白いドレスに身を包んだひとりの女性。彼女の名前はムーン・リバス、1985年スペイン生まれのダンサーです。目を閉じて立っていたかと思いきや、とつぜん息荒く、その身体を震わせはじめる……。その様子は、まるで彼女自身、その身体をコントロールできなくなっているかのようです。しかしまた唐突に、深い静寂が訪れることもあります。

もっともムーンさんは、自分自身の意思で動いているのではありません。振付をしているのは、この地球で起きている『地震』なのです。

ムーン・リバスさん

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地震と踊る

劇作家サミュエル・ベケットの戯曲『ゴドーを待ちながら(英題『Waiting for Godot』)』をもじったものか、パフォーマンスの名前は『Waiting for Earthquakes』。ですからここは、『地震を待ちながら』と訳すべきでしょうか。

地震を集める『チップ』

ムーンさんの腕には、ある『チップ』が埋め込まれています。このチップは、オンラインの地震計に接続された振動デバイスであり、したがって彼女は、どこにいようと世界中の地震を感じることができるのです。デバイスは震度に応じて異なる強さで震え、彼女はそれが震えている間だけ踊ることになります。もしパフォーマンス中であっても、地震が起きなければ彼女が踊ることはありません。

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Hopes&Fears

そこが断層のある土地ならば、地震は誰にでも平等に、不確定に起きるものです。世界中で起きているその振動を、ムーンさんは「まるで地球の心拍のよう」だといいます。すなわち彼女は、自分自身の心拍と地球の脈拍を、同時に感じていることになるのです。

地球との対話

ムーンさんは、ダンスに対する自らの考え方について、こう述べています。「ダンスについて考えるとき、あなたは『動くこと』について考えます。人だけでなくあらゆるものが動いていることに、あなたは気づくでしょう。地球はつねに動いていて、回るだけでなく揺れてもいます。地球はすべてを力強く揺さぶっているのです」

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彼女の腕に埋め込まれたチップは、そうした『揺れ』のすべてに反応しています。パフォーマンス中だけでなく、彼女の日常すらも『地震』によってしばしば中断されるのです。たとえば取材を受けている最中にも、ムーンさんは地震のために話すことをたびたびやめたといいます。そのとき、世界のどこかでは地震が起きているのです。

パフォーマンス作品『地震を待ちながら』は、地震という自然を増幅するテクノロジーによって、彼女の身体で『地球』を描く作品だといえるでしょう。ムーンさんは「パフォーマンスをしながら、まるで地球と対話しているように感じる」と話しています。ある意味でそれは、地球が「私はここにいる」と主張する、そのパイプ役を務めることだともいうのです。

『地震を待ちながら』(“Waiting for Earthquakes”)

ムーンさんは、「私たちは、地震を、自分たちでは制御できない悪魔のように考えている。きわめて自然で、善悪の哲学でもはかることができない」と指摘する。

アートと科学

しかしムーンさんは、もともとテクノロジーに強い信頼を抱いていたわけではなかったようです。彼女がパフォーマンスにテクノロジーを取り入れたのは、アムステルダム演劇学校で学んでいたころ、教授に薦められたことがきっかけでした。また、友人がパフォーマンスのためのテクノロジーを研究していたことから、ムーンさんはテクノロジーが自身の感覚を新たにする可能性を感じたといいます。

『サイボーグ化』の取り組み

まるで万華鏡のように、形は判別できず、ものの色しか見ることのできないメガネ。周囲のあらゆるものの速度が、振動として伝わってくる手袋(『Speedborg』)とイヤリング。そのイヤリングをさらに改造し、背後にあるものの動きをも感じられるもの……。ムーンさんは自身のダンス創作とともに、独自のデバイスを開発してきました。そのキャリアとともに、テクノロジーへの信頼も増していったのです。

ビデオパフォーマンス『Speed and colours of Europe』

「新たに感覚を付け加えることで、地球と新しく関係を結ぶことができる」。

自らの感覚を拡張し、現実と新たな関係を結んだアーティストに、現代美術作家のニール・ハービソンさんがいます。色盲の彼は、『色』を『音』に変換するデバイスを頭蓋骨に埋め込みました。ムーンさんとニールさんは、非営利団体『サイボーグ財団』を共同で設立。財団では、デバイスを身体に埋め込んでサイボーグになる権利を主張するとともに、アートと科学の両面から啓蒙活動を行っています。

「個人や環境、その他さまざまなものと新しい関係を結ぶことができる」として、ムーンさんは『感覚の拡張』を多くの人が検討することを期待しています。たとえば紫外線についての感覚が新しくなれば、ビーチに行くという行為も変わる……。デバイスを自らの身体に埋め込むことで、個人と周囲が深い敬意をもって相互関係を結ぶことができるようになるかもしれません。

ニール・ハービソン氏

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心の問題としてのサイボーグ

もちろん財団の活動には、賛否さまざまな意見が寄せられています。しかし、ニールさんは『デバイスの埋め込み』という外科手術が『サイボーグ』を自分のなかに取り込むことになくてはならないとも考えていません。彼女は「それは心の問題であり、心とテクノロジーの関係の問題です」と述べており、テクノロジーが身体の中にあるか外にあるかではなく、その存在を『感じる』ことができるかどうかだというのです。

超感覚的知覚
五感や論理的な類推などの通常でありきたりの手段を用いずに、外界に関する情報を得る能力。
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たとえば、以前の私たちの常識であれば、『地球上のすべての地震を自らの身体で感じる』などといったことは超能力以外の何物でもありませんでした。かつては透視能力(千里眼)を持つとして疑惑をかけられた者もいたように、その存在は実在すら疑われつづけていたのです。しかし、そういったことも今やテクノロジーによって可能になりました。

そのような時代において、ムーンさんは「言われている以上に多くの人がサイボーグだ」と述べています。インターネットの発達は、私たちの知識についての能力を拡張しただけでなく、コミュニケーションについての空間・時間との関係性をも大きく変えることになりました。そのように、人々がそれぞれの性格や興味に応じて『感覚を拡張』できることをムーンさんは望んでいるのです。

インターネットは私たちの感覚と生活を確実に変化させた。

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たとえば彼女のパフォーマンス『地震を待ちながら』は、その意味でいえば、『感覚を拡張』したときに生まれるものをパフォーマンス化することで、人々の意識を変容させるものだといえるでしょう。たとえば目の前で起きていることの裏側で、世界中でいま地震が起きていることに、観客が思いを巡らせれば……。それはムーンさんのいう『サイボーグ化』にほかならないはずです。

REFERENCE:

The woman who can feel every earthquake in the world