いまからおよそ30年前、1986年4月26日。旧ソビエト連邦・チェルノブイリ原子力発電所で、爆発事故が発生しました。大気中に飛散した放射性物質の量は推定10トン前後、14エクサベクレル。原発から約30km²圏内の住民およそ134,000人はすぐに避難し、そこは『立入禁止区域』として、現在も立ち入りが厳しく制限されています。

しかしいま、その『立ち入り禁止区域』に、ある変化が起こっていました。放射能に汚染され、だれも住むことのできなくなった土地で、野生動物たちが増えつづけているのです。

People were evacuated after the Chernobyl accident, but what happened to the local wildlife? A new study shows that wildlife in the Chernobyl disaster zone is thriving, indicating that the presence of humans is more damaging to wildlife than is radiation poisoning

現在のチェルノブイリ

ガイガーカウンター片手に、発電所周辺の『廃墟』と化した土地を歩く。

汚染された地上の楽園

今回、研究チームはチェルノブイリの『立入禁止区域』のうち約2,165km²を調査し、汚染されていない4つの自然保護区のデータと比較を実施しています。そこで研究チームは、この『史上最悪の原発事故』に対する野生動物の回復力について、検証すべき3つの仮説を立てました。

仮説1・『立入禁止区域』では、放射能汚染のために哺乳類の生息密度が減っている
仮説2・大型哺乳類の生息密度は、4つの自然保護区よりも減っている
仮説3・大型哺乳類の生息密度は、原発事故のあと1〜10年間で減っている

研究チームは、2008〜2010年、土地の性質(農地・村・常緑樹林・針葉樹林など)と放射能汚染の度合い、積雪にみられる動物の軌跡を調査しました。また、今回の研究には、1987〜1997年のヘリコプターによる調査結果も使用されています。

しかしその結果、彼らの立てた3つの仮説はすべて否定されました。チェルノブイリに生息する大型哺乳類に、放射能汚染の長期的影響はみられなかったのです。

上のグラフ2つは、オオカミとヘラジカの軌跡と、土地の汚染度の相関を示す。下のグラフは、1987〜1997年にかけてのヘラジカ・ノロジカ・イノシシの分布量の変遷。

かつての調査では、事故から数ヶ月後の時点で、『立入禁止区域』の約4,200km²において放射線の大きな影響がみられ、野生動物の数はあきらかに減少していると報告されました。しかし、それから約30年の月日が経過して、野生動物たちがふたたび繁栄をみせているのです。

たとえば、ヘラジカ・ノロジカ・アカシカ・イノシシといった動物の場合は、比較された4つの自然保護区とほぼ同じ数が生息しており、またオオカミに至っては、じつに7倍もの数が生息していました。キツネ・イノシシなどの動物は、放射線量の高いエリアでもその数が減少していなかったのです。

さながら地上の楽園

イノシシは1994年に大きく減少したが、これはオオカミの増加とアフリカ豚コレラの流行が原因とみられる。

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研究チームのひとりである、ポーツマス大学のジム・スミス教授は、原発事故が与えた社会的・心理的・経済的影響について認めたうえで、このように述べています。「純粋に環境面だけを見るかぎり、現時点では、事故は環境面には深刻なダメージを与えていない。偶然にも事故によって、ある種の自然保護区がつくられたのだ」。

いまや、チェルノブイリに生息する野生動物の数は、事故以前よりも多いといわれています。すなわち、約30年間にわたって動物たちは被曝しつづけており、その潜在的な影響については確認できていないものの、『立入禁止区域』はあらゆる哺乳類の繁栄を支えてきたことになるのです。

オコジョもいれば、

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オオカミもいる。

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ノロジカに、

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オオヤマネコ。

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また、この研究は、人間の文明と野生動物との関係をもあきらかにするものでした。かつて、チェルノブイリの『立入禁止区域』にも多くの人間が暮らしており、もちろん土地は人間のために利用されていた……。しかし、そこから人が消えたとたん、野生動物の数はまたたく間に増えたのです。すなわち、農業・林業・狩猟といった人間の営みは、ともすれば放射線よりも動物たちに悪影響を与えてきたといえるでしょう。

福島とイノシシ

日本では2011年3月11日、東日本大震災と福島第一原発事故が発生しました。チェルノブイリがいわば『動物たちの楽園』と化している一方、すこしだけ福島に目を転じてみることにしましょう。

現在、福島県の一部地域は『帰還困難区域』に指定されており、出入制限などが行われています。もっとも、すでに避難区域をはじめとした地域でイノシシの野生化が問題となっており、人の暮らしている地域では農業にも影響が出ているようです。もちろん、狩猟や捕獲はおこなわれているものの、放射能に汚染されてしまったイノシシは処分すら難しい状況だといいます。

放射線量基準のために出荷もできず、処分する費用もかさむ一方。

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福島大学のトム・ヒントン教授は「イノシシは害獣だという認識、また農業への影響によって、彼らが長期的に繁栄することはできそうにない」といいます。しかし福島の場合、問題は『繁栄するかどうか』ではなく『繁栄させられない』ところにあるでしょう。チェルノブイリの場合は土地から人がいなくなりましたが、福島の場合は、今もすぐそばで人が暮らしているのです。

チェルノブイリでは、文明が発展したゆえの事故が起きたことで、古くから行われてきた『人間の営み』が動物に与えていた影響があきらかになりました。しかし福島では、それでも『営み』をつづけていくこと、その土地を『動物たちの楽園』にはできないということ自体が、すでに大きな課題となっているように思われます。

ピンク色が『帰還困難区域』。

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ふくしま復興ステーション

ある日とつぜん、原発事故によって遠くなってしまった土地がある。しかしそのすぐ近くでは、今でも人が暮らしている。そんな土地の区別とは関係なく生きている動物たちがいる。圧倒的現実を前に、容赦なく自然化が進んでいく土地を、それでも『廃墟』として割り切れない、割り切らないという選択があり、ある意味ねじれてしまったその状況を乗り越えることを含めて『復興』と呼ぶならば、そのときはまだ遠いのかもしれません。

とはいえ、「この土地には300年間住めない」という判断を下さざるをえない状況は、すなわち未来の300年間にわたって『復興』を諦めざるをえない、という状況です。あえて比較するならば、『営み』をつづける、すなわち諦めないという選択ができることは、そのまま希望そのものだ、ということもできるでしょう。もっとも、それとて人間の勝手なのかもしれませんが……。

REFERENCE:

What happened to wildlife when Chernobyl drove humans out? It thrived

What happened to wildlife when Chernobyl drove humans out? It thrived

http://www.theguardian.com/science/grrlscientist/2015/oct/05/what-happened-to-wildlife-when-chernobyl-drove-humans-out-it-thrived

Chernobyl is a wildlife PARADISE: Wolves, lynx, elk and boar have thrived since humans abandoned the nuclear disaster zone

http://www.dailymail.co.uk/sciencetech/article-3260583/Chernobyl-wildlife-PARADISE-Wolves-lynx-elk-boar-thrived-humans-abandoned-nuclear-disaster-zone.html

At site of world’s worst nuclear disaster, the animals have returned

http://www.eurekalert.org/pub_releases/2015-10/cp-aso092815.php

チェルノブイリ原子力発電所事故 – Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/チェルノブイリ原子力発電所事故

福島第一原子力発電所事故の影響 – Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/福島第一原子力発電所事故の影響

セシウムに汚染された大地 「300年は住めない」

http://astand.asahi.com/webshinsho/asahi/asahishimbun/product/2011112400020.html

福島の「汚染イノシシ」。捕獲後、冷凍庫が満杯。処分費用負担で地元も困惑、殺されたイノシシも浮かばれず(日本農業新聞)

http://financegreenwatch.org/jp/?p=49762

【東日本大震災4年】イノシシなど381匹捕獲 福島県の避難区域で – 産経ニュース

http://www.sankei.com/affairs/news/150310/afr1503100015-n1.html