いわゆる『芸術作品』と呼ばれるものを生み出せるのは、なにか特別な才能を持つ人や、異なるスキルを持つ人々のチームに限られる……。ともすればそんなイメージがあるかもしれないが、未来の創作現場にはテクノロジーによる『知能』も関わってくるかもしれない。

先日ロンドン芸術劇場で、世界初『人間とマシンの合作』によるミュージカルが開幕したのだ。

new projects are challenging the question of computer creativity—like Beyond the Fence, the world’s first computer-generated musical, which opens at the Arts Theater in London today.

タイトルは『ビヨンド・ザ・フェンス』

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LONDON THEATRE DIRECT

『完璧なミュージカル』は創れるか

舞台芸術という分野は、これまでにもテクノロジーを積極的に取り入れようとしてきたところがある。たとえば日本でも、劇作家・演出家の平田オリザ氏率いる劇団「青年団」が、大阪大学の石黒浩氏と共同でロボット演劇・アンドロイド演劇を創作し、『彼ら』を俳優として舞台に上げたりもした。

しかしこの『ビヨンド・ザ・フェンス』は、テクノロジーを“使う”のではなく、テクノロジーとともに“創る”という試みである。人間と機械がコラボレーションして新作ミュージカルを創作する、それも最高に面白くまたヒットするミュージカルを……。このアイデアを思いついたのは、作曲家のベンジャミン・ティル氏とそのパートナーである俳優のネイサン・テイラー氏だった。ティル氏は2014年、自身の結婚式をミュージカルとして作り上げて話題を呼んだ人物である。

Our Gay Wedding: The Musical

長尺だがぜひご覧あれ。

このプロジェクトでは、『ヒットするミュージカル』を生み出すためのアルゴリズムが利用された。ティル氏らは、作品の準備段階から、物語・歌詞・楽譜の執筆に至るまでをコンピュータとともに行うというスタイルを採用したのである。

共同創作の内部に迫る

この『ビヨンド・ザ・フェンス』の創作における最初にして最大のポイント、それは作品の準備段階にあった。主にこの部分を担当したのは、ケンブリッジ大学の統計学者アレックス・デイヴィス博士らで、彼らは約2,000ものミュージカル作品から「どんな作品がヒットし、また失敗したか」を分析した。ズバリ、キーワードは1980年代のヨーロッパ・女性の主人公・戦争。さらに各幕の『見せ場』には印象的な楽曲があり、2幕目では『ある人物が死に至るまで』が描かれ、さらに強烈なコメディ・ナンバーがある……。

この結果をもとに、チームはロンドン大学ゴールドスミス・カレッジを訪れていた。アイデアを生成する『What-if マシン』に、物語の骨子と登場人物を提供してもらおうと考えたのである。一連の準備の結果、ティル氏とテイラー氏が選んだのは「傷ついた兵士が、真実の愛のために子どもを理解する方法を学ばなければならなかったら?」というアイデアだった。こうして素材は出揃い、ついに『ビヨンド・ザ・フェンス』の創作は本格的に始まったのだった。

『What-if マシン』を使うティル氏とテイラー氏。左は開発者のマリア博士。

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実際の創作作業

事前の準備で集まった材料をもとに、この時点の創作をけん引していくのは主にコンピュータの役割だった。最新のミュージカル研究をもとに既存の物語を脚色する『ProperWryter』が物語の核とプロット(全体図)を組み立てて、膨大なミュージカル楽曲を解析したソフトが音楽素材を提供し、そして『CloudLyricist』が歌詞を自動生成している。一方のティル氏とテイラー氏は、コンピュータの創ったデータから実際に使えそうなものをピックアップしたり、欠けている部分の『穴埋め』に取り組んでいた。

『CloudLyricist』

しかし生成された歌詞は残念ながらほとんどがひどいものだったという……。

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なにはともあれ、こうした共同作業のなかで『ビヨンド・ザ・フェンス』の物語は完成した。

1982年9月。メアリーと娘ジョージは、イギリス・グリーナムコモン女性平和キャンプ(米軍基地の周囲に張られたキャンプ)での生活が1年を迎えたことを祝っていた。彼女たちの団体は、米軍による巡航ミサイル配備に非暴力抵抗を貫いていたのである。ある時メアリーは娘を失う危機に直面するが、彼女の“思ってもない味方”は米軍の飛行兵だった。自らの理想を守りながら、娘のために、彼女はベストを尽くすことができるのだろうか?

実際に戯曲を執筆する作業はティル氏が担当していた。彼が草稿を数週間で書き上げたのち、チームはその後数ヶ月かけて作品を仕上げている。ティル氏が以前の作品で草稿を書き上げるまでにおよそ1年かかったことを考えると、コンピュータによる事前準備の数々はまず功を奏したというべきだろう。

人間とマシンの役割分担

『ビヨンド・ザ・フェンス』の創作において、コンピュータは最終的に作品の事前準備と作詞・作曲の25%を担当した。スタンフォード大学教授のジー・ウォン氏は、このプロジェクトが「何が人間にできて何をマシンに託せるのか、その境界を探るもの」だという。そして実際の創作では、データの処理に強いコンピュータと『取りまとめ』に長けた人間の双方の強みが出ていた、と述べている。

『ビヨンド・ザ・フェンス』稽古の様子

今後は稽古場にコンピュータが介入してくる可能性もある?

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『ビヨンド・ザ・フェンス』は先日開幕し、プレビュー公演を終えている。今のところ、観客からは作品がコンピュータによって創られたことに関する意見はほとんど聞かれず、ほかの作品と同様にその物語についての議論が起きているという。コンピュータが創作に携わったということが色眼鏡で見られていないことは、作品にとっては何より幸福なことではないだろうか。

では、このミュージカルは果たしてヒットを収めることができるのだろうか? 結果はロンドンでの公演が終わるのを待つしかないが、今はこの世界初の『人とマシンの合作』プロジェクトが無事に終わったことをひとまず“成功”と呼びたい気もする。ぜひ第2弾・第3弾の企画を……と言いたい気もするが、どうやら人間サイドにはストレスもあったようだ(ティル氏は「創作の重要なプロセスを放棄するのはやや不快だった」と述べている)。まず間違いないのは、マシンよりクリエイターの方が厄介ということかもしれない。

REFERENCE:

Can Machines Write Musicals?

Can Machines Write Musicals?

http://www.vice.com/read/can-machines-write-musicals

A Computer-Generated Musical Will Premiere in London Next Year

http://mentalfloss.com/article/71890/computer-generated-musical-will-premiere-london-next-year

Beyond the Fence – A New Musical

http://beyondthefencemusical.com/