まだ誰も足を踏み入れたことのない惑星・火星。そこに何があるのか、人が住むことはできるのか、もしかしてすでに別の生命体が……。人々は遠い宇宙の先に夢を見るものです。ちなみに先日、NASAは2039年までに有人火星探査が実現しうると発表しました。

しかし、火星へ行くまでの時間は片道数ヶ月ともいわれています。将来の火星旅行者たちは、その時間をどのように過ごすのでしょうか。

For 520 days, six test subjects from Russia, France, Italy, and China were locked in a module in Moscow to test the effects of isolation on small group dynamics and individual psychology.

ある隔離実験

2007年から2011年にかけて、ロシア生物医学問題研究所が行った有人火星探査シミュレーション『MARS-500』。将来的に人間が火星に行ける日に備えて、閉鎖空間で人間が共同生活を行った場合、どのような影響が出るかを調査するプロジェクトでした。

2010年に行われた最終実験では、ロシア・フランス・イタリア・中国から集まった6人の『乗組員』が、520日間の生活をともにしています。宇宙飛行士ではない『普通の人々』の彼らは、事前に心理学・医学的見地からの審査と、6ヶ月間の研修を受けていました。そこでは宇宙飛行士が通常受ける、集団活動やサバイバルの訓練が行われたということです。

6人の参加者

最初の250日で火星に向かい、その後30日間滞在し、240日で帰ってくる、というスケジュール。

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MARS 500

『MARS-500』は、乗組員たちの心理的影響のほか、生命維持システムのテストや、船内における宇宙飛行士の健康および能力の予測など、10個の目的のために実施されました。もちろん宇宙空間のシミュレーションですから、6人が約180m²の閉鎖施設から出ることは許されません。

とはいえ『地球』との通信は、実際の状況にほとんど忠実に再現されていました。シミュレーションの最初と最後の月に、彼らは管制センターからの無線連絡とビデオ映像を受け取っています。『地球』との距離に従って、通信には遅延が発生するようになっていました。

2010年6月3日、いざ『宇宙』へ

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MARS 500

『宇宙』での1日

6人の乗組員は、事前に決められたスケジュールに従い、520日間で100件以上の実験を行っています。彼らは朝8時に起きると、朝食を摂り、診断を受け、家事をして1日をはじめます。業務にはシフトが組まれていましたが、このような時間配分で生活していたようです。

睡眠……8.5時間
朝食・診断・家事……1.5時間
ミーティング……30分
仕事の準備・施設検査など……1.5時間
システム作業……2時間
実験……4時間
昼食……1時間
トレーニング……1時間
余暇・夕食……4時間

食事療法に関する実験のため、乗組員は与えられた食事だけを摂りつづけた。いわく「すべての実験で一番辛かった」とか。

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MARS 500

では、閉鎖空間での生活はどのようなものだったのでしょうか……。閉鎖施設のなかで撮られた写真から、その様子を覗いてみることにしましょう。

朝食

おはようございます。

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MARS 500

フライト・シミュレーション

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MARS 500

フリータイム

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MARS 500

機器の修理

もちろん無重力ではない。

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MARS 500

血圧測定

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バンド活動

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MARS 500

散髪

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MARS 500

コントロール・ルーム

全身検査

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MARS 500

フリータイム

お疲れさまです。

……何やら思っていた様子と違います

宇宙空間をシミュレートするための閉鎖環境での生活、と聞くと、ほの暗い部屋でストイックに実験に打ち込む人々の姿や、過酷な環境下でシビアな判断が求められる実験の様子を思い描いてしまいます。しかし写真を見ると、なんだかそれなりに朗らかな毎日を送っているように見えます。もっとも時間割を見るかぎり、そう暇ではなかったはずなのですが……。

生活と余暇

思い返せば、乗組員たちはみな宇宙飛行士ではありません。したがって、本職の人々が宇宙で過ごすのと同じような生活を送れないことは言うまでもないでしょう。

イタリアから参加した、エンジニアのディエゴ・ウルビナさんは「忙しくない時期が本当に辛かった」と話しています。彼は空き時間には読書をして過ごしており、ほかの乗組員たちも、本や映画、ゲームで余暇を過ごしていたようです。ちなみに彼らのお気に入りはゲーム『カウンターストライク』で、その理由は、「本当の意味でチームでの活動ができるから」だったといいます。

もっともウルビナさんの場合、プロジェクト中に作家ガブリエル・ガルシア・マルケスの著書をすべて読むという目標を立てていました。彼は実際に27冊を読破しており、その『小さな目標』がミッションの完了には不可欠だったといいます。彼は将来の宇宙旅行者に「中期的かつ小さな目標が心を忙しい状態に保ち、達成感を与えてくれる。これが、私の知ったうち最も大切なことだ」とアドバイスしています。

2011年11月4日、『地球』への帰還

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MARS 500

520日間のシミュレーションののち、無事に『MARS-500』の実験は終了を迎えました。幸い、ウルビナさんはその経験を良いものとして終えています。しかし、実験は6名全員に必ずしも良い結果をもたらしたとはいえなかったようです。乗組員の一部は、物理的・心理的ストレスから、不眠症などの睡眠障害を患っていました。

暇を乗り越えて

約1年半に及ぶ、『地球と火星の往復』が6人の乗組員にもたらしたのは、想像を絶するようなストレスだったのかもしれません。各国から集められた6人が、閉鎖空間で突然共同生活をはじめなければならない……。人間関係や集団生活がもつ緊張感はもちろんのこと、写真にもうかがえる『いかにもシビアでない生活』、その退屈が人に与えるストレスも想像するに難しいことではありません。

そもそも私たちは『生活』を目的に生活することができないものです。たとえばシミュレーションを設計する側は、実験を行う以上『そこで520日間の生活が営まれること』を目的のひとつにすることができるでしょう。しかし、実際に生活する6人の乗組員にとって、それは目的そのものにはならないはずです。そこで必要になるのが『中期的かつ小さな目標』なのかもしれません。

同棲・結婚など

『この人と一緒に暮らす』は目的にならない?

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進化と退屈

サルや類人猿だったころから、人類はひとところに定住せず、移動しながら生活を営んできました。しかし、のちに人類は定住を果たします。容易に想像できることですが、移動による『新しい環境』の刺激は人の感覚を鋭くします。一方で、ひとつの環境に慣れてしまうと、その鋭かった感覚は失われていく……。哲学者の國分功一郎氏はこのように述べています。

進化とともに『退屈』を獲得した人類は、今度は技術を進化させ、宇宙や別の惑星に飛び出そうとしています。そこには、もしかすると『地球での生活』に退屈したという側面があるのかもしれません。

では、火星に到着するまでの数ヶ月ものフライト、その『退屈』の先には、いったい何が待っているのでしょうか?

退屈しのぎに火星探査じゃあ!

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『MARS-500』に参加した6人の乗組員たちも、きっと最初は閉鎖空間での生活を楽しんでいたはずです。しかし環境に慣れるにつれ、刺激は『日常』に変わり、やがて新たな『退屈』が生まれた……。集団生活のストレスとともに、そういったストレスも蓄積されていったに違いありません。

では、将来、火星で生活をはじめた人類を想像してみることにしましょう。そこで彼らは、どんな刺激を受け取り、どんな日々を送るのでしょうか。もしも、それすらも『退屈』になったら、どんなふうに日々を暮らしていくのでしょう。本や映画、ゲームで気を紛らわせることはできるのか、どんな目標を抱くことができるのか……。そういう意味で、ともすれば宇宙は、約180m²の閉鎖空間よりも狭いのかもしれません。

REFERENCE:

Six Men Spent 520 Days Locked in a Room to See If We Could Live on Mars

Six Men Spent 520 Days Locked in a Room to See If We Could Live on Mars

http://motherboard.vice.com/read/six-men-spent-520-days-locked-in-a-room-to-see-if-we-could-live-on-mars

A Manned Mission to Mars: How NASA Could Do It

http://www.livescience.com/51102-nasa-manned-mars-mission-phobos.html

«Mars-500» project

http://mars500.imbp.ru/en/index_e.html

計520日間の火星長期閉鎖実験、「マーズ500」始まる

http://www.sorae.jp/031006/3923.html

火星有人探査のシミュレーション実験「Mars500」が終了

http://www.astroarts.co.jp/news/2011/11/07mars500/index-j.shtml

MARS-500 – Wikipedia

http://en.wikipedia.org/wiki/MARS-500

フォボス (衛星) – Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%9C%E3%82%B9_(%E8%A1%9B%E6%98%9F)

國分功一郎(2011)『暇と退屈の倫理学』朝日出版社