テクノロジーの発達により、人間は死んでなお、生前の声を組み合わせて『話す』ことができるようになったり、性格のプログラミングによって、ロボットとして甦ることのできる可能性が示唆されるようになりました。近い将来、私たちは、肉体や魂が滅びてもなお『生きる』ことができるようになるかもしれません。

もっとも、これまで『肉体を永久に残す』ことはほぼ公に取り上げられてきませんでした。もっとも、それは基本的に不可能なことなのです。しかし今回、ある女性の肉体が『永久に残る』ことになりました。それは奇しくもテクノロジーの発達によって、『デジタル化』という方法で実現されたものだったのです。

An American woman’s body has been reconstructed digitally from very thin slices, creating a model for experiments too risky to try on the living

Visible Human Project

人間の身体を断面図にして、デジタル化することで『永久に残す』。“Visible Human Project”、すなわち「人間の可視化計画」とでも訳すべきでしょうか。当初は医療教育のために開始されたこのプロジェクトは、のちに生きている人間(生体)では不可能な実験を実現することも目的となりました。

プロジェクトが開始されたのは1980年代。ジョセフ・ポール・ジャーニガンという39歳の死刑囚と、アメリカ・メリーランド州の、心臓病で亡くなった59歳の女性が被験体でした。ふたりの遺体は、まずCTスキャンとMRIによって画像化されたのち、冷凍されて薄く切られています。

断面図

ジョセフ氏の遺体は1ミリ程度ずつ、女性の遺体はその3分の1程度まで薄切りされた。

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New Scientist

プロジェクト開始から10年以上が経過した2010年、ジョセフ氏の肉体のデジタル化が完了しています。しかし、彼のデータにはある『倫理的問題』がありました。ジョセフ氏は自ら肉体の提供を望んでいたものの、どのように使用されるかは聞かされていなかったのです。また、彼のデータには盲腸・睾丸・数本の歯がなく、その脳はたいへん腫れていたために、その部分は生体ボランティアのデータに差し替えられていました。

マサチューセッツ州ウースター工科研究所のセルゲイ・マカロフ氏らが率いる研究チームは、断面図の写真をまとめることで『肉体のデジタル化』に取り組んでいます。メリーランド州の女性の『肉体』は、約5,000枚もの写真でできており、それは鼻の軟骨など14ヶ所に欠落があるものの、じつに231の部位を網羅した史上もっとも詳細なヒト組織のデータだといわれています。

頭から足先まで、断面図を動画で

解剖学的な正確さのため、5人の専門医による監修を受けている。既存の方法より高い解像度と色情報を持つゆえ、身体の構造を正確に区別できるという。

データの使用可能性

“Visible Human Project”でつくり出された『デジタル化された肉体』は、MRIスキャンの約10倍もの情報をもっているといいます。その情報量は、生体では実現できない、いわば危険な実験のシミュレーションにも用いられているのです。

たとえば、肉体の密度や熱伝導率などの正確な数値を参照することで、放射線が肉体に与える影響を計算できるほか、身体に人工股関節などの金属を埋め込んだ者たちを、MRIなどでスキャンすることの影響も分析できるようになりました。研究チームのアラ・ナザリアン氏は、『デジタル化された肉体』について「ヒト組織について、人体実験を用いず研究するための大いなる機会」だと述べています。

金属股関節

金属はMRIスキャナ内で加熱されてしまうため、そうしたものを埋め込んだ者たちをスキャンする最善策はいまだ明らかになっていない。

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人工関節ライフ

ほかにも、より信頼性の高い乳がん検査の開発、長期にわたる携帯電話の使用が脳に与える影響の分析、うつ病や統合失調症の治療に用いられる『経頭蓋直流刺激』の安全性評価など……。肉体のデジタル化の恩恵は、研究レベルのみならず、実際の臨床現場にももたらされているといいます。

オープンソースの『フランケンシュタイン』?

“Human Visible Project”で被験体とされた59歳の女性は肥満状態にありました。しかし、いまや彼女の身体はデジタル化されているため、研究者たちは皮膚や脂肪をより薄くしたバージョンもすでに作成したということです。また、彼女の『肉体』はオンラインで公開されており、データはソフトウェアで自在に変更することができます。永久に残る肉体は、もはや場所に囚われることすらなく、いまや誰もが自分の手元に置いて実験を行えるというわけです。

かつて小説『フランケンシュタイン』では、博士は生命の謎に迫るべく、理想の人間を研究する果てに怪物を生み出してしまいます。もっとも『デジタル化された肉体』は、劇中の怪物とは違ってすでに生きてはいませんし、その姿の醜さなどで語られるようなものでもありません。しかし、誰にでも書き換えられる、実験できる『肉体』は、もはやオープンソースの『フランケンシュタイン』といってもいいでしょう。

フランケンシュタインの怪物

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©freevector

かつてデジタル化された死刑囚の男性は、肉体がどのように使用されるか伝えられていなかったゆえに『倫理的問題』となりました。しかしその一方で、女性の肉体はいまや誰がどこでどのように変更を加えているかわからない……。ちょっとアンバランスな気もしますが、いずれにしても、こうして『肉体』が永久に残ることは、将来的にも大きなメリットを生むでしょう。もっとも、そんな方法で自分の身体を残したいと思うかどうかは、あきらかに別問題なのですが。

REFERENCE:

Virtual human built from more than 5000 slices of a real woman

Virtual human built from more than 5000 slices of a real woman

https://www.newscientist.com/article/mg22730404-000-virtual-human-built-from-more-than-5000-slices-of-a-real-woman