中古車ディーラーの店先や市・区レベル主催の子供向けイベントの入り口付近、屋外の催し物会場などでたまに見かける、足下につけた送風機で送られた風で立っていて、原色ベースのカラーリングで、激しく目立って揺れているあの人形、『あの人形』の事を皆さんはなんて呼んでいますか?

あの人形

説明が難しい。

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きっと心の中にはそれぞれ、思い思いの名前があるはずです。「どうでもいい」「別に無かった」なんて思ってはいないはずです。一体あの人形はなんという名前なのでしょう?そしてどこからやってきたのでしょう?

そのルーツは南米の島、トリニダード・トバゴにありました。

伝説の『あの人形』

トリニダード・トバゴ共和国

面積は5128km2。愛知県とほぼ同じ。

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トリニダード・トバゴ共和国は南米大陸の北岸、カリブ海に浮かぶ島国です。小さなこの国は、全世界に自慢できる素晴らしい文化を持っています。

それは毎年2月か3月の二日間に行われる『トリニダード・カーニバル』。ブラジルのリオのカーニバル、イタリアのヴェネツィアのカーニバルとともに、世界三大カーニバルの1つとしても知られるカーニバルです。パレードでは仮装した人々がバンド(集団)を組んで、首都ポート・オブ・スペインの街並を踊りながら練り歩きます。

外国人でも参加料を払えば、衣装をもらって一緒に踊れる参加型のお祭り。開放的。

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阿波踊りの『連』もバンドの一種かも。

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メインのパレード以外にもキッズパレード、泥塗りパレード、スティールバン(金属製の太鼓)コンテスト、カリプソ(カリブ海の音楽)コンテストなどなど、パレードとコンテストの目白押し。その中でも一際盛り上がるのが、バンドの芸術性やクオリティを競う『キング&クィーンコンテスト』です。このコンテストで優れた成績を残したバンドは『キングオブザバンド』『クイーンオブザバンド』と呼ばれ、大変な名誉を得る事ができるのです。

そんなこの国には、バンドを装飾する巨大な衣装や造形物の作成を専門とした『トリニダード・カーニバルアーティスト』と呼ばれる芸術家達がいます。中でもPeter Minshall氏は数多くのキング、クイーン受賞歴を持つ、売れっ子のアーティストでした。しかし1980年代終わりの数年間、彼の作品はキングやクイーンを生み出す事ができずにいました。そんな状況を打開したのが……

『Tan Tan and Saga Boy(タンタンと伝説のあいつ)』(1990年)

出た。

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あの人形です。音楽に合わせて踊り狂うあいつの姿に度肝を抜かれた人々は、Minshall氏に惜しみない称賛を送りました。彼はその年のキングとクイーンをダブルで受賞し、さらなる評価を手にする事ができたのです。

しかし彼と彼の人形の伝説は、これで終わりではありませんでした。

ノッポの『あの人形』

1995年、彼のもとにさらに大きな仕事が舞い込みます。それは来年に行われるアトランタオリンピックの開会式で、今や彼の代名詞となっていた巨大人形を披露して欲しいというものでした。実は1990年時点での人形はまだ今の形に至っておらず、人力によって踊らされていました。

下の黒子が動かしている。

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彼は晴れの舞台に向けて試行錯誤を重ね、素材やデザインの改良を行いました。その結果ついに、下に取り付けた送風機から風を送り込む事によってくねくねと踊る人形、あの人形が完成したのです。人形はMinshall氏によって『tall boys(ノッポのやつ)』と名付けられ、オリンピックの開会式で華々しく世界デビューを飾ったのでした。

全世界が初見のやつ。

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Minshall氏のこの成功の影には、デザイン、プロモーションの両面で力を貸した人物がいました。ロサンゼルスに拠点をおくイスラエル人デザイナーDoron Gazit氏です。彼の尽力無しに、この人形は世に出なかったといってもいいでしょう。しかし……

増える名前

オリンピックの後、Gazit氏は人形の機構とデザインの特許を彼の企業で申請し、勝手に『flyguys(飛ぶやつ)』と名付けてしまったのです。その事で、Minshall氏とGazit氏の間に少しトラブルが起きてしまいました。2001年、tall boys/flyguysの争いです。

さらに恐ろしい事に、世間の状況はそれどころではなくなってきていました。すでにあの人形がどんどん他の企業によってまねられ始めていたのです。Gazit氏はそれらの企業から特許料を取り、使用許可を出していきました。こうして数々の類似商品が大手を振って世に出回る事になり、次々と名前が増えていったのでした。

この企業では『Air Dancers』

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中国企業のサイト。『スカイダンサー』『エアーダンシング人形』同一企業内でも二つの名前が入り交じる。

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彩楽製品会社

日本の『Sky Dancers』。左からオレンジ、レディ、てへぺろちゃん、スタンダード、ウィンク、ハンサム君、燃える君、ムッシュ。

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結局のところ、『あの人形』の名前はどうなったのでしょうか。芸術作品とみれば『tall boys』なのでしょうか。特許の名前とみれば『flyguys』なのでしょうか。はっきりとした名前が無いまま普及が進み、様々な商品名が付けられてしまったようです。

しかしこうして色とりどりのラインナップを眺めているとひとつ、気づいたことがあります。それは、全てのものにきちんと名前が決まっているというのも、なんだか味気ないものだという事です。名付けられないものが残る世界も、きっと素敵なのではないでしょうか?

もちろん、どうでもよくなったわけではないです。

かかしになると『Air Ranger』

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REFERENCE:

Episode 143: Inflatable Men