たとえば今夜の食事を決めるとき、欲しいものがひとつしか買えないとき……。日頃から、私たちは無数の『選択』を繰り返しながら生きています。そのとき『意識』の内部では、いったいなにが起きているのでしょうか? いろんな考えをもった『自分』たちが話し合うイメージでしょうか、ただひらめきが現れてくるイメージでしょうか。いずれにしても私たちは、自らの『内なる声』を信頼しています。

Consciousness is not as powerful as we think.
The internal dialogue that is believed to govern our thoughts and actions is often blamed for choices.
However, researchers now say it is far less powerful than people believe, serving as a passive conduit rather than an active force that exerts control.

しかし今回、驚くべき新説が登場しました。なんと、私たちの『意識』はなにひとつ決めていないというのです。

『脳内ポイズンベリー』

『選択』にいたる過程を脳内会議で描く。

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©水城せとな/集英社 ©2015 フジテレビジョン 集英社 東宝

意識という通訳者

心理学者エセキエル・モーセラ氏の提唱する新説の名前は、『パッシブ・フレーム理論』。エセキエル氏は「私たちの思考や行動を支配すると考えられてきた『意識』は、思っているほど強力なものではない」といいます。いわく「異言語コミュニケーションを助ける、通訳者のようなもの」だというのです。

どういうことなのか、少し踏み込んでみましょう。つまり、私たちが知覚している情報は、意識の変化のなかで生まれたものでも、その変化に反応を受けたものでもない、ということです。モーセラ氏によれば、あくまで意識は仲介人としての役割を果たしているだけで、さほど意図をもたず、反射的に作動しているのだといいます。

通訳者は情報を提示することが仕事だが、主張を挟むなど、情報に別の作用をもたらすことはない。

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私たちは、衝動・思考・感情・行動といった、自らの内なる働きを無意識に選別しながら、『意識』というものを体験しています。したがって、こうした無数の働きを制御するものとして『意識』があると考えてしまうのも無理はありません。

しかし現実の『意識』は、さも多くのタスクを実行しているようにふるまいながら、じつは「情報を取り次ぐ」というタスクを繰り返しているだけだといいます。しかし、そこで取り次がれている情報は、自発的な行動や、骨格筋系にかかわる『目的のある行動』を制御するという重要なものです。

モルセラ氏は『意識』の働きをイメージするにはインターネットを思い浮かべればよい、といいます。いまや私たちは、インターネットで物を買い、旅行を予約し、仕事をして、あらゆることを実現することができるでしょう。ただし言うまでもなく、それはパソコンやスマートフォンを操作する人物がいて初めて実現することです。インターネットそのものが自律して働くことはありません。

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私たちには『思考』がある。その『思考』が、『意識』の取り次ぐ無意識の『情報』に作用することで『選択』がおこなわれる。しかしそれぞれの『思考』自体は、ほかのことについてなにも知らない……。この理論は、ひとつの『思考』がほかの『思考』を導くことで『選択』をもたらす、という考え方には異を唱えるものです。しかし、私たちの『意識』そのものはなにも決定しておらず、行動の方針すら導いていないとすれば、私たちの『意志』はどこにあるのでしょうか?

意志の行方

かつて哲学者カントは、自らの理性の自由によって規定される意志を『自由意志』と呼びました。しかし、私たちはつねに理性的判断を下しつづけているわけではありません。たとえば、このような場合はどうでしょうか。

2つのレモンティー、どちらを手に取る?

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「なぜそちらを選んだのか」と問われたとき、おそらく私たちは「なんとなく」としか答えることができないでしょう。このように説明のつかない選択をおこなったとき、カントの定義に拠るならば、私たちには『自由意志』がないということになってしまいます。

しかしモーセラ氏の理論に従うなら、このような場合でも『意識』のなかで『思考』が『情報』に作用しただけにすぎない、と説明することができます。いいかえれば、作用の結果、『意志』と私たちが呼んでいるものが生まれたと考えることもできるでしょう。そうである以上、選択の理由を述べることができなくてもしかたない……。こうなると、私たちが理性的判断と呼んでいるものも、それがたまたま言語で説明できる状態になっただけなのではないか、という気すらしてきます。

『意志』があるとも、ないともいえない。脳内会議が行われたのだとも、直感が降りてきたのだともいえる……。『パッシブ・フレーム』、すなわち受動的枠組みとしての『意識』とは、ある決定を下す装置ではなく、『思考』が『情報』に作用するなのかもしれません。

禁じられた思考

一方でモーセラ氏は、『意識』のシステムの落とし穴にも言及しています。それは『意識』そのものに、たとえば「考えるべきでない」などという倫理が存在しないことです。それゆえ、ほかの『思考』や行動などと関係ないところで、『衝動』が突如生まれてくる……。そうしたコントロール機能を『意識』は持ち合わせていないことになります。その上でモーセラ氏は、この理論が精神疾患の研究にも大きく貢献するものだと述べています。

まるでコップを選ぶように人を殺してしまったら? そこに意志はあるのか、罰することはできるのか。

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私たちが『意志』だと思っていたものは、じつは『思考』と『情報』の作用から生まれたものにすぎなかった。もしそれが真実ならば、結局自分自身では何も決めていなかったのかと、ともすれば暗い気持ちにもなりそうです。しかし救いがあるとすれば、『思考』と『情報』は、自らのものであるがゆえに、まだ自分自身のコントロールが利きそうだということかもしれません。

決定論

あらゆる出来事は、それに先行する出来事のみによって決定しているという説。

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つまるところ『意識』には、自分の思考と自分の持っている情報だけがある。すると、いかなる情報をインプットして何を考えるかが鍵になるわけで、『パッシブ・フレーム理論』のなかで自分の『意志』をコントロールすることもできるような気がしてきます。しかし、「この情報をインプットしたい」という欲望すら、すでに『情報』と『思考』の作用によって生まれたものだとしたら……。やはり、すべてはすでに決定されたことなのでしょうか。

REFERENCE:

You really CAN’T blame your consciousness for bad decisions: Study finds our internal ‘voice’ is far less powerful than thought

You really CAN’T blame your consciousness for bad decisions: Study finds our internal ‘voice’ is far less powerful than thought

http://www.dailymail.co.uk/sciencetech/article-3136636/You-really-T-blame-consciousness-bad-decisions-Study-finds-internal-voice-far-powerful-thought.html

Consciousness has less control than believed, according to new theory

http://news.sfsu.edu/consciousness-has-less-control-believed-according-new-theory

カント『純粋理性批判』を解読する

https://www.philosophyguides.org/decoding-of-kant-kritik-reinen-vernunft/

自由意志 – 哲学的な何か、あと科学とか

http://www.h5.dion.ne.jp/~terun/doc/jiyuu.html

自由意志 – Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/自由意志

決定論 – Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/決定論