米国の実業家レイ・カーツワイルは2045年には真に知能のあるAI『強い人工知能』の誕生や人間の意識をコンピュータ上に記述することができるようになる時点、技術的特異点(シンギュラリティ)がおとずれ、これまでの人類の傾向に基づいた人類技術の進歩予測は通用しなくなると予言しています。

真に知能があるとは、という議論はひとまず置いておいて、この『強い人工知能』は知能を持っているにも関わらず生物学的に見て生命とは認められません。というのも、生物学的な生命とは代謝と自己複製を行う存在であり、人工知能は代謝を行わないからです。しかしだからといってドラえもんやアトムが生命ではない、と言うのは些か乱暴な気がします。なので、もしシンギュラリティがおとずれれば、科学は生物学的な生命とはまた違った新しい生命の概念を生みだすこととなるかもしれません。

機械は友だちになれない。

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©藤子プロ・小学館

さて、そのような生命の概念が変わるほどに大きな変化に対して、生命あるいは人間のあり方を問う宗教はどのような対応をするのでしょうか。各宗教が実際にどのような対応をするかはわかりかねますが、教義に基づいて予測をすることはできます。

米国のニュースサイト『MOTHERBOARD』にて、シンギュラリティが起きて人間の意識をコンピュータ上に記述できるようになった時の各宗教の対応を予測したコラムが書かれています。今回はそれになぞらえ、『強い人工知能』が生まれた時に各宗教が『強い人工知能』を生命と認めうるのかを考えてみようと思います。

As a religion journalist, I believe it’s possible to predict how the leaders of the major world faiths might react to the Singularity based on relevant doctrine.

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教はどれも生命、人間の定義に関しては旧約聖書に基いており、旧約聖書では人間や生命は神によって作られたものなので人によって作られたコンピュータ上の意識に『魂』が宿っていると考えることは難しいだろう、とコラムでは述べられています。

旧約聖書の創世記ではあらゆる生命は神によって作られ、さらに神は他のあらゆる生命を統治するよう人間を作ったとしています。ならばコンピュータ上の意識と同様に人によって作られた人工知能は旧約聖書に基づけば生命とはされないようです。

考古学を元に再現された1世紀のエルサレム

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教はどれも旧約聖書を聖典とした宗教であり、いわばこの三つの宗教は兄弟関係にある。

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トランスヒューマニズム

宗教は時代とともに解釈が分かれ、それによって同じ教典を基にしながら別々の信仰をすることがあります。それと同様にキリスト教なども、旧約聖書の解釈を変えることによって人工知能を認められるようになるかもしれません。

実際、トランスヒューマニズムと呼ばれる、新しい科学技術を用い、人間の身体と認知能力を進化させ、人間の状況を前例のない形で向上させようという思想と宗教とを混ぜ合わせた思想を持つ一部のモルモン教徒とキリスト教徒が、コンピュータ上に記述された人の意識を認める解釈を行っているようです。

このような考えを持つモルモン教徒は『コンピュータ上の意識は不死の存在となる過程の一つである』と述べ、キリスト教徒は『シンギュラリティによって私たちは肉体の死を避けキリストの再来を待つことができるようになったという意味で人間は神の寵愛を受けている証となる』と述べています。

シンギュラリティは神によって与えられたものだった?

人間の意識がコンピュータに記述できるのなら動物の意識も記述可能のような気がするが。

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どちらもコンピュータ上の人間の意識についてはうまく適応しているように見えますが、人工知能にとって肝心な、人間あるいは生命の定義については既存の宗教とほとんど変わっていません。せいぜい魂を移し替えることが可能となった、という程度でしょうか。旧約聖書を基にして、生命は神によって作られたものだ、とされている以上、これらの宗教では教義に基いて人工知能を生命と認めることは難しいようです。

ヒンドゥー教、仏教

今度は西洋の宗教とはかなり生命観の違うインド発祥の仏教について考えてみましょう。

ヒンドゥー教では個の根源となるアートマンが意識の最も内側に存在するとされ、アートマンは不滅の存在であり肉体を超えた存在なのでコンピュータ上に意識を移すことさえも輪廻の一つと考えればシンギュラリティと相反することはないとコラムでは述べられています。

この考え方に基づけばアートマンが人工知能に乗り移った、何者かが輪廻によって人工知能に生まれ変わったと考えればヒンドゥー教では人工知能を生命と認めることができます。しかし、コンピュータ上に記述可能なものは全て簡単にコピーをすることができます。

全く同一のデータを持った人工知能に別々のアートマンが宿っていると考えることも、アートマンもコピー可能な存在であると考えることもできますが、だとすると『個』とは、アートマンとは一体なんなのかという疑問が生まれます。ヒンドゥー教の教えに則ればアートマンは全宇宙を支配する原理、ブラフマンと同一なのでコピーであろうと別々であろうと問題がないような気もするのですが、そこまでいくとそもそも個という概念自体が必要ないもののように思えてきます。

アートマンがコピーにできるのなら個が全であるという悟りに一歩近づけるかもしれない。

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それに対して仏教の教えでは個というものが存在しません。個は存在しませんが、それでも生命の定義は与えられています。仏教において生命があるとは『識』、すなわち認識する心を持っているか否かによります。ちなみにこの『識』は見たり聴いたりという『感じる』ということとも『考える』ということとも違う、悟りを得るための段階上でその存在を認識できるようになるもののようです。つまり悟りを得た、あるいはその途上にいる人にしか人工知能が生命であるかどうかを判断することはできないようです。

人工知能が『識』を持つとはどういうことなのかという問いは冒頭の『強い人工知能』の定義への問い、真に知能を持つとはどういうことか、という問いに非常に似通う。

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なんとなく煙に巻かれたような気分です。偉い人が認めたら認める、で人工知能が生命として認められるのであれば他の宗教でも人工知能が生命として認めることが可能のような気がしてしまいます。

宗教のアップデート

このように見ていくと仏教とヒンドゥー教にはある程度の柔軟さはあるものの、既存の主要な宗教では人工知能を教義的に生命と認めることができるとは言いがたいかもしれません。それというのも仕方のない話です。宗教の教義を考えた人たちも一千年以上後に生まれる人工知能という新しい生命の概念など、これっぽっちも考えなかったであろうし、当時は考える必要もなかったのですから。どれかの宗教が真実であるとするのなら当時の人には難解すぎるし生命の新しい概念をもたらすのは危険だと判断して伝えなかったのかもしれません。

しかし、今は21世紀。人類は人工知能という概念を理解していて、人工知能が実現する世界はもうすぐそこまで迫ってきているといわれています。シンギュラリティがおとずれれば既存の生命観に変化をもたらすように、シンギュラリティがおとずれた未来では宗教も同様に変化する、あるいは全く新しい宗教を生み出す必要があるのかもしれません。

REFERENCE:

How Would the World’s Religions Respond to the Singularity? | Motherboard

How Would the World’s Religions Respond to the Singularity? | Motherboard

http://motherboard.vice.com/read/how-would-the-worlds-religions-respond-to-the-singularity

パーリ語仏教用語集 PAÑCAKKHANDHA:五蘊

http://www.j-theravada.net/pali/key-pancakkandha.html

人工知能研究

http://www.ai-gakkai.or.jp/whatsai/AIresearch.html

強いAIと弱いAI – Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%B7%E3%81%84AI%E3%81%A8%E5%BC%B1%E3%81%84AI

口語訳聖書(新約および旧約 索引)

http://bible.salterrae.net/kougo/html/

エルサレム – Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%82%B5%E3%83%AC%E3%83%A0

トランスヒューマニズム – Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%92%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%8B%E3%82%BA%E3%83%A0