私たちの多くは、おおよそ言葉によって、他者とのかかわりを持っています。自分の気持ちや考えを、誤解のないように、きちんと伝えられるように口を開く。その緊張感は、誰しも身に覚えがあるはずです。

もっとも私たちは、いつもそんな緊張感をもって言葉を話すわけではありません。ところが思わぬ誤解やトラブルは、そんな『無意識の』言葉からこそ生まれてくるものかもしれません。たとえば、こんな言葉があります。

Where are you from?

ひとまず「ご出身はどちらですか?」と訳しましょう。あくまで話題のひとつとして、口をついて出る言葉のひとつです。学校の教室でおこなわれる自己紹介、合コンのある局面、職場の昼休み……。あらゆる場面であらゆる人に、その言葉は投げかけられることでしょう。もっとも、その多くは他意のないものです。しかし、その他意のなさがトラブルを生むとしたらどうでしょうか?

「未だにこんなの持ち歩いてるんすか?」

まさか地雷だとは思わなかった。

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マイノリティの“from”

「ご出身はどちらですか?」という質問には、すでに言葉の上にはあらわれていない『意味』が含まれている……。問題は、尋ねた側がその『意味』を意図していたかどうかではありません。むしろ、そのような『意味』が含まれていると感じられることがある、ということでしょう。

ここで、その『意味』をなにかひとつに限定することはあえて避けるとしましょう。しかし、たとえば海外からの移住者など、その国のマイノリティにとっては、「ご出身はどちらですか?」という質問は、すなわち彼らの民族的背景を尋ねるものともなりえます。ともすれば彼らは、その質問にある『好奇心』すら感じ取ることもあるでしょう。

日本にも移民や2世・3世などは少なくない。

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たとえ他意がなかったとしても、相手を深く傷つけるかもしれない……。本当に質問の理由がなかった場合はまだしも、肌の色や言葉の訛りをきっかけとして、そんな質問をすることはもってのほかでしょう。“The Making of Asian America”を著したエリカ・リー氏は、そのなかで、アメリカにおけるアジア人は「最悪の場合『永遠の外国人』で、良くて『仮のアメリカ人』だ」と記しています。

もちろん、ここで『アメリカ』と『アジア人』という言葉は、それぞれ様々な言葉に置き換えることができます。日本人でありつつ、ルーツをペルーに持つ、劇作家・演出家の神里雄大氏は「どこにいてもゲストというか、片足が外に出ている感覚がある」と述べています。神里氏の場合、父方の祖父母はペルーの日系人でありながら、ふたりのルーツは沖縄にありました。母親は北海道出身で、神里氏本人もペルーに生まれ神奈川県川崎市に育っています。

神里雄大氏

「プロフィールを見た人から『ハーフ?』って聞かれると、今でも『あなたは僕の血を確認して何がしたいんですか?』って思ってしまう」

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サードカルチャーキッズ

神里氏のようなルーツの持ち主にとっては、“Where are you from?”という質問は、きわめて複雑なものとなるでしょう。また、『サードカルチャーキッズ』と呼ばれる、両親の国の文化とは異なる文化圏で育った子供たちにも、その質問は単純なものには聞こえません。

たとえば、紀行作家のピコ・アイヤー氏は、インド人の両親のもとイングランドに生まれました。世界各地で執筆活動を行いつつ、1992年からは日本で暮らしています。彼はTEDでのスピーチで、“Where are you from?”という質問について、このように話しています。

「どこの出身ですか」と尋ねながら、人々は、私が「インド」と答えると予想しています。その通り、祖先や血筋ということなら、私はインド人です。しかし1度もインドに住んだことはありませんし、単語ひとつ話せません。ですから、インド人だという資格はないと思います。質問が「どこで生まれ育って教育を受けたのか」ということなら、私の出身はイングランドです。(中略)また「どこで税金を払い、病院にかかるのか」という意味なら、私はアメリカ人です。子供のころから48年にもなりますが、しかし長年、定住外国人であることを示すカードを携帯しなければなりませんでした。(中略)もし、質問が「心の最も深いところにあり、多くの時間を過ごしたい場所はどこか」ということなら、私は日本人です。できるだけ多くの時間を日本で過ごしてきました。しかし私はいつも観光ビザで入国しますし、多くの日本人は、私を同じ日本人だとは思いたがらないでしょう。(スピーチ一部要旨)

そもそも“Where are you from?”という質問は、どのように解釈するかにかかわらず、そう尋ねた時点で、すでに相手が『他者』であることを前提としているものです。やや意地悪に捉えれば、「あなたがいかに『他者』であるかを説明してください」というメッセージにもなるでしょう。しかし逆にいえば、そのメッセージがいたって普通に機能する状況も存在します。

観光地の“from”

たとえば、観光地に足を運んだ際に、旅館の女将さんなどから「どこから来られたのですか?」という質問をされることがあるでしょう。もちろん、この質問の場合、そこに個人の出自や民族的背景がかかわってくることはありません。しかし、共通しているのは『他者』であることが前提になっていることです。観光客としてどこかに足を運ぶとき、私たちはすすんで『他者』になっています。

「どこから来られたのですか?」

もっともこの場合は“Where are you from?”ではなく“Where did you come?”か。

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観光地において、観光客が『他者』であることは当然であり、それを確認することは概ね問題にはならないでしょう。むしろ、ここで現れてくるのは、むしろ『他者』がその場所のマナーを無自覚に破ってしまう、そこの人物を傷つけてしまう可能性です。そのときに起きるのは、ここまで述べてきた“Where are you from?”の『暴力』と同じものだといってもいいでしょう。

さまざまなルーツを持つのは、人間に限ったことではありません。たとえ強く意識されていなかったとしても、土地にはあらゆる歴史が刻まれていて、そこに暮らしている者はそうした歴史を抱えているのです。なかには、差別などの問題が未だ残っているところもあるでしょう。良かれと思ってした発言で、そこの人々を傷つけることもないとはいえません。

MARIA氏(ヒップホップユニット・SIMI LAB)

アメリカ人の父親と日本人の母親をもつ。「『目が大きいね』とか言われるけど、それってポジティブな差別だと思う。言った側は褒めているつもりでも、こっちは毎度のことで面倒くさい」

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もっとも、「そんなこと言われたら何も言えなくなってしまう」というのも正しいでしょう。しかし、そこで立ち止まり、より具体的な質問に変えてみることも必要かもしれません。たとえば、どうしても出身を聞きたいとき「出身はどちらですか?」ではなく「どちらで生まれたんですか」「どこで育ったんですか」「以前はどこに住んでいたんですか」などと言い換えること。もっとも、見た目のほとんど変わらない日本人同士では難しそうですが……。

重要なのは、話し相手や土地に流れている歴史や背景など、すなわち『他者』のコンテクストを無視しないということでしょう。これは、人の気持ちを想像する、といったこととは別問題です。なぜならそれは、たとえば目の前にいる人、立っている土地といった『他者』のうしろ側に、自分には到底あずかり知らないものが大きく開けている可能性について慮ることだからです。

もちろんそれはたいへん難しいことで、とても完璧にとはいかないでしょう。またそのとき、やはり私たちは、ある緊張感のもとで言葉を発することになるはずです。しかし、そのように考えてみるならば、真に『他者』と切り結ぶコミュニケーションというものは、ともすれば、それほどまでに緊張感を要するものなのかもしれません。

REFERENCE:

What You’re Really Asking When You Ask ‘Where Are You From?’

What You’re Really Asking When You Ask ‘Where Are You From?’

http://www.citylab.com/navigator/2015/10/what-youre-really-asking-when-you-ask-where-are-you-from/411688/

SIMI LAB×岡崎藝術座 今の日本で表現することのジレンマ

http://www.cinra.net/interview/201503-okazakiarttheatre

Pico Iyer: Where is home? | TED Talk | TED.com

http://www.ted.com/talks/pico_iyer_where_is_home/

1月6日放送 | これまでの放送 | スーパープレゼンテーション|Eテレ NHKオンライン

http://www.nhk.or.jp/superpresentation/backnumber/140106.html

世界を移動する生活にさようなら サードカルチャーキッドの本国帰国

http://www.blog.crn.or.jp/report/09/86.html