2011年に起きた東日本大震災と同程度の9.1というマグニチュードを記録した2004年のスマトラ島沖地震。その津波により、インドネシアのアチェ州は、州人口400万人のうち20万人の死傷者を出しました。そのアチェ州で今月24日、州を構成する代表的な民族ガヨにより彼らの伝統舞踊『サマン・ダンス』が披露されました。そのダンサーの数、なんと5057人!

ガヨ人5057人による『サマン・ダンス』

メロディーはイスラム教を彷彿とさせる。というのも、ガヨ人の98%がイスラム教信者だからだ。老若男女を問わない5057人の『サマン・ダンス』は迫力がある。

『サマン・ダンス』とは

13世紀にイスラム指導者、シェク・サマン師によって作り出された『サマン・ダンス』は別名、『千の手ダンス』とも呼ばれています。
まず、ダンサーは一列になり、正座の姿勢になります。リーダーの合図で彼らの手が音楽と共に一定の動きを始めます。歌が始まり、次第に腕や頭、上半身が音楽と共に動き出します。テンポは早くなり、手を中心に動きも活発になり、最大限にダンスが激しくなった時を見計らい、急に終わります。元々は宗教的メッセージを持ったダンスであり、ムハンマドの誕生日や民族の祭りの時に行われるものでした。ダンスの時に歌われる歌詞の内容は、宗教的なものの他、助言、風刺、ユーモア、ロマンティクな抒情詩まで、多岐にわたります。またその動きはガヨ族の日常生活を表現しているとも言います。

女性による『サマン・ダンス』

元々は男性のみによって踊られたが、現在では女性も踊る。通常は8~20人のダンサーによって行われる。ガヨの民族衣装が美しい。

2011年、11月24日、バリ島で行われた第六回無形文化遺産政府管理委員会でUNESCOは『サマン・ダンス』を緊急保護が必要な無形文化遺産としました。

なぜ緊急保護に??

ここで、ガヨ民族が住むアチェ地域の複雑な歴史を遡ってみます。
1949年にオランダからインドネシア共和国が独立したとき、当時の大統領であったスカルノ氏はアチェ州を設置する事で、そのアチェの独立を約束しました。しかし、たった8ヶ月後に再統合し、それに激怒したアチェ人の抵抗が始まります。その激しさから、大統領は56年にアチェ州を特別州とする妥協案を取ります。しかし、彼らはその程度では満足しませんでした。60年代から70年代にかけて、地域の統合と独立は複雑に繰り返されます。

1976年にアチェ州はハッサン・ディテロ氏の指導の元、『自由アチェ運動』(GAM)を組織し、本格的な抵抗を始めます。インドネシア政府の鎮圧も激しく、『自由アチェ運動』を組織した指導者達は亡命を余儀なくされますが、リビアで軍事訓練を受けたアチェ戦士たちは独立の為にゲリラ戦を始めます。インドネシア政府は鎮圧の為に、とうとう1989年からアチェ地域の一部を軍事作戦地域に指定し、結果、民間人を巻き込む事ようになりました。約3000人の彼らが死者または行方不明者となり、91年〜95年の間に約5000人のアチェ民間人が国外逃亡する事になりました。アチェのゲリラ抵抗は紆余曲折を経て、2005年まで続く事になります。

ハッサン・ディテロ氏(中央)

スウェーデンに亡命した氏は、遠く離れた自国の『自由アチェ運動』になんと30年間も指示を出し続けていた。氏がヨーロッパ亡命しなければ、アチェの過酷な実態は世界に対して伏せられたままだったかもしれない。5年間脳梗塞を患った後、ゲリラ指導者は2010年に84年の生涯を閉じた。

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最終的にアチェ人の抵抗を鎮圧したのはインドネシア政府ではなく、2004年のスマトラ島沖地震だったというのは皮肉な話です。内戦で疲弊した彼らを津波の猛威が襲いました。2005年にアチェ州とインドネシア政府の間で和平協定が結ばれ、その後、アチェ州はインドネシアの一部になっています。

血塗られた歴史と自然災害により、開催数やダンサーの減少が危惧され、『サマン・ダンス』は無形文化遺産の緊急保護対象となったのです。

インドネシア無形文化遺産、ワヤ人形劇

『サマン・ダンス』の他、クリス(短剣)、パティック(生地)、アンクルン(楽器)やノケンの多機能編みバッグなど、インドネシアにはいくつかの無形文化遺産がある。

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“Wayang (shadow puppets) from central Java, a scene from ‘Irawan’s Wedding'” by Haa900 – Own work. Licensed under Public domain via Wikimedia Commons –

平和を取り戻す事になった地震は2012年にもマグニチュード8.6、2014年にもマグニチュード7.1とインドネシアの人々を脅かし続けています。今回のガヨ族5057人の祈りがどこに届くのか図りかねますが、揺れる時はダンスの方が心地良いので地震もほどほどにして欲しいと思います。