1981年の登場以来、世界で絶大な人気を誇っているマリオ。その活躍の初期、彼はなぜ左から現れ、右へ向かって移動をつづけていたのでしょうか……。いろんな人が答えを出そうとしてきたこの問いかけに、新たな説が登場しました。

ランカスター大学で行われた研究によると、なんとそれは私たちの脳が持つ『好み』と関係があったようです。せっかくなので、この疑問について改めてじっくり考えてみました。

ご存知ヒーローキャラクター。

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PRIMA

ゲームの歴史から

新たな説について考えてみる前に、「マリオはなぜ左から右へ移動するのか」という問いについて、簡単にゲームの歴史を紐解いてみましょう。

左から右へ移動するのは、マリオに限ったことではありません。横スクロール型シューティングゲームでは、アーケードゲーム時代から、自機は左から右へと進んでいきます。かつてその事を尋ねられたカプコンの開発部社員は、「自機と自機をコントロールするレバーとの距離的一体感操作的自然感によるところが大きい」ためだと答えています。

プレイヤーの多くが右利きにも関わらず操作レバーが左側だった理由は「身体の中心に向けて腕を動かすほうが楽だから」など諸説ある。

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何とか庵

つまり、アーケードゲームでは自機の操作レバーが左側にあったため、プレイヤーの体感を考えて自機は画面の左側に配置された、というわけです。また、任天堂の携帯ゲーム機「ゲーム&ウオッチ」はアーケードゲームのレバー配置を採用し、十字キーを本体の左側に配置しています。アーケードゲームで考えられていた操作感が携帯ゲーム機に引き継がれたことで、マリオは「左から右」へ走るようになった……なんだか説得力があります。

ゲーム&ウオッチ・マルチスクリーン

基本的なレイアウトは現在に至るまで変わっていない。

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画面上のx座標は右に行くほど増え、y座標は下に行くほど増える。開発上、数値のプラスで前進する方が自然だったから、という説もある。

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旧・teruyastarはかく語りき

動くものは左から右

しかし、ランカスター大学のピーター・ウォーカー教授が提唱した「マリオが左から右へ移動する理由」は、こうしたものとはまるで異なります。心理学を専門とするピーター教授は、私たちの脳が潜在的に持っている『好み』をその根拠にしたのです。彼は、「動いている人や物」が被写体となった絵や写真を数千枚規模で分析していました。

ピーター教授は、「動いている人や物」が被写体となった静止画の多くには2つの特徴がみられると述べています。ひとつは被写体が動きの速度に応じて傾いていること、もうひとつは被写体が左から右へ向かっていることだというのです。

一方、止まっている人や物が映った静止画にはこういった特徴はほとんどみられないようです。被写体は傾いておらず、左を向いていることも多いといいます。

レーシングカー

傾いており、左から右へ向かっている。

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つまり、スーパーマリオなど横スクロール型アクションゲームのキャラクターが「左から右」へ動いているのは、こうした傾向のひとつだというのです。また私たちも、被写体が動いているかどうかを判断するとき、静止画の特徴を無意識に確認しているということなのでしょう。

そもそも静止画なのか?

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書物と視線

脳が「左から右」の動きを好むのは静止画だけではありません。たとえば文字で動きや速度を表したいとき、しばしばイタリック体が用いられます。日本語書体にはイタリック体が存在しないので、斜体をイメージするとわかりやすいでしょう。

また、ピーター教授はヘブライ語のイタリック体に注目しました。ヘブライ語を読む際、読み手の視線は「右から左」に動いているにも関わらず、イタリック体は「左から右」に傾いているのです。こうした事実も、私たちの脳が「左から右」を好むことの根拠だといいます。

アルファベットのイタリック体

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FONT

ヘブライ文字のイタリック体

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FFONTS

日本のマンガの場合

しかし、ピーター教授の指摘した静止画やイタリック体と、たとえば日本のストーリーマンガには大きな差があります。それは読み手の視線の動きです。

日本語において読み手の視線は、縦書きの文章であれば「上から下」へ、ページの中では「右から左」へと移動します。日本では多くのマンガが、小説などと同じ右綴じ(ページを右へ開いていく)で出版されています。つまりマンガの読み手は、縦書きで記された本を読むときとほぼ同じように視線を動かしているのです。

こんな感じで「右から左」へ読み進める。

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こういった特性上、私たちがマンガを読むときには視線の力が働いています。たとえば、読み手の視線は右から左へ移動するため、コマの中に右から左へ走っていく人がいたとき、人物には加速の効果が働きます。しかし人物が左から右へ走っていくと、読み手の視線の流れに逆行するため、その効果はほとんど得られないというわけです。

漫画『ネギま!』

動いている人が右から左へ向かうのも、マンガというメディアゆえの特徴かもしれない。

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ネギま!で遊ぶ

マンガは確かに静止画ですが、読み手の視線によって、その絵は半ば運動している状態にあるといえるでしょう。マリオをはじめとした横スクロール型アクションゲームは、いわゆる静止画よりはこちらに近いのかもしれません。

動画への視線

もちろん、これと同じ現象は動画でも起きています。マンガで読み手の視線が動くのとは異なり、動画ではカメラが動くためです。たとえば映画のスタッフロールを考えてみましょう。

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映画のスタッフロールで一般的なのは、文字から画面の下から出てきて、そのまま消えていくものです。背景は真っ黒であることが多いですが、なかには映像が流れている場合もあります。もしもこのとき、映像が上から下へ、もしくは下から上へ動くと、スタッフロールの流れる速度が変わったかのような錯覚が起こります。

では、一方でニコニコ動画を見てみましょう。ニコニコ動画の場合、画面に現れる字幕は右から左へ流れていきます。字幕は横書きなので、見ている者の視線は左から右へと動きます。つまり、ここでは視線が字幕を迎えるような形になっており、見ている者が字幕を視認しやすい状態にあります。

マリオをはじめとした横スクロール型アクションゲームの場合、キャラクターを追う視線は左から右へと動くものです。一方で敵キャラは画面の右から現れており、プレイヤーは目標を視認しやすくなっています。十字キーが左側にあり、プレイヤーが体感的に操作しやすいことも含めて、「左から右」へ動くのは遊びやすさからいって理にかなっていたのでした。

左右の意味

しかし、いくらゲームだからといって、本当にプレイヤー本位を理由にしてマリオは左から右へ動いていたのか……。翻って考えると、そもそも舞台空間における「右」や「左」には意味が込められていました。

劇場で、客席から舞台を見たとき、右側を上手(かみて)、左側を下手(しもて)と呼びます。

横浜能楽堂。下手に伸びているのが「橋掛かり」。

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お散歩日和

歌舞伎座。下手側に花道がある。

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たとえば伝統芸能である能や歌舞伎では、役者はみな下手から舞台に登場し、また下手から退場すると決まっています。歌舞伎の舞台では、屋敷などの舞台美術が組まれる場合、玄関や門といった出入口は下手側に用意されます。これは、身分の高い役は舞台上手に、低い役は下手に位置するという約束事があるゆえともいわれています。今でも吉本新喜劇などで多くの登場人物が下手から登場するのは、この流れを汲んだものであるといえるでしょう。

アニメーション監督の富野由悠季氏は、この考え方を映像に持ち込んでいます。著書『映像の原則』で、彼は「上手である右手が上位。その逆が下位」として、「力の強い者は上手に配置して表現する」と述べています。富野氏はその他にも、上手や下手、キャラクターの向きに様々な意味を込めて演出を行っているのです。

富野氏の考える上手と下手のイメージ

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HIGHLAND VIEW 【ハイランドビュー】

スーパーマリオの「上手と下手」

これを踏まえて、再びはじめの疑問に戻ってみましょう。手がかりにするのは、あまり言及されることのない、スーパーマリオの『物語』です。

そのストーリーには複数のバージョンがあるものの、最もよく知られているのは「さらわれたピーチ姫を助けるべく、配管工(大工)のマリオが大魔王クッパに挑む」というものでしょう。

では、なぜマリオは左から右へ進みつづけているのか? それは下手から上手へ進みつづける画面構造に、身分の高い職業にないマリオが、上手の果てにいる大魔王クッパを目指す挑戦の物語が表象されているから……というと、少し考えすぎでしょうか。

シリーズとともに転職を重ねるマリオ、今では総資産10億ドルとして実際に雑誌に取り上げられてしまった。だから左から現れなくなったのか……。

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マリオは左から現れて右を目指しつづけていた、それはあまりにも当たり前のことでした。しかしこうして見ると、その認識は、本当は様々な歴史と情報に裏打ちされたものだったのかもしれません。無意識に多くの情報を受け取って、私たちは「当たり前」を認識している……。もしそうだとすれば、たとえば横スクロールの画面や、「動いている人や物」を被写体とした静止画を見たとき、私たちはとんでもない量の情報を読み込んでいることになります。

では私たちは、なぜ「左から右」だと「動いている」と思ってしまうのでしょうか? その潜在的な『好み』の裏側には、まだまだ自分の知らない情報が自分の中には眠っているのかもしれません。

REFERENCE:

Why Super Mario runs from left to right

Why Super Mario runs from left to right

http://www.lancaster.ac.uk/news/articles/2015/why-super-mario-runs-from-left-to-right/

Super Mario Runs Left to Right Because Our Brains Say So

http://gizmodo.com/super-mario-runs-left-to-right-because-our-brains-say-s-1691562331

横スクロールSTGが左から右へスクロールする理由

http://nesgbgg.seesaa.net/article/150260347.html

【ファミコンはこうして生まれた】 第5回:試行錯誤のなかから十字ボタンを見いだす

http://techon.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20081106/160879/?P=5

ネギま!で読む「ネームの文法」前編~コマの中を流れる力~

http://t3303.ifdef.jp/negima_log06.html

フレームのカミシモ 別役実の演劇教室 舞台を遊ぶ

http://pointbreak.blog66.fc2.com/blog-entry-4.html

落ちるアクシズ、右から見るか?左から見るか?<『逆襲のシャア』にみる『映像の原則』>

http://highlandview.blog17.fc2.com/blog-entry-200.html

アニメにおける視覚印象について、右側と左側(つーか富野監督の話)

http://d.hatena.ne.jp/tokigawa/20090423/p1

舞台・演劇用語 – 上手・下手

http://www.moon-light.ne.jp/termi-nology/meaning/kamite-shimote.htm

ゲームの右と左 マリオはなぜ右を向いているのか

http://lastline.hatenablog.com/entry/20080329/1206781018