遠く離れた月で親指を立てると、
親指の裏に地球が隠れる。
すべてが隠れる。
愛する人たちも仕事も地球自体の問題も、
すべて隠れてしまう。
我々は何と小さな存在だろう。
だが何と幸せだろう。
この肉体をもって生まれてきて、
この美しい地球で人生を謳歌することができて。
(宇宙飛行士James Arthur Lovell Jr.)

かつて冷戦時代、宇宙開発の分野においてソビエト連邦としのぎを削ったアメリカは膨大な予算、人員、時間をつぎ込んでアポロ計画を遂行し、1969年から1972年まで6回の月面着陸に成功しました。その時、月から観測された地球のほんの小さな姿は私達の意識にも大きな影響を与え、かけがえのない地球の環境を守っていこう、平和を保っていこうと考えるきっかけになったといわれています。人類に技術的産業的軍事的な躍進をもたらした宇宙開発はまた、意識の面においても大きな変革を生んだのです。

さてそれより40年、すっかりなりを潜めていた(ようにみえた)宇宙開発は当時とは全く異なる方向へ、野望欲望うずまくレース&エンターテインメントとして再び産声を上げました。2007年スタート、この史上最大のコンテストは今も世界中の宇宙開発、フロンティアスピリットを熱く燃え上がらせているのです。

それが!

目的地はあの月、あのGoogleがスポンサーとなって史上最高総額3000万ドルの懸賞金を提供し、何から何まで全く全てが史上初のロングでビッグなコンテスト『Google Lunar Xprize』なのです!

……と威勢よく始めてみましたが、なんせ今や国家予算を湯水のように使うわけにはいきません。Google Lunar XprizeはXprize財団が運営を行っている『民間による』宇宙開発レースです。国家からの資金提供は開発費の10%以下と制限が決められています。あくまで企業、大学など民間主体での開発なので、きちんと帳尻を合わせる事が求められているのです。

ロケットの打ち上げだけでも約1000万ドルかかるといわれるスペースフロンティア、各参加チームはスポンサーを捜し、イベントを開き、クラウドファンディングを起こし、と資金集めに奔走しています。それらも全てレースのうちなのです。

企業を立ち上げて月へ行こう

折角宇宙の話をして広がった夢も、結局お金……。しぼんでしまう人もいるかもしれません。しかし果たしてそうでしょうか。むしろ逆なのではないでしょうか。宇宙開発は国のもの、特別な、遠い世界の出来事であった昔に比べると、随分近くにやってきているのではないでしょうか。

各チームは、このレースで勝って名を上げたいのは無論の事でむしろその先、宇宙開発事業に食い込んでビッグなパイを手にするつもりです。その時のためにも、お求めやすいコストで継続可能な長期計画を見据える事が必要になってきます。開発を続けていく事、そのためにはうまく資金を回す事、回す技術を開発する事……ここが未来の宇宙開発、そしてこのレースの肝なのです。安価に、確実に、何度も月に行く。まさに来るべき宇宙民営化時代への第一歩なのです。

“Doing Impossible Things” – Google Lunar XPRIZE Team Summit 2013

「やってやる」の顔しかいない。

勝利条件&エクストラボーナス

各参加チームには資金、技術両面の制限を見事乗り越え、最終締め切りである2016年12月31日までにロケットを打ち上げて以下の勝利条件を最も早く達成する事が求められています。

・無人探査器を月面に無事着陸させる事。(着陸)
・着陸地点から500m以上移動する事。(移動)
・万人が楽しめる高解像度の動画データを地球に送信する事。(撮影)

この3条件を一番最初に達成したチームに優勝賞金2000万ドル、次に達成させたチームに500万ドルが与えられるのです。さらに以下のボーナスミッションを満たす事で、最高400万ドルの追加ボーナスが得られます。

賞タイトル ミッション内容 賞金額
Apollo Heritage Bonus Prize アポロ計画で月面に残した機器を撮影する 400万ドル
Heritage Bonus Prizes アポロ計画以外の宇宙開発で月面に残した痕跡を撮影する 100万ドル
Range Bonus Prizes 着陸地点より5000m以上移動する 200万ドル
Survival Bonus Prizes 地球換算で14日間続く厳しい月の夜(-170℃)を耐え抜く 200万ドル
Water Detection Bonus Prizes 水または氷を発見する 400万ドル

また個性的な設計の探査機を製作したチームには、Diversity Prizes(個性的賞)として100万ドルが与えられます。当然どこのチームもこれらの達成を目論んでいる事でしょう。

先月26日、2016年末の最終期限を二年後に控えたこの日に、着陸、移動、撮影の各部門において中間賞を獲得した5チームが発表されました。開始より参加を表明していた34チームも、次々と撤退、分裂、合併を繰り返し、この日まで探査機開発を続けているチームは残り23。熾烈な宇宙開発レースもいよいよ大詰めです。それでは中間賞を獲得したチームとその着陸船(ランダー)、探査機(ローバー)を順番に紹介していきましょう。

Astrobotic

チーム 着陸賞 移動賞 撮影賞
Astrobotic アメリカ $1,000,000 $500,000 $250,000

全部門で中間賞獲得。アメリカはペンシルバニア州ピッツバーグを本拠地とし、宇宙ロボット工学と星間飛行サービスを専門とする企業です。

Astroboticの着陸船である『Griffin』は、2015年10月打ち上げの地球軌道ロケットSpaceX Falcon 9に搭載されて宇宙に飛び出し、そこから再射出されてわずか4、5日で月へと向かいます。

着陸船Griffin

鷲の上半身、ライオンの下半身をもつ伝説生物グリフォンになぞらえている。

image by

astrobotic.com

Griffinには、電波レーダー、太陽センサー、スタートラッカー、慣性測定器等の機器が搭載されています。月への接近に合わせ、Astrobotic社独占技術である自動着陸システムによって正確なナビゲーションが行われます。まずNASA撮影の月面画像と船外カメラからの映像を比較検討する事で最も着陸に適した地形を決定します。さらに月面の際までいくと、レーザーセンサーを用いて月面を3Dモデルに構成し、岩や傾斜などの障害を分析する事で安全に着陸を行います。

探査機Red Rover

image by

astrobotic.com

また現在すでにAstroboticは、星間飛行サービスのはしりとして『MoonMail』なるビジネスを始めています。これはAstroboticに依頼する事によって、$460から$26,000まで大小によって料金の幅はありますが、家族の写真や家宝の指輪など依頼者の大事な品物をGriffinに搭載して月面まで輸送して着陸地点に置いてくるサービスです。

とても分かりやすいMoonMailのサイト。一見の価値あり。

image by

astrobotic.com

Part-Time Scientists

チーム 着陸賞 移動賞 撮影賞
Part-Time Scientists ドイツ $500,000 $250,000

通称PTS、世界中から名乗りを上げた物理学、IT、電気工学、機械学、ソフトウェア開発など多岐にわたる分野の科学者、技術者、起業家数十人で構成されている大集団です。移動、撮影の2部門で中間賞獲得です。本部は一応ベルリンにあるのですが、共同作業は主にインターネットを介して進められているようです。

ただPTSの着陸船となるIsaacはまだ模型しか発表されておらず、開発段階は明らかになっていません。
しかしこのチームが他の先をいくのはその探査機、その撮影技術です。PTSが誇るローバー『Asimov』の小さな頭部に備えられた3つのカメラには、ユーロの先端技術が詰め込まれています。

着陸船Isaac

2週間かけて月の軌道に乗る予定。

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ptscientists.com

探査機Asimov

カメラはそれぞれ役割が異なる。

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Google Lunar XPRIZE

外側に位置する2つのカメラは、まるで動物の目のように周囲の環境を立体的に捉える事で、月面の走行を安全にサポートする役目を担っています。

両眼で捉えた映像

image by

Google Lunar XPRIZE

そして中心のカメラには地球に送る映像を、2048×2048ピクセルの超高解像度パノラマで撮影する使命が課せられているのです。

単眼で映し出されるパノラマ

PTSの中継は特にリアルタイムで見たい。

image by

Part-Time Scientists

またPTSは通信面においても、新しく画期的な深宇宙通信を構築する事で大きなアドバンテージを手にしています。それは世界に広がる衛星アンテナ同士をインターネットで繋ぐ事で、地球の自転や位置などに関わらず1年を通して探査機との交信を可能にした地球外クラウドネットワーク『COMRAY』です。

COMRAYは従来の通信の課題であったあらゆる地域、あらゆる帯域幅に対応しており、政府や商業の地球外通信に替わる安くて革新的な宇宙ネットワークとして期待されています。2012年にプロトタイプが作られ、今や全世界へと広がっているようです。PTSはこの自前の通信網を利用する事で、月や火星といった地球軌道外においても24時間絶え間なく安定した通信を行えるようです。

そしてさらに驚きなのは、月と地球間での送受信でCOMRAYに生じる遅延がわずか3秒以下だという事です。この通信網とローバーの二本立てで、500mの走行とHD映像送信は難なくこなせるだろうとPTSの面々は自信をのぞかせています。

Team Indus

チーム 着陸賞 移動賞 撮影賞
Team Indus インド $1,000,000 $250,000

インドはバンガロール、通称『インドのシリコンバレー』に拠点をおくTeam Indusは小さなベンチャー企業ですが見事、着陸と撮影の2部門で中間賞獲得です。

IT技術者であるRahul Narayan氏を中心に、宇宙への情熱にあふれる元空軍パイロット、会社経営者、航空技術者などが集まり、結成されました。当初ロボット工学の経験者はいなかったようです。

日本ではあまり知られていないかもしれませんが、実はインドはアジアにおける宇宙開発先進国です。インド宇宙研究機関ISROが開発した国産ロケット、PSLVは着陸船の安全な出発を約束してくれるでしょう。

ただTeam Indusが苦労しているのがこのPSLVに支払う輸送費です。資金も集めたい、開発もしたい。どこのチームも似たようなジレンマを抱えているとは思いますが、人数が少ないこのチームは今、特に厳しい正念場を迎えているようです。

インド国産ロケットPSLV

2014年には、アジアで初めて火星周回軌道に探査機を送り込んだ。

image by

teamindus.in

できるだけロケットに支払う輸送費を節約するためなのか、着陸船『HHK1』には、限界まで軽量化が図られている模様です。HHK1のスマートな足や飾り気の無いデザインからもその苦労が伺えます。

またTeam Indusは探査に際して2台のローバーを用意しています。1台はコンテストのメインミッション達成、もう1台はボーナス賞獲得に特化されており、もらえるものはきっちり頂く仕組みのようです。ちなみにローバーの重量は2台併せてたったの15kg。こちらも本番に合わせて、さらに絞り込んでくる事でしょう。

着陸船『HHK1』

ちゃぶ台っぽい。

image by

teamindus.in

Hakuto

チーム 着陸賞 移動賞 撮影賞
Hakuto 日本 $500,000

月に跳ねるは白ウサギ、日本からは『白兎』がエントリー、移動部門で中間賞獲得です。

2008年に宇宙開発経験者が集まって設立された日欧連合チームWhite Label Spaceが、2013年拠点を日本に移す事を機会にHakutoに改名、その後は東北大学宇宙ロボット研究所にて開発を指揮する航空宇宙工学教授の吉田和哉氏、資金調達、組織運営を担う経営コンサルタントの袴田武史氏の2名を中心としたメンバーで推し進められています。

Hakutoの売りは探査機、2台からなるDUALROVERです。走破力、通信能力、発電能力に優れた親ローバー『Moonraker』と機動性に優れた子ローバー『Tetris』。互いに能力を補いながら、月面の様々な局面に対応します。

4輪探査機Moonraker(左)と2輪探査機Tetris(右)

綱でつながる2台。

image by

ハクト/HAKUTO

2台のローバーは、『テザー』とよばれる丈夫な綱で繋がれています。テザーは、電力供給、通信ケーブル、そして最も重要な巻き取りの役目を担います。そんなDUALROVERが今回のフライトで期待されている大きな目標が、2008年に日本の月周回衛星「かぐや(SELENE)」によって発見された月面の縦穴探査、Skylight(天窓)と名付けられた深い穴の内部を探る事です。

テザーを頼りにクレーターの奥まで調査する。

image by

sign

このSkylightは将来、放射線や温度変化をしのぐための月面基地として活用できる可能性があるそうです。探査結果に期待がふくらみます。

また一方では、こんなコラボ企画も立ち上がっています。

ぶれない日本。

image by

readyfor.jp

アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の劇中において、月に刺さった『ロンギヌスの槍を月に刺すプロジェクト』。一億円を目標額として今現在クラウドファンディングが行われています。物語と同じ2015年に槍が月に刺さってしまうなんて、ファンにとっては素敵な話なのではないでしょうか。ちなみに目標の一億円は、完全に槍の輸送費として使い切られるようです。ドリーム100%のプロジェクトです。

Moon Express

チーム 着陸賞 移動賞 撮影賞
Moon Express アメリカ $1,000,000 $500,000 $250,000

「実に心踊るプロジェクトだ、そしてなにより、ビジネスだ。」 

『本家シリコンバレー』カルフォルニア州マウンテンビューを本拠地とするMoon Expressは堂々の3部門獲得。アメリカ巨大資本のバックアップとNASAからの技術提供を受けている、はっきり言って大本命です。2010年と遅めのスタートにも関わらず、翌年には着陸船試作機のテストフライトに成功しています。そして2013年末には完成した着陸船を大観衆の前でショーイング、2014年11月からは2ヶ月かけて、あのケネディ宇宙センターで飛行テストを行っています。

着陸船『MX-1』は、潜水艦やロケット飛行機にも使われている新型の高濃度過酸化水素ロケットを備え、安定した垂直ホバリング飛行を実現しています。

『MX-1』

圧倒的な資本とテクノロジー、アメリカの結晶と言っていいだろう。

image by

Google Lunar XPRIZE

MX-1にはローバーが備わっていません。なんと実は着陸船であるMX-1自身が、月面移動船の機能も兼ね備えているのです。ロケット噴射でひとっ飛び、高解像度の画像を撮影、送信しながら月面を飛行していくスタイルです。開発者によると「一旦地面を飛び立てば次の着地点は少なくとも、500m以上離れたところだろうね」だそうです。車輪なんぞは付いてないようです。

砂を巻き上げて飛ぶMX-1。

image by

Google Lunar XPRIZE

Moon Expressは現在、月への輸送ロボテクス工業と通信サービスを請け負う企業なのですが、最終目標はさらにその先、月面を拠点とした資源ビジネスに置いているようです。私達の生活の中で多くの製品に使われている希少物質、この地球上に存在している物質のほとんどが地球外由来のものだといわれています。実は月は、それら有用な資源の宝庫なのです。

月資源 用途
白金族元素 希少金属。ルテニウム、ロジウム、パラジウム、オスミウム、イリジウム、白金。燃料電池など触媒として有用。
希土類元素 レアアース中の17元素。LED、蓄電池、ネオジム磁石などの材料。
ヘリウム3 陽子2個と中性子1個からなる、通常のヘリウム(ヘリウム4)より軽い非放射性同位体。地球上にはヘリウム4の100万分の1ほどしか存在していないが、月面には多く存在する。重水素とともに用いる事で、より容易な核融合を実現できると期待されている。
イルメナイト ハッブル宇宙望遠鏡によって発見された、月に豊富に存在するチタン鉄鉱石。鉄、チタン、酸素の原料。

彼らは誰よりも早く多く月面資源の情報を集める事で、月面採掘事業社の一番手になろうと目論んでいるのです。Moon Expressにとって、Google Lunar Xprizeは実利と栄光を両取りする絶好の機会というわけです。MX-1を載せたロケットは2015年前半に発射の模様です。2位にならないかな。

ブラウザを立ち上げて月を見よう

さてこれで中間賞を獲得した5チームの紹介は終わりです。2007年に開始されたこの賞金レースの締め切りは当初5年後の2012年末とされていましたが、その後2015年末まで3年、2016年末まで1年と再度の延長が行われています。されどいよいよ待った無し、この中間賞は資金繰りに苦しむチームにとって最後の一押しとなりました。もちろん獲得できなかった他の18チームもまだまだ諦めてはいません。いませんが、早ければ今年の前半には決着が着くでしょう。

ついに月面のリアルタイム動画をブラウザで目にする時が来るのです。やってくるのです。かつてこれ程まで胸躍るレース、体験があったでしょうか。どのチームも月に行って欲しい。見た事の無い光景を見せて欲しい。今はただ各チームを応援するのみです。

がんばれAstrobotic! がんばれPTS! がんばれTeam Indus! がんばれHakuto! 
……Moon Express!

皆がんばれ!

REFERENCE:

Robots on the moon! Google awards first XPrize grants in contest to create lander that can broadcast live from lunar surface

Robots on the moon! Google awards first XPrize grants in contest to create lander that can broadcast live from lunar surface

http://www.dailymail.co.uk/sciencetech/article-2929065/Heading-moon-Google-awards-XPrize-grants-bid-create-lander-send-images-lunar-surface.html