかりませんが、『空から敵が攻めてくる』『地上から敵が攻めてくる』という二つの鳴き声を使い分ける個体と、それを聞き分ける遺伝子を持つ個体が出現しました。二つの言語を使い分ける個体は、ただ逃げる遺伝子を持つ個体よりも、より危険から逃れやすくなります

それによって、単一の言語を認識する個体よりも、二つの言語を認識できる個体のほうが増えていきます。そのような突然変異の繰り返しによって、複数の言語を持つ猿の個体数が種の中で多くを占めるようになります

どちらに逃げた方がより安全なのかわかる個体の方が生き残りやすい。

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それらの進化のいつの段階かはわかりませんが、言語を使う猿Aと同じ地域にいた別種の猿Bから、突然変異によって、たまたまその危険信号の通りに動く遺伝子を持った個体が現れます。そうするとその遺伝子を持った猿Bは他の猿Bよりも生存確率が上がり、個体数が増えていきます。

ある時、逃げる遺伝子だけを持っていたはずの猿Bが、突然変異によって猿Aと同じ危険信号を放つ遺伝子を持ったとします。すると、猿Aは猿Aからだけでなく、猿Bからも危険信号を受け取ることができるようになるので、さらに危険を回避できるようになり、さらに個体数が増えます。

猿Aの個体数が増えると、言語を理解できる猿Bもまた危険を回避できる確率が上がるため、個体数が増えていきます。そして、いつしか危険を教えあう遺伝子を持たない猿は、環境に適応できずに絶滅していきます

別種の猿の能力をコピー

もちろん進化は意志によって行うことはできないので、突然変異の結果、偶然、行動が合致しただけである。

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この繰り返しによって、複数の種類の猿が同一の言語を使うようになった、ということの説明ができます。つまり、突然変異によってたまたま危険信号を受信、発信する個体が生まれ、それを真似をするようになった別種の個体がたまたま生まれ、そのおかげで生き延びているがために猿の共通言語を使っているように見える、というだけの話で説明がつくのです。

猿たちが共生して生きている、ともいえるかもしれないが、実際にはそうではない。ただ、話を簡略化するために結果的にそのようになっている、と解釈して問題はない。

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言い換えると、猿の言語は遺伝子的な本能によって生まれたものだということです。人間の言語はたとえば赤ん坊が泣くなどの原始的なものもありますが、ほとんどは教育によって後天的に習得するものです。もちろん猿や犬などの動物も教育によっていくつかの簡単な言語を修得することができますが、人のように複雑な言語を話すことや、ましてや文字のような複雑な記号を使いこなすことはできません。特に、この文字という遺伝子以外で後世に意味を伝える発明をしたこと、そしてそれを使いこなしていることが人を人たらしめているといえるでしょう。

さて、この文字ですが、紀元前3000年紀を中心にした約1000年の間に似ても似つかないような形で多数、それも非常に広範囲な地域で生まれています。1000年という数字は非常に大きく見えるかもしれませんが、生命が誕生してから約40億年、現在の人類の種族、ホモサピエンスが誕生してからでさえ25万年前であることを考えると、非常に小さな時間、ほとんど同時多発的に生まれたといってもいいでしょう。このことは、非常に長い時間での観点を必要とする進化論では説明しづらいことです。

世界各国のあいさつの文字

表音文字と表意文字の誕生もほとんど同時に生まれている。

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このことが何を意味するのかはわかりません。ましてや、これがバベルの塔が本当にあったことの証左には決してならないでしょう。しかし、何かの超自然的な原因によって、それぞれの地域にそれぞれの言語が与えられたと考えても、それほど突拍子のない考えではないのかもしれません。

REFERENCE:

ヒト – Wikipedia

ヒト – Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%88

文字の歴史 – Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%87%E5%AD%97%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2

バベルの塔 – Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/バベルの塔

関根正雄訳『旧約聖書 創世記』、岩波文庫、2015年第87刷(1956年第1刷)

フェデリコ・バルバロ「創世記」『聖書』、講談社、p.24、2007年第16刷(1980年第1刷)