急ぎ足でどこかへ向かうその途中、よりによって次々と信号で足止めを食らい、思わずイライラして「おまちください」の押しボタンを連打する。そんな経験がある人もいるのではないでしょうか。

もちろん多くの人は、あのボタンを連打するのに意味がないことはわかっているでしょう。しかし、そもそもあのボタン自体に意味がなかったとしたら……。

Does it help to push the buttons on pedestrian crossings, train doors and thermostats?

最近はタッチ式も多い。

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プラシーボボタン

トム・デ・カステラ氏は、イギリス・ロンドンのBBCでライターとして働いています。彼はある日、いつも混雑している会社近くの交差点で、信号の押しボタンの存在に疑問を持つようになりました。このボタン、本当に意味があるのか?

彼がさっそく信号の待ち時間を調べたところ、驚くべき事実が明らかになりました。ボタンを押した場合も押さなかった場合も、信号が赤から青になるまでの時間は105秒だったのです。

これに対し、ロンドン交通局は「押しボタンは真夜中から朝7時まで動作するようになっている」と説明しました。つまりこのボタンは、日中に押しても意味のないものだったのです。また、エジンバラやマンチェスターといった地域でも同様の『動作しないボタン』が確認されています。

日本の押しボタン

いつもは車両用信号が青く点灯しているもの、黄色く点滅しているもの。ボタンを押すとすぐに信号が変わるもの、しばらく待たされるもの……。地域や都市、時間帯や交通量によってその組み合わせは様々。動作するのはどれだけ?

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たとえ実際には意味のないものでも、そうと知らなければ、人は「これで信号が早く変わる」と信じてボタンを押すでしょう。このようなボタンを、ときに『プラシーボボタン』と呼びます。しかしこのボタン、システム自体には影響しなくとも、実は私たち自身に影響を与えているようです。

『信じること』の効き目

私たちは、ひょんなことから『効果のないこと』に本気で取り組むことがあります。

たとえば、ゲームのボタンの押し方を工夫したり、スロットのレバーを繊細に引いたり、サイコロをやたら優しく転がしたり……。その時の私たちは、(薄々感づいていることもありますが)あくまで本気です。工夫が良い結果につながることを、少なからず願っているでしょう。

もちろん、そんな工夫は実際には何の影響も与えていません。しかしその結果、たまたまゲームがうまくいき、スロットの目が揃い、サイコロの数字が狙い通りになったら……。私たちは、「これだ」と信じてしまうはずです。

信じる者は救われる?

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1975年、当時イェール大学の大学院生だったエレン・ランガー氏(現在のハーバード大学教授)は、論文で『信じること』の効き目について発表しました。彼女は「あなたの世界を、あなた自身がコントロールしていると感じること自体が好ましい」と述べています。

つまり『プラシーボボタン』とは、効果のないボタンを『信じて押す』ことで、たとえばさも信号の待ち時間が縮んだかのように錯覚させる装置だったのです。ただし、ここで問題が生じてきました。

ちょっと待った。

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プラシーボの落とし穴

ひとつめの問題は、『プラシーボボタン』という名前そのものにあります。

ここで語源となっているのは「プラシーボ効果」。実際には効果のないものを摂取したにもかかわらず、なぜか効果が生じることです。たとえば胃腸炎の患者に、「この薬を飲めば治るよ」と言って効き目のない錠剤を渡したところ、服用した患者の症状はなぜか改善した……。『思い込み』が、見事に効果として現れています。

偽薬とわかっていても効くという報告もある

実験では、医師が被験者に「偽薬でも効くかもしれません」と通知した。効くかも、という『思い込み』がやはり大事?

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プラセボ製薬

しかし『プラシーボボタン』の場合、「押しボタンを押したら待ち時間が縮む」とどれだけ信じても、実際にその時間が縮むことはないのです。仮に「縮んだ」と感じても、それはただの『思い込み』で、『思い込み』の力が影響を与えたとするプラシーボ効果ではありません。真の『プラシーボボタン』とは、実際にはシステムに影響しないはずが、なぜか本当に待ち時間が縮むという「奇跡のボタン」です。

つまり、このボタンはまさに『ギャンブラーの信念』と同じで、信じる者に心理的効果をもたらすだけのものです。エレン氏はその効果を肯定的に評価していますが、ここでふたつめの問題が浮上してきます。それは、たとえばこんな記事で思い込みが解けたら意味がないのではないか、ということです。押しても意味がないとわかっていて、人はボタンを押すでしょうか?

ダチョウ倶楽部の熱湯風呂

熱湯でないと視聴者にもわかっていて、共演者は上島を押すでしょうか?

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しかしそれでも、エレン氏は『プラシーボボタン』を評価しています。彼女は「何かをすることは、何もしないことよりも良い」と述べているのです。

たとえば信号の押しボタンを押すとき、私たちの意識は手元やその周辺に向かいます。ただ横断歩道の手前で立っているだけなら、もしかすると信号の変化にすぐ気づかないかもしれませんし、場合によっては、瞬間的に危険に反応できないかもしれません。自分の注意の範囲が広がるだけでも、ボタンを押したほうがメリットがあるというわけです。

対戦ゲーム機能付き押しボタン(ドイツ)

信号待ちの時間中だけ、横断歩道の向こう側と卓球勝負。信号どころじゃなくなりそう。

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もちろん、信号が早く変わるに越したことはありません。しかし、せっかくボタンを押すのなら、待ち時間が短くなると強く信じて気長に待ちたいものです。信号の押しボタンが『プラシーボ』かどうかはさておき、何事も気の持ちよう……という言葉は、意外と嘘ではないことでしょう。

それでも押す

熱湯かどうかはもはや問題ではないし、そう信じて見るべし。

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REFERENCE:

Press me! The buttons that lie to you

Press me! The buttons that lie to you

http://www.bbc.com/future/story/20150415-the-buttons-that-do-nothing

Does pressing the pedestrian crossing button actually do anything?

http://www.bbc.com/news/magazine-23869955

Illusion of control – Wikipedia

http://en.wikipedia.org/wiki/Illusion_of_control

プラシーボとプラシーボ効果について

http://www.page.sannet.ne.jp/onai/Healthinfo/Pracebo.html

ActiWait – a smart traffic light button

https://www.indiegogo.com/projects/actiwait-a-smart-traffic-light-button

ニセモノだとわかっていても効果あり? プラシーボ効果に関する研究結果

http://www.lifehacker.jp/2011/01/101227placebos.html