人を殺してはならない、暴力をふるってはならない、ひどい言葉をぶつけてはならない……。多くの人は、幼い頃からそのように教えられてきているはずです。けれども殺人事件はなくならず、暴力事件はあちこちで起きつづけ、現実に世界では戦争が起こっています。

なぜ私たちは、長年の教育にもかかわらず、人と争うことをやめられないのでしょうか?これまで研究者たちは、殺人や暴力に手を染めた者がいかにその行為を正当化するのか、心の奥底を探ろうと何度も試みてきました。

Scientists have attempted to delve into the minds of killers to find out how they can justify their violent crimes.
Brain scans have pinpointed a region called the lateral orbitofrontal cortex (OFC), which is activated based on whether or not someone feels the crime is justified.

脳が殺人を和らげる

オーストラリアのモナシュ大学のパスカル・モレンバーグ博士は、『戦争などの特定の状況下で、人はどのように過剰な暴力をふるうのか』という点について、ひとつの手がかりを主張しています。彼が行った実験は、集まった被験者に殺人を想像してもらい、脳の活動を測定するというものでした。

まず48人の被験者は、兵士の目線で撮られた映像を見せられています。映像は、敵の兵士を撃ち殺すもの、罪のない民間人を撃ち殺すもの、発砲するが誰にも当たらないものの3つでした。それぞれの映像を見終えるごとに、彼らは「あなたは誰を撃ちましたか?」と尋ねられています。被験者はボタンを押して質問に答えたあと、彼ら自身の罪悪感を7段階で評価しました。

実験の結果、パスカル博士は「敵の兵士より民間人を撃った時のほうが、眼窩前頭皮質に大きな反応がみられた」と述べています。また、強く罪悪感を感じた被験者ほど、民間人を撃つ時には強い反応があった一方で、敵の兵士を撃つ時にはほとんど反応がみられなかったといいます。

眼窩前頭皮質

人間の意思決定に関係しているという。

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Wikipedia

この結果は、特定の集団に対する暴力が正当化されるとき、他者への暴力に関係する神経機構がきちんと活動しなくなることを示しています。

パスカル博士は、「罪悪感と脳の活動がどのように関係しているかを突き止められたのは初めてだ」と述べました。しかし、どのように人が暴力についての感覚を失うのか、そこで加害者や被害者の性格や所属がいかに関係するのか、といったことは未だ解明されていません。

では、現実の『加害者』たちは、どのようにして殺人や暴力に手を染めているのでしょうか……。

ゲーム『Call of Duty: World at War』

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まこすBLOG

戦場で起きる暴力の麻痺

現代日本に生活しているとイメージしづらいことですが、実際の戦場に送り込まれる兵士たちは、もちろん特別な訓練と教育を受けています。たとえば、ベトナム帰還兵のスティーブ・ハスナー氏はこのように話しているのです。

「まず敵は人間以下だと教えます。ベトナム人は銃を真っ直ぐ撃つことさえできないと教えたりしました。あいつらの目は細くてものがよく見えない。アメリカ人の丸い目とは違うんだとね。敵を殺させるには、相手が人間だという感覚を徹底的に奪っておくことが重要です。なぜなら敵も同じ人間だと感じた途端、殺せなくなるからです」

また、かつてパレスチナの占領に赴いた、元イスラエル軍狙撃兵のドタン・グリーンバルグ氏によると、頭部や心臓の描かれた人型のダンボールを標的に訓練を繰り返すと、そのあと実際に自らが銃口を向ける先が『何であるか』を無視するようになってしまうといいます。それがテロリストでも民間人でも関係ない、単なる射撃の対象として捉えてしまうのです。

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昼間は暴力をふるい、物を破壊し、夜になると眠り、また起きると暴力と破壊を繰り返す……。若い兵士たちは、そうした日常の任務のなかで日々を過ごしていくうちに、自身の感覚を次第に麻痺させていったといいます。彼らは、人の生命や財産、生活を奪うことをやがて躊躇わなくなりました。

戦場に出るまでの訓練と、それをしのぐ過酷な任務の毎日で、兵士たちは自分も他者も『非人間化』させていきます。「そうしなければならない」状況下では、自らの殺人や暴力を正当化せざるを得ず、もはや彼らは一種の思考停止状態に陥っているといってよいでしょう。

しかし兵士たちも人間です。たとえばアフガニスタン・イラクから復員した米軍兵には、心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しむ者も多く、1日に22人が自殺しているともいわれています。

クリストファー・スコット・カイル氏と妻

イラク戦争において160人(非公式の記録では255人)を殺害した米軍史上最高の狙撃手にも、妻とふたりの子供がいた。

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義務と暴力

昨年(2014年)、カリフォルニア大学の人類学者アラン・フィスク教授は、殺人や暴力に関するひとつの研究結果を報告しました。彼は「多くの暴力は、正しいことをしたいという強い願望により行われる」と述べています。

「誰かが自分自身や他者を傷つけたり殺すとき、その人物は『そうしなければならない』と思っている。彼らにとってそれは『すべきこと』であり『正しいこと』で、その『義務があり』、また『道徳的に必要』なことだ」

彼らは暴力や殺人に及んだ犯罪者数千人へのインタビューをはじめ、暴力に関する先行研究を分析してこの結論に至っています。

つまり殺人や暴力は、(それが現実のものかどうかは別として)悪事への報復か、教育目的か、服従を求めるものか、ときには人間関係を修復するための努力ゆえに起きるというのです。

アラン・フィスク教授

「犯罪者の動機は決して理解できないだろうと思っていたが、実際に難しいことではなかった」

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UCLA

これらは決して犯罪行為の言い訳や正当化ではなく、あくまで『彼らを最初に突き動かした動機』だとアラン教授はいいます。まれな例を除き、さまざまな犯罪の裏側には道徳的な動機がある、多くの人間は自ら悪魔になろうと思って犯罪者にはならない、というのが彼の主張です。

たとえば戦場で、兵士たちが大義名分のもと「そうしなければならない、そうすることが正しい」という動機から敵の兵士や民間人を殺害していく……。そうした想像はけして難しいことではありません。アラン教授の指摘した『道徳的な動機』は、戦争にもつながっているのです。

日常の暴力

私たちにも比較的身近なところで起きている児童虐待やドメスティック・バイオレンスが、こうした論理で起きることも多いでしょう。「どうして言うことを聞いてくれないのか」「コミュニケーションがうまく取れないうちに怒りがこみ上げてきた」。そんな動機のもと、教育やコミュニケーションのために人が暴力をふるうケースは現実に存在します。しかしそのとき、加害者にとってはそうすることが『正しかった』のかもしれません。

北九州・連続監禁殺人事件

犯罪史に残る凶悪事件。首謀者の支配のもとで殺し合った家族の心情は想像を絶するが、加害者のひとりも「親戚に迷惑がかかる」ことを恐れていた。

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私たちが、自らの『正しさ』を拠り所に主張する機会は日常の至るところに埋まっています。たとえば人の失敗を『正しさ』のもとに叱る、分かれた意見をひとつの『正しさ』のもとにまとめる……。たとえ物理的に暴力をふるわなかったとしても、「傷つく人がいるかもしれないが、正しさのためにはやむを得ない」などと考えたことがある人も少なくないはずです。しかし、それが犯罪や戦争が起きる論理と同じでないと、果たして誰が証明できるでしょうか?

『正しさ』のもとに間違いを是正する行為は、歴史的にもしばしば残酷な形で実行されてきました。たとえば、かつてのヨーロッパで行われた『魔女狩り』や、婚前交渉を行った女性を親類が殺害する『名誉殺人』(現在も一部の国で起きている)は、その代表的な例に挙げられるでしょう。

魔女狩り

魔女の嫌疑をかけられた者が大勢処刑された。

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自らの『正しさ』のもと、「そうしなければならない」という考えから犯罪に手を染め、しかもそれは自分自身によって巧妙に正当化されていく。実際に犯罪行為に及ぶかどうかはもちろん別としても、その『芽』は私たちの内奥にいつも眠っていて、簡単に否定できるものではありません。抗えるとすれば、安易に「正しさのためにはやむを得ない」という発想にならず、ぎりぎりのところで踏みとどまる理性以外にはなさそうです。

また、たとえ今は想像できなくとも、そのことすら限界のある状況がどこかに存在することでしょう。せめてそのときは、人を傷つけるときに行使される『正しさ』を、なにかを守る方向に使えることを……おそらく今は、まだ祈ることしかできなさそうです。

REFERENCE:

How killers are made: Brain scans reveal the way in which people justify murder

How killers are made: Brain scans reveal the way in which people justify murder

http://www.dailymail.co.uk/sciencetech/article-3030989/How-killers-Brain-scans-reveal-way-people-justify-murder.html

Brain Activity Changes When We View A Murder As Justified: Understanding The Criminal Mind

http://www.medicaldaily.com/brain-activity-changes-when-we-view-murder-justified-understanding-criminal-mind-328842

眼窩前頭皮質 – Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%BC%E7%AA%A9%E5%89%8D%E9%A0%AD%E7%9A%AE%E8%B3%AA

PTSD米兵と「沈黙を破る」イスラエル兵とは何が違うのか

http://www.doi-toshikuni.net/j/column/20081011.html

この現実を見よ! 戦争から戻っても自殺が絶えない米復員軍人

http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20141117/273933/

クリス・カイル – Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%82%A4%E3%83%AB

The ‘Breaking Bad’ Syndrome? UCLA anthropologist exposes the moral side of violence

http://newsroom.ucla.edu/releases/breaking-bad-syndrome-UCLA-anthropologist-exposes-moral-side-violence

北九州監禁殺人事件 – Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E4%B9%9D%E5%B7%9E%E7%9B%A3%E7%A6%81%E6%AE%BA%E4%BA%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6

名誉の殺人 – Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8D%E8%AA%89%E3%81%AE%E6%AE%BA%E4%BA%BA