ひとり部屋で本を読んでいるとき、思わず手に汗握ってしまう。なんだか心臓も高鳴っている気がする。なぜ本を読むだけでこんな気持ちになるのだろうか? 私たちが小説から『サスペンス』を感じる仕掛けに、スタンフォード大学の『文学ラボ』が迫っている。

We all know the feeling of suspense. But why do we experience such an intense emotion when reading a book?

サスペンスを生み出すものとは

スタンフォード大学のマーク・アルジー・ヒューイット氏は、研究の目標について「われわれが『ある美しいもの』に直面したとき、結果を知っていてもなお緊張・興奮を感じるのはなぜか、という問いを明らかにすること」だと述べた。実際に文学研究の現場では、物語の展開を知る読者が継続的に緊張感を得られることは大きな疑問だという。

たとえば小説を執筆するのは作家、映画をつくるのは脚本家や監督たちである。しかしいずれの場合も、クリエイター本人が読者や観客に直接緊張を与えているわけではない。すなわち私たちは作品から『なにか』を読み取り、勝手に緊張したり恐怖したりしているにすぎないわけだが……では、その『なにか』とはなんだろうか?

サスペンスは人それぞれ……ではない

今回、研究チームは小説を対象として『サスペンス』の正体に迫っている。研究ではデジタル・ヒューマニティーズ(人文学的問題を情報学的手法で解くこと)の観点が重要視されたことからも、『サスペンス』なるものをあくまで科学的に解き明かそうという意図がわかるだろう。

しかし、そもそも『サスペンス』の感覚とは読者の気持ちに依存するものだ。したがって、文章に対する読者の反応をデータに組み込むため、まずは読者それぞれの読書体験を観察・記録する作業が必要だった。たとえば緊張感を得られた度数を段落ごとに10段階で評価するなど、その作業にはあらゆる方法が採られている。

読者の気持ちを『記録・測定する対象』として捉える

研究メンバーは「緊張感や個人の好み、愛着を『客観性』を理由に捨ててしまわない方法」と述べている。

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この調査ではいくつもの短編小説が使用されたが、その読書体験に関する個人の『サスペンス』評価点を分析したところ、点数の程度こそ人によって異なれども、点数が増加・減少するポイントは合致したという。すなわち、いかなるものに緊張を感じるのか(感じないのか)、また物語の起伏については、あらゆる読者に広く共通するものであることがわかったのである。

『サスペンス』の正体見たり

研究チームは、読者が『サスペンス』を強く感じたポイントにもっとも強く関係していた題材と言葉を分析している。すなわち、そこでいかなる内容がどんな言葉で語られていたのかに踏み込んだのだ。その結果、サスペンスフルな一節では『突然の襲撃』・『銃』・『犯罪』・『劇的な天候』が語られることが多い傾向にあったという。また使われていた言葉には、想像に関するもの(「思った」など)、五感に関するもの、また身ぶりに関するもの(「もがいた」など)が多かった。

このことから研究チームは、『サスペンス』の特徴は「物事の実際がどうか」ではなく「物事がどのように感じられたか」を示す言葉にあるとしており、マーク氏も「そうした言葉は認識論的不確定性を生む」と述べている。彼いわく『サスペンス』のテキストとは、存在論的不確定性の有無にかかわらず、またすでに読んだテキストの存在論的確定性を忘れずとも、読者が“不確定性”を体験できるものだそうだが……ちょっと何言ってんのかわかんないです

では、いっそこんな例え話で考えてみるのはどうだろうか。

ある大雨の夜、主人公の探偵は銃を持った男に追われていた。探偵は懸命に逃げながらも電話で助手に助けを求めると、偶然開いていたビルの一室に飛び込んだ。内側からドアの鍵を掛けて、机の下に隠れる。男が去るのを息を殺して待っていると、突然ドアが叩かれる音が聞こえた。繰り返しドアを叩く音はだんだん強くなっていき、今にも破られてしまいそうだ。

問題は事実がどうかではなくそれが『どのように感じられるか』だ。そこでは、人物の「○○かもしれない」という感覚や思考が読者とシンクロし、またその身ぶりは人物が置かれた状況を身体感覚のレベルで読者に伝えるだろう。言いかえれば『サスペンス』のテキストには人物の五感・思考や状況が示されており、それこそがサスペンスを、すなわち読者の緊張や不安を喚起する

つまり先述の例え話でいえば、ドアの向こうにいるのは銃を持った男かもしれないし、探偵の助手かもしれないし、それ以外の誰かかもしれない。しかしここでは、探偵が机の下に隠れ、息を殺して待ち、ドアが叩かれる音を聞くという行為そのものが重要である。実際にドアの向こうにいるのが誰か、という事実はその間の緊張や不安には関係しない。なぜなら緊張や不安を生むのは「男が来ているかもしれない・ドアが破られるかもしれない」という点だからであり、また少なくともドアが破られるまで探偵は安全だろう。

『サスペンス』のテキストとは、そんな状況やそこにいる人物の思考や感覚を読者に見せたり体験させるものだ。読者はドアの向こうにいるのが誰であろうと、また探偵が死なないことを知っていても、やはりドキドキしてしまうだろう。

ホラーも同じような仕組み

たとえばホラー映画でも「よくわからないものが映っている」ほうが怖かったりする。

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KENNETH BARKER – Licensed Under Creative Commons Attribution 2.0 Generic

タブーに挑む?サスペンスを体感するプログラム

ともあれ小説における『サスペンス』を生み出すのは、読者に“不確定性”を体験させるような言葉である。これを突き止めた研究チームは、プロジェクトを次なるステージに進めていた。彼らはそうした言葉の特徴をもとに『仮想読者』、すなわち文章から『サスペンス』の要素を検知するプログラムを開発しようと試みたのである。

『仮想読者』の開発にはニューラルネットワーク(特定の対象物の分類法があらかじめ入力されており、新たな対象物の識別・分類を自身で学習するプログラム)が使用されていた。研究チームは、先述の『サスペンス』に関係する題材や言葉、また読者の評価点が高かった場面のデータから対象物を分類するようプログラムに学習させていたという。その後、実際に初出のテキストを読み取らせたところ、じつに81%の精度で『サスペンス』を識別することができた。

プログラムはテキストを識別するとき『話題』と『言葉』に依拠した。

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もちろん実験は成功……のはずだが、マーク氏は「ショックだった。これはうまくいってはいけなかったんだ」という。「主観的・感情的なものをテキストの形式的特徴からいくらか予想できるという事実には想像以上に驚かされた」とも話しており、まさか本当に識別できるとは思っていなかったのかもしれない。

これまで『サスペンス』を生み出す題材や言葉は、おそらく作家たちの……ともすれば個人の『秘伝』でもあったはずだ。その仕掛けがこうして示されたことは、果たして未来の作家たちの役に立つものだろうか? その一方、プログラムの識別がさらに正確になれば、マシンがサスペンス小説を書くことも不可能ではなくなるだろう。しかし記者としては、優れたフィクションの創り方が続々と明らかになってもなお、作家という生き物にしか書けないもの、ある作家個人にしか書けないものがあると信じたいところだ。

REFERENCE:

Stanford Literary Lab uses digital humanities to study why we feel suspense

Stanford Literary Lab uses digital humanities to study why we feel suspense

http://news.stanford.edu/news/2016/february/literary-lab-suspense-021816.html

デジタル・ヒューマニティーズ(人文情報学)

http://agora.ex.nii.ac.jp/~kitamoto/research/dh/