失感情症、もしくはアレキシサイミアという言葉をご存知でしょうか。和訳の漢字をそのまま受け取れば「感情を失う症状」ですが、これは正確な理解ではありません。アレキシサイミア(alexithymia)の語源はギリシア語で、『a』(欠落)、『lexis』(表現)、『Thymos』(感情)、すなわち「感情表現の欠落する症状」といったほうが比較的正しいでしょう。

しかし、そこには単に『表現』というだけの問題があるわけではなさそうです。アレキシサイミアの彼らは、そもそも自身の感情を自覚することが難しいのだといいます。

ある男性の事例から

アレキシサイミアの症状を自覚している男性・カレブ氏は、自身の結婚式の際も、初めての子供が生まれたときにも、心が動くことは一切ありませんでした。結婚式でステージに立ち、彼を取りまく人々の熱気を感じてもなお、カレブ氏は自らの頬が紅潮し、足取りが重たくなるのを感じただけだったのです。少なくとも、従来の意味での喜びや幸せ、愛情はそこになかったと彼はいいます。

目は見えていても『色』を認知できない、といった症状に近いのかもしれない。

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カレブ氏は、ポジティブであれネガティブであれ、いかなる感情もほとんど自覚・表現することができません。彼のようなアレキシサイミアの症状は、自閉症患者のおよそ50%にみられるといいます。しかし一方で、アレキシサイミアである者たちの多くには、自閉症の他の症状を確認することができないのです。

感情のつくり

そもそも私たちは、自身の『感情』を、とても微妙なさじ加減で自覚する生き物なのです。

たとえば愛する人と顔を合わせたとき、暴力的な言葉を投げかけられたとき、おそろしい風景を目の当たりにしたとき……。まずは私たちの『心』が反応し、次に脳がその反応を評価します。ポジティブかネガティブか、強いか弱いか、その基準はさまざまでしょう。そこではじめて、私たちの『心』の名状しがたい動きは『感情』として認知できるようになります。言葉で説明できるようになるのは、さらにあとの段階です。

こうした理解が先にあったがゆえに、アレキシサイミアの存在が発見された1972年には、彼らは感情を言語化することができないのだと考えられていました。すなわち、言語の問題である、というわけです。もっとも現在は、アレキシサイミアにも様々な種類があることがわかってきました。なかには、自分の感情をまったく意識することもできない者もいるのです。

かつては、右脳の感情がうまく左脳に伝わらないために感情が言語化されないのだと考えられていた。

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アリゾナ大学のリチャード・レーン氏は、感情を処理する神経回路が損傷を受けている可能性について指摘しました。彼は「(アレキシサイミアも)おそらく心は動いているし、身体もきちんと反応している。ただ、それを意識することができないんだ」と述べています。実際にカレブ氏も、かつて職場の上司から罵倒された際に「身体でなにか奇妙なことが起こった」ことを自覚しており、そのとき緊張や好奇心をおぼえたことを認めているのです。

しかし、感情がきちんと生まれているにもかかわらず、それを自覚できない、表現できないという問題は、時として本人の身体に影響を及ぼすことがあります。抑圧されたの感情が自分自身のなかに蓄積していき、やがて『原因不明』の症状となって表面化するのです。カレブ氏も、「心動かされない」という一方で、家族の長期的な不在時には身体的なストレスを感じることがあるといいます。

心身症

蓄積されたストレスが身体の不調となってあらわれる。アレキシサイミアだけでなく、日頃から自分は健康だと思っている者が突然発症することもあり、決して他人事として受け止められるものではない。

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感情は『取り戻せる』か?

現状、アレキシサイミアの原因、その起源はわかっていません。しかし、それらが治療できるものであること、改善に向けた努力が実を結びうることはまぎれもない事実です。

リチャード・レーン氏の患者であるパトリック・ダスト氏は、かつて、アルコール中毒の父から虐待を受けていました。彼はその様子をこう話しています。「ある夜、父が家にやってきて、母と激しく口論をしていました。父が『お前たちみんな撃ち殺してやる』と言うので、警察を呼ぶために隣の家まで逃げたこともありました」。それからパトリック氏は、自らの感情を理解することができなくなったといいます。また彼は、いつからか、線維筋痛症(全身に激しい痛みの生じる病気)や摂食障害に悩まされるようになったといいます。

それでも彼は、両親への強い怒りを抱きつづけていました。レーン氏の治療を受けたことをきっかけに、パトリック氏は自ら自分の過去を振り返り、無意識のうちにしまっていた感情をひもとくことができたのです。そこでパトリック氏は、自分の意識したこともなかった『恐るべき怒り』に気付いたのです。それ以降、彼の身体的な症状も軽減されていったといいます。

自分の感情を意識することが発散につながる。

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またカレブ氏も、現在、認知行動療法士のもとを訪ねることで、自らの『身体的な感情』と、他者の感じるらしい『感情』を同じものとして捉えるための試みをつづけています。それは、彼が妻の気持ちを考えたり、妻の行動の理由を推測するのに役立っているようです。

カレブ氏は、夫婦生活ではアレキシサイミアにも長所と短所があることを強調しています。たとえば、彼とその妻では『愛』などの概念がひとつひとつ異なるため、パートナーの深い理解が欠かせないこと。一方で、カレブ氏には気まぐれがないため、感情に流されることがなく、それゆえ『感情』が夫婦関係に影響を及ぼすこともないといいます。

子供が夜中じゅう泣いても夫婦関係には影響しない、らしい。

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カレブ氏は、これまで結婚式や子供の誕生の折ですら感情をたかぶらせることなく、かわりに人生の長い時間を、自分の内面でなにが起きているのかを感じ、理解することに努めてきました。同時に、周囲の人物を『どのように感じるか』ということも、彼にとっては大きな課題だったのです。

もっとも、アレキシサイミアの誰もが、カレブ氏のように忍耐強く、ある決意をもって暮らしているわけではありません。それでも彼は、感情を自覚し表現できないことが、不親切や利己心をもたらすものではないことを訴えています。「信じられないかもしれないが、私たちを人間たらしめているものから、想像力や感情を切り離すことはできる。それは冷酷でも精神疾患でもない」

感情を自覚できないかわりに、時として彼らは、とても分析的に日々を過ごすことになります。逆にいえば、それは『感情を持つもの』にはできないことだといってよいでしょう。ある人が感情をむき出しにしたとき、対する者も感情をむき出しにしてしまう……。日頃からよく見る光景ですが、そういった機会をもたないという意味では非常に穏健なタイプの『性格』だといえるはずです。

信じられないくらい冷静さを欠くこともある。

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自身の感情には敏感な一方で、他人の感情にはまったくもって無頓着……。世の中には、そんな人間も少なからずいるといいます(出会ったことのある人も多いでしょう)。ですから、感情をうまく自覚できない人と出会っても、最初こそ面食らうかもしれませんが、ことさら珍しがる必要もないでしょう。相手がどんな人物であれ、肝心なのは、どのように付き合うか、ということです。ともすれば私たちは、そのとき、当たり前すぎて見過ごしていた『感情』のありようを、自覚し直すことすらあるかもしれません。

REFERENCE:

What is it like to have never felt an emotion?

What is it like to have never felt an emotion?

http://www.bbc.com/future/story/20150818-what-is-it-like-to-have-never-felt-an-emotion

アレキシサイミア(失感情症)とは?

http://seseragi-mentalclinic.com/alexithymia/

失感情症(アレキサイミア) | e-ヘルスネット 情報提供

http://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/heart/k-04-006.html

心身症 | 豊中市 千里中央駅直結の心療内科 精神科 – 杉浦こころのクリニック

http://sugiura-kokoro.com/treat/syoujyou30.html