たとえばよく晴れた日、外を歩いているとつい機嫌が良くなってきて、思わず口笛を吹いてしまう。そんな光景は、もはやマンガでもなかなか見ないような気がします。そういえば口笛なんて全然吹いてない、うまく吹けるかどうか自信がない……何を隠そう、記者もそのひとりです。

しかし、それも仕方のないことかもしれません。口笛を聞いたり吹いたりすることが、今では日常的な行為ではなくなってしまいました。

消えた『口笛』

かつて口笛は、いつでもどこでも、誰にでも奏でられる音楽として、路上や仕事場で普通に聞かれるものでした。1970〜80年代には、ジョン・レノンやサイモン&ガーファンクルといったアーティストも、自身の楽曲に口笛を取り入れています。

しかし、シラキュース大学の文化史学者であるクリス・クック氏は「口笛はこの数十年で消えてしまった」と述べています。イギリスでの世論調査では、回答者の70〜80%が「20〜30年前に比べて、口笛を吹いている人を見なくなった」と答えました。その原因については、回答者の半分が『労働者階級の仕事が減った』ことだと述べ、また3分の1は『音楽プレイヤーの登場』だと推測したようです。

かつて『口笛の歴史』を著したジョン・ルーカス氏は、口笛について「炭鉱夫が採掘場へ向かう途中や、労働者が工場の行き帰りに吹くのが一般的なものだった」と述べています。仕事へ向かうバスの中では、時に口笛の合奏が起きることすらあったといいます。

『蒸気船ウィリー』(1928)

ミッキーも船を操縦しながら口笛を吹く。

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しかし、時代は変化しました。たとえば日本では、農業・林業・水産業といった第1次産業への就業者が、1970年には就業者全体の約20%を占めていたのに対し、2005年には約5%まで減少しています。鉱業・建設業・製造業といった第2次産業では、1970年代の約34%から、2005年には約26%に減少しました。ジョン氏のいうところの『口笛を吹いてきた職業』への従事者は、時代とともにその数を減らしてきたのです。

その一方で増加の一途をたどってきたのは、その他の職業にあたる第3次産業の従事者でした。そのなかでは頭脳労働や事務労働も含め、仕事や働き方がきわめて多様化しています。職場環境や仕事内容はもちろん、求められるマナーやモラルも多岐に渡っているのです。口笛が許されない仕事が圧倒的に多いことは、もはやいうまでもないでしょう。

口笛を吹けない職業

たとえば接客業もそう。

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東急百貨店サービス

また実際に、社会にはモラルの面から口笛を規制する動きも存在します。たとえば『狼の口笛』(Wolf-whistle)と呼ばれる、通りがかった女性に男たちが口笛を吹く行為は、セクハラにあたるとして問題になっているのです。

たとえば2011年には、イギリスの建設作業員の男性2人が、女性に『狼の口笛』を吹いたとして、女性の夫から訴えられ、その後建設会社から解雇されています。その一方で、建設業の男性を対象とした調査では、回答者の4分の3が『狼の口笛』を「不適切」と答えたということです。時代とともに、口笛をめぐる価値観も変わったことがわかります。

狼の口笛(Wolf-whistle)

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音楽と寛容

一方、時代の変化とともに、私たちと音楽の関係も少しずつ変わってきました。

イギリスでの世論調査では、回答者の3分の1が、口笛が衰退した理由を『音楽プレイヤーの登場』と述べています。好きな音楽を自在に持ち運び、時間や場所を選ばず聴くことができるようになったことで、もはや自分で口笛を吹く必要はなくなってしまったのかもしれません。

しかし外で音楽を聴くときは、私たちは通常イヤホンやヘッドホンを使い、自分だけに音が聞こえるようにしています。『口笛』が音楽を自分の外部に発散するのに対して、イヤホンやヘッドホンは音楽を自分の内側に閉じ込めるものです。

音楽聴いて集中

気を紛らわせる、とは真逆。

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それでも、イヤホンからの音漏れすらトラブルにつながることも少なくない今日このごろ、口笛がその原因にならないわけがありません。たとえば2013年、イギリス・レスターシャー州で牛乳配達をしているケビン・ギフォード氏は、配達ルートの住民から「口笛がうるさい」という苦情を受けています。こうしたことも、社会から口笛が失われたひとつの一因だといえるでしょう。

また技術の進歩は、音楽を聴く機会を大きく広げると同時に、私たちの手元にさまざまな娯楽や刺激をもたらしました。たとえば暇をつぶしたい時、気を紛らわせたい時、私たちが口笛を吹く必要はありません。

あー、退屈。

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労働の状況、口笛に対する価値観、音楽の受容のしかたが変わり、そもそも口笛以外にも選択肢が圧倒的に増えた。長い歴史のなかで、ある意味『口笛』はその役割を終えたといえるのかもしれません。しかし、『口笛』というひとつの文化がこの時代で失われてしまうのも淋しいものがあります。

かつて口笛は、いつでもどこでも、誰にでも奏でられる音楽として親しまれてきました。いまや『いつでもどこでも』とはいきませんが、それでも『誰でも気軽に奏でられる』ことには間違いありません。もし気が向いたら、今夜シャワーを浴びながらでも、少しだけその響きを楽しんでみるのはいかがでしょうか。もっとも、うまく吹けずに悔しい思いをするかもしれませんが……。

REFERENCE:

Don’t whistle while you work: Rise of mobile phones and slump in working class jobs means whistling is on its way out

Don’t whistle while you work: Rise of mobile phones and slump in working class jobs means whistling is on its way out

http://www.dailymail.co.uk/news/article-3035845/Don-t-whistle-work-Rise-mobile-phones-slump-working-class-jobs-means-whistling-way-out.html

【ホワイトカラー】

http://www.exenwhite.com/color/white.html

Wolf-whistling – Wikipedia

http://en.wikipedia.org/wiki/Wolf-whistling

8/3 美人が通ったら「ピュー」と口笛…が過去の話になったワケ

http://www.japanjournals.com/uk-today/2975-wolf-whistle.html

統計局ホームページ/産業(3部門)別就業者数の推移(1950年~2005年)産業(3部門)別就業者の割合の推移(1950年~2005年)

http://www.stat.go.jp/data/kokusei/2010/kouhou/useful/u18.htm