ディズニー映画の原作として使われたことで有名な『美女と野獣』などの童話の起源が4000年、物によってはさらにそれより以前から存在していた可能性があるという研究報告が英王立協会の科学誌オープン・サイエンスで発表された。

Fairy tales like Beauty and the Beast can be traced back thousands of years, according to researchers at universities in Durham and Lisbon.

美女と野獣の起源が4000年前というのは、一体どういうことだろう。wikipediaを参照すると美女と野獣は『1740年にG・ド・ヴィルヌーヴ(ヴィルヌーヴ夫人、Gabrielle-Suzanne de Villeneuve)によって最初に書かれた』とされている。この記述を信じるのならば美女と野獣は約300年前の作品ということになる。300年前ではなく400年前に作られた作品だった、というのならばまだわからないでもないが、4000年前は少し古すぎる。

それに、起源があるということはヴィルヌーヴ夫人の書いた美女と野獣は盗作だったのだろうか。盗作にしても4000年も前の作品をどうやって盗作したのだろう。疑問は尽きない。

好き勝手に仮説を考えていいのだとしたら『ヴィルヌーヴ夫人は実は不老不死で美女と野獣は実際に彼女が体験した話を基にしている』や『ヴィルヌーヴ夫人が森の中で出会った傷付いた獣を治療すると謎の遺跡に案内され、そこに置いてあった石版の内容を本にしたところ売れに売れた(遺跡の中には石版の他に棺が納められており、中には女性と思われる骨と、人とも獣ともつかない生き物の骨が手を繋いだ形で眠っていた……)』などを推したいところだがそういう話は別のところに投稿でもするとしてさっさと本題に入ろうと思う。

昔話の百科事典

順を追って美女と野獣の起源を探っていこう。

アールネ・トンプソンのタイプ・インデックス(AT分類)というものがある。これは世界各地に伝わる昔話を集めてそれらを『死後、神の裁きにあう』などの大まかなストーリーの枠組みごとにまとめた、という昔話の骨組み大辞典のようなものである。

たとえば『シンデレラ』はAT分類では510a番(全部で2499番まである)にあたり『本格昔話 (300-1199)』内の『魔法の話(300-749)』内の『超自然的な援助者 (500-559)』内の『Cinderella and Cap o’ Rushes』に分類される。

大まかな枠組みは、

虐待されている娘が不思議な力による援助を得て、彼女の本来持っている価値が見出され社会的地位の高い場所に就くことになる話

となっている。身も蓋もない書き方だがたしかにシンデレラはそんな話だ。

類似した物語から『元ネタ』をたどる

と、このように非常に大まかではあるがAT分類には数多くの物語の枠組みが存在し、世界各地の物語がその枠組みに収められている。似たような物語というものはそうそうポンポンとあちこちで生まれるようなものではない。自分のアイディアだと思ったものでも、無意識のうちに誰かのアイディアを借用しているというのはよくある話だ。だとすれば美女と野獣のAT分類を辿ってその中にある最も古い作品を見つければ美女と野獣の起源がわかるのではないだろうか。

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美女と野獣のAT分類の番号は425cにあたる。本格昔話で魔法の話で『超自然的なまたは魔法をかけられた配偶者またはその他の近親者 (400-459)』内『いなくなった夫の捜索(425)』内の『Beauty and the Beast』に分類される。大まかな枠組みは、

父が不思議な屋敷で一夜を過ごし一本のバラを取り、娘と獣が結婚することを約束させられる(あるいは娘が自発的に行く)。約束の期限を超えて実家に滞在するという禁忌を犯す。娘は夫(獣)が死にかけているのを見つける。愛によって獣の魔法が解ける(課題を課されたり夫の捜索をおこなうことはない)

となっている。身も蓋もない書き方だがたしかに美女と野獣はそんな話だ。

他にAT分類425cに入る作品は

The Beast (フランス)
The Bear Prince (スイス)
The Enchanted Tsarevich (ロシア)
Zelinda and the Monster (イタリア)
The Singing Rose (オーストリア)
Beauty and the Horse (デンマーク)
The Summer and Winter Garden (ドイツ)

などが挙げられる。では、この425cに分類された作品の一番古い作品は、というとどれが一番古いのかはよくわからない。というのも、たとえばドイツの『The Summer and Winter Garden(夏の庭と冬の庭)』はグリム童話集の初版に収録されたものなのだが、グリム童話は古くから語り継がれてきた物語をそのまま収録した、ということになっている。これでは出版年がわかるだけでいつ物語が出来たのかはわからない。

このように各地で語り継がれてきた物語はその物語がいつ生まれたのか探すのは困難なのである。

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ただ夏の庭と冬の庭に関してはグリム童話集の取材源の一人にフランス人がいること、美女と野獣の出版年とグリム童話集の初版の出版年が70年の差があることから夏の庭と冬の庭は美女と野獣を基にした、と考えるのが自然ではあるが。

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ではAT分類では起源を辿れないのだろうか。いやいやそう簡単に諦めてはいけない。

AT分類は『本格昔話』内『魔法の話』……といったように番号の近い物語は似たような物語になっている。ということはAT分類の近い作品群、425cであれば425a(行方不明になった夫を探す物語(魔法アリ))や425b(魔法を解かれた夫、魔女の課題)などを探せば似ている作品に出会うことができるのである。

AT分類番号425aの最も古い作品は『クピドとプシュケ』というものだ。425aの枠組みは、

消えた夫を探す。導入:父親が娘を結婚させることを約束する、あるいは娘自身が結婚を約束する。約束をやぶる

と美女と野獣に似ているのか似ていないのかよくわからない感じだが、クピドとプシュケのあらすじは、

三姉妹の末で一番美人な妹(プシュケ)がひょんなことから神の夫(クピド)を持つこととなる。クピドはわけあってプシュケに姿を見られないようにしていたが、姉らの助言によってプシュケはクピドの姿を盗み見てしまい、クピドは姿をくらましてしまう。プシュケはクピドを探してクピドの母アフロディテを訪ね、そこで無理難題を課されて、なんやかんやあってプシュケとクピドは結ばれてついでにプシュケは不老不死になりました。

という具合で、美人の末の妹が嫁に行く、人外の夫と出会う、家族と会って夫がいなくなる、夫と再会して結婚、と425c『美女と野獣』と425b『クピドとプシュケ』はかなり共通した要素を持っている。まさに起源と呼ぶにふさわしい作品だ。

しかしクピドとプシュケを書いたのはローマ帝政時代の弁論作家アプレイウスだ。充分に古いことは古いが紀元2世紀程度、たったの1900年前だ。今回の研究結果の4000年前の半分にも満たない。ならばもう少し離れた番号のAT分類から起源を辿ろう、と言いたいところだが、4000年前というのは人類最古の小説として名高い『ギルガメシュ叙事詩』などが書かれた時代にほぼ一致する。その時期は文明も大して発達しておらず、文字そのものがまずほとんど残っていない。そんな時代に美女と野獣の起源があるとどうやってわかったのだろう。新しい文献が見つかったのだろうか。そうではない。既にある文献をAT分類に入れてみたら425cに分類されたのだろうか。それも違う。

物語の遺伝子

ここまででひとまずあらすじの比較から美女と野獣の起源がクピドとプシュケにあるということはわかった。いや、起源という言い方は少し変かもしれない。起源は『始まり』を意味する。もし今回の研究の言う通り4000年前に起源があるのだとしたらクピドとプシュケを起源と呼ぶのはおかしい。ならばなんと呼ぶべきだろう。『元ネタ』だろうか。これも『直接参考にした作品』というような響きを感じてあまり適切に感じられない。ならばなんと表現するのが一番適切だろう。

生物の場合「『クピドとプシュケ』は『美女と野獣』の祖先である」と言うのが適切だろう。

クピドとプシュケという作品があり、それを誰かが読みそれを下敷きにした新しい作品を作り、その作品を読んだ誰かが……という繰り返しが何度も起きて4000年近い時を経て『美女と野獣』が生まれている。これは進化の過程とほとんど同じではないだろうか。いや、物語だけではない。ファッションの流行や橋の作り方といった人を媒介として変化し続ける知識の断片は全て遺伝子と同じようなものなのではないか

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というようなことを動物行動学者のリチャード・ドーキンスが昔考えた。これをミームと呼ぶ。ドーキンスが提唱したミームは正確にいえば『心から心へと伝達、複製される文化の情報の基本単位』というDNAと並べる単位のものなので物語は『ミームを遺伝子とした生物種』と考えるべきかもしれない。

これはさほどおかしな話ではない。一冊の本があり、それが色々な人の頭の中に残りその中で何度も突然変異が起こり新しい物語が生まれ、社会的淘汰(売上が悪かったのかもしれない、その当時の体制に合わなかったのかもしれない)によって良書となった作品だけが生き残る。一冊の本(あるいは複数の本の『交配』)から新しい本が生まれる過程を進化の過程と同じように描いても不自然なことは起こらない。

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もちろん現代のようにインターネットでデータが保存でき簡単にアクセスできる状況というのはあまり私達の想像する自然界とは違う世界のように見えるが、少なくとも本というものさえほとんどなく言葉によって物語が伝播されていた時代にはそれはまさしく生物の進化のように変化していたはずだ。

どこかで聞いたお話を自分の子供に伝える。その子供が物語に感動したのならそれをまた孫に伝える。もちろん話はそのままは伝わらない。記憶が薄れたりしているかもしれない。ただ単に自分が気に入らなかったからという理由で物語の設定を改変しているかもしれない。そうして、それを聞いた孫がさらにその子供へと教えていく。このようなものを私達は多くの場合民話などと呼ぶ。

DNAは形を持つが民話は形を持たない。民話は言語を通して伝えられる。そしてその言語さえもミームの一つで、時を経て変化するものである。これに関しては方言を思い出してもらえればわかると思う。どこの方言も先祖を辿ればいつかのどこかで誰かが考えた『日本語』あるいは日本語の基になった日本語の祖先にあたる言語にたどり着くはずだ。

共通の言語の祖先をたどる

では美女と野獣が書かれたフランス語の祖先はなんだろう。フランス語は『インド・ヨーロッパ語族』という語族に属する。これは印欧祖語という仮想の言語(存在しない、というわけではなく生まれたのが文字が生まれる前なのでどのようなものなのかわかっていないというもの)を先祖に持つ言葉だ。クピドとプシュケが書かれたギリシャ語もインド・ヨーロッパ語族に属する。ということは、フランス語とギリシャ語の共通の祖先になっている言語の時代まで遡れば少なくともその時期に美女と野獣、クピドとプシュケの共通の祖先となる物語、民話があったということにならないだろうか。

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実は論文内ではカテゴリ『425』ではなくきちんと『425c』内で起源を探しているが、論文内でもクピドとプシュケが美女と野獣の『元ネタ』の一つとして触れているので便宜上、祖先(遠い親戚)の例としてクピドとプシュケを使う。

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この発想には無理がある。なぜなら言語は翻訳されるからだ。元々ギリシャにしかなかった物語がフランス語に翻訳されてフランスでも親しまれるようになる、というのはよくある話だ。極端な言い方をすればこの論は『日本語は『キス』という言葉があるから英語と同じ言語を祖先に持っている』と主張するようなものだ。

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クピドとプシュケがフランス語の基となる言語に翻訳されていたとしたら、必ずしもクピドとプシュケよりも古い祖先があるとは限らない。

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しかしこういった共通の要素から共通の祖先をたどるという研究は生物では当たり前のようにおこなわれている。生物では言語のように翻訳が起こらないからだろうか。そういうわけではない。DNAでもある種のDNAが別の種に取り込まれるということは当たり前のように起きている。これをトランスポゾンと呼ぶ。遺伝子の研究ではこのトランスポゾンの『ノイズ』を取り除いて祖先を導く手法が先鋭化されているのだ。ならば生物の起源をたどる研究と同じような手法を使えば要素から共通の祖先を導き出せるのではないだろうか。研究者はそのように考えた。実際、この手法は音楽や言語といったミームを扱う研究では既におこなわれているものだった。ただ、民話ではまだおこなわれていなかったのだ。

研究者はAT分類から番号425に属する民話と民話が伝わっている国の言語を調べ、quantitative phylogenetic methods(日本語訳が見つからなかったが、あえて訳すのならば量的系統種間比較とでも呼ぶべきだろうか)という手法を用いてAT分類番号425に属する民話を持った言語の共通の祖先となる言葉を導き出した。そしてそれが4000年前であり、その時代に美女と野獣、クピドとプシュケの共通の祖先となる物語が生まれ言葉によって姿を変えながらも今日まで生き残ってきたのである。

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&copySara Graça da Silva, Jamshid J. Tehrani

つまりこれは民俗学(AT分類)と系統学(ミーム)、そして比較言語学(語族)という三つの分野の学問を利用して物語の起源を文献の残っていない時代から探り出したという研究なのだ。すごいことですよこれは。はるか4000年も前に生まれた作品が言葉を通じて少しずつ変化して、今生きている私達にも通じる生きた物語になっている、と考えると何かSF作品を読んだ時のような深い感動を禁じ得ない。

さて、それらのことを踏まえた上で最後に、先ほど少しだけ触れたギルガメシュ叙事詩の話を。ギルガメシュ叙事詩は約4000年から5000年ほど前に作られた作品だと言われているが、ギルガメシュ叙事詩はシュメール語で書かれているとされており、シュメール語はどの言語から作られたのか不明でどの言語にも進化することのなかった孤立した言語として知られている。また、ギルガメシュ叙事詩は大洪水が起きるエピソードが挿入されており、これが旧約聖書のノアの方舟の話の基になったのではないかと考えられている。

今回の研究もすごいことだが、どこから来たかもわからずはるか昔に失われた言語で書かれた物語が、現在世界最大の宗教の聖典の元ネタになっていると考えると、少しある種の恐ろしささえ感じる。

REFERENCE:

Comparative phylogenetic analyses uncover the ancient roots of Indo-European folktales | Open Science

Comparative phylogenetic analyses uncover the ancient roots of Indo-European folktales | Open Science

http://rsos.royalsocietypublishing.org/content/3/1/150645

エロス(クピド、キューピット)とプシュケ(サイキ)

http://www.ne.jp/asahi/art/dorian/Greek/CupidPsyche/ErosPsyche.htm

Multilingual Folk Tale Database

http://www.mftd.org/index.php?action=home

Fairy tale origins thousands of years old, researchers say – BBC News

http://www.bbc.com/news/uk-35358487

美女と野獣 – Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%8E%E5%A5%B3%E3%81%A8%E9%87%8E%E7%8D%A3

夏の庭と冬の庭 – Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%8F%E3%81%AE%E5%BA%AD%E3%81%A8%E5%86%AC%E3%81%AE%E5%BA%AD

グリム童話 – Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%A0%E7%AB%A5%E8%A9%B1

#510: If The Shoe Fits… – Resources

http://www.artic.edu/webspaces/510iftheshoefits/2criteria.html

Beauty and the Beast – Folklore and Fairy Tales – LibGuides at SUNY Jamestown Community College

http://sunyjcc.libguides.com/content.php?pid=85617&sid=3628962

エロス(クピド)とプシュケ |

http://sanmarie.me/eros_psyche/

Aarne–Thompson classification systems – Wikipedia, the free encyclopedia

http://en.wikipedia.org/wiki/Aarne%E2%80%93Thompson_classification_systems