『モナ・リザ』、『最後の晩餐』。イタリアのルネサンス期を代表する芸術家、レオナルド・ダ・ヴィンチの代表作である。もっとも彼は、けして絵画だけを描きつづけていたわけではない。その才能は彫刻・音楽・科学・工学・解剖学などあらゆる分野にまたがり、『万能人』なる異名すら取っていたといわれている。

今回はその経歴のうち、とくに『技術者』、そして『発明家』としての顔に注目してみたい。

Designs created by the 16th century artist and engineer reveal his attempts to create dozens of innovations including flying machines, diving equipment and weapons of war.

『技術者』ダ・ヴィンチの回顧展

来る2016年2月10日より、ロンドン・サイエンスミュージアムにて、ダ・ヴィンチの『発明家』としての側面に注目した回顧展「レオナルド・ダ・ヴィンチ:天才の機械学」が開催される。この展示では、かつて彼が手がけた飛行機や潜水服、兵器などの図面や模型、また後年に作成された再現モデルなどが展示される予定だ。

展示の企画・ディレクションを担当した、サイエンスミュージアムのイアン・ブラッチフォード氏はこのように述べている。「ダ・ヴィンチは歴史上もっとも偉大な、独立した思想家のひとりだ。彼の『世界を想像する意志』は数世紀にわたって人々を惹きつけてきたし、おそらく今後もそうでありつづけるだろう。今回の展示が、その革新的かつ熟練した手つきへの理解や再発見につながることを願っている」

ダ・ヴィンチ本人による設計図やイラストの拡大展示。かつてないほど細かいところまで確認できるという。

飛行船

16世紀にダ・ヴィンチが設計したものの模型。

装甲車

第一次世界大戦で使われる遥か以前、ダ・ヴィンチも同じものを構想していた。

画家としての作品も多数展示

ダ・ヴィンチは飛行機の開発のため、鳥の姿かたちを学ぶなど自然のものを参考にしたという。

ダ・ヴィンチは解剖学にも詳しく、人間や動物、昆虫などの解剖図も多数描いている。

スクリュー

早くからヘリコプターの開発に取り組んでおり、その部品として設計された。

こちらはパラシュートの模型。

この展覧会では、ダ・ヴィンチの発明した機械など40点の模型や、絵画・スケッチ・設計図の巨大レプリカを展示するほか、インスタレーション作品やインタラクティブ・デバイスを使用した展示も行われる予定だ。ブラッチフォード氏いわく『ダ・ヴィンチという芸術家が現代に与えた影響を示す』構成になっているという。

しかし、なぜ芸術家ダ・ヴィンチは類まれなる絵画の才能を持ちながら、このように機械の開発や兵器の生産にまで従事することとなったのだろうか? その背景には、当時のイタリアの情勢や彼を取りまく人々の思惑があったようだ。

戦争と芸術家

1466年、わずか14歳のダ・ヴィンチは芸術家ヴェロッキオに弟子入りすると、彼の工房でその頭角をめきめきと現した。当時からダ・ヴィンチは、絵画や彫刻だけでなく化学・工学などにも明るかったという。ダ・ヴィンチに単独での絵画制作の依頼がやってくるのは1478年で、同年に彼はヴェロッキオとの共同制作も中止している。

早くからダ・ヴィンチの才能は注目を集めており、それゆえ彼はある種『利用』されたところもあった。当時のフィレンツェとミラノは抗争状態にあり、フィレンツェを支配していたメディチ氏はダ・ヴィンチをミラノへ送り込み平和条約を結ばせようと考えたのだ。ミラノ公ルドヴィーコ・スフォルツァ宛ての書簡には、ダ・ヴィンチ自ら業績と能力をアピールする言葉があったという。

ルドヴィーコ・スフォルツァ

ダ・ヴィンチは彼への手紙で、自身が兵器を造る技術を持っていることにも言及している。

image by

Discovery News

1482年より、ダ・ヴィンチはミラノ公国に活動の拠点を移すと、ミラノ公から命じられて山車や建造物、初代ミラノ公の騎馬像の設計などに取り組んでいる。騎馬像の原型である粘土像は1492年に完成しているが、1494年にイタリア戦争が勃発。フランスの侵攻に対抗するため、騎馬像の原料であったブロンズは大砲の材料に流用されてしまう。さらに1499年、第二次イタリア戦争の折には、馬の粘土像がフランス軍によって破壊されるのだった。

ミラノ公国がフランスに敗れると、ダ・ヴィンチは友人らとヴェネツィアに避難し、そこで軍事技術者として雇われている。また1502年には、ローマ教皇の息子である軍人チェーザレ・ボルジアとともにイタリアを行脚したのち、都市イーモラに要塞を開発すべく地図の制作にあたっている。当時のダ・ヴィンチの手稿には、発明に関するさまざまなアイデアが書きとめられていたようだ。

『最後の晩餐』

ミラノ公国滞在中の作品。その完成直後、彼は戦争に巻き込まれていくことになる。

image by

WIKIMEDIA COMMONS

国が戦争に突き進むなか、ダ・ヴィンチはその才能を買われるかたちで機械や兵器の開発に関与し、いわば戦争に加担することになる。しかし彼はもとより、生涯にわたって『空を飛ぶことを夢見ていた』というのだ。大文字の『戦争』とはまったく違う動機のもとで、彼はその仕事に取り組んでいたのかもしれない。

日本の芸術家と戦争

今年2015年、日本では第二次世界大戦中に戦争記録画(戦争画)を多く描いた画家・藤田嗣治が大きく注目された。戦前よりフランス・パリで活動していた藤田は、日本への帰国後、陸軍報道部からの要請を受けて戦争画の制作に取り組んでいる。しかし敗戦後、彼は戦争に協力したとして激しい批判を受けると、パリに移住して二度と日本には戻らなかった。

日本には70年前、戦争に加担したとされる芸術家たちがいた。しかし500年以上前、イタリアではほとんど同じような状況がすでに起きていたのである。

映画『風立ちぬ』(2013)

類似例。航空技術者・堀越二郎をモデルとした作品だが、劇中で主人公は純粋に美しい飛行機を目指しながら、かの『零戦』を作り上げることになる。

image by

© 2013 二馬力・GNDHDDTK

本記事で紹介した「レオナルド・ダ・ヴィンチ:天才の機械学」展は、残念ながら今のところ来日展示は予定されていないようだ。しかし、その作品の数々を日本で見る機会がまったくないわけではないだろう。また、当時のダ・ヴィンチの精神を想像するだけなら、その材料は意外と近いところに転がっているかもしれない。

REFERENCE:

From Mona Lisa to war machines: Leonardo da Vinci’s skill as an inventor is revealed in stunning new exhibition showcasing designs that were well ahead of his time

From Mona Lisa to war machines: Leonardo da Vinci’s skill as an inventor is revealed in stunning new exhibition showcasing designs that were well ahead of his time

http://www.dailymail.co.uk/sciencetech/article-3369157/From-Mona-Lisa-war-machines-Leonardo-da-Vinci-s-skill-inventor-revealed-stunning-new-exhibition-showcasing-futuristic-designs.html

Leonardo da Vinci: The Mechanics of Genius

http://www.sciencemuseum.org.uk/visitmuseum/plan_your_visit/exhibitions/leonardo.aspx

レオナルド・ダ・ヴィンチ – Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/レオナルド・ダ・ヴィンチ

イタリア戦争 – Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/イタリア戦争

イタリア戦争

http://www.y-history.net/appendix/wh0904-001.html

藤田嗣治 – Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/藤田嗣治