たとえば、なにやら得体の知れない惨事が起きた、その翌朝の新聞を想像してみます。何が起きたのかわからない、ただ死者は出ているらしい、けれども何人が犠牲になったのかはわかっていない……。けれどもしばらく経つと、事態は明らかになっていきます。それが事件なのか事故なのか、犠牲者はいったい何人いるのか、私たちは少しずつ状況を掴んでいくことでしょう。

ここで、ひとつの問いが生まれます。犠牲者が5人の場合と1万人の場合、私たちはどちらの方がより悲しいのでしょうか?

This scenario makes people engage in affective forecasting—predicting their future emotional states. We expect that hearing about 10,000 deaths would make us sadder than hearing about five deaths.

とある実験

社会心理学者のエリザベス・ダン氏らは、この問いを解決すべく、ひとつの実験に取り組んでいます。集められた参加者は半分ずつ、『予測者』と『経験者』に分けられました。

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予測する

まず『予測者』たちは、とある出来事の新聞記事について、ごくわずかな情報を受け取ります。しかし彼らには、全員に同じ情報が伝わっていたわけではありません。ある者は「出来事の犠牲者は5人だった」と聞かされ、別の者は「犠牲者は1万人だった」と聞かされていたのです。そのあと彼らには同じ質問がなされました。

「もし新聞記事をすべて読んだとしたら、どのくらい悲しいと思いますか?」

この問いに、彼らは1点〜9点の9段階で答えています。すると犠牲者が「5人」と聞かされた者よりも、「1万人」と聞かされた者のほうが、実際に記事を読んだらより悲しく感じるだろうと答えました。犠牲者が多いほど悲しく感じる、と彼らは予測したのです。

経験する

一方『経験者』たちは、全員が新聞記事を読むことになりました。もちろん、記事には「5人」と書かれたものと、「1万人」と書かれたもののふたつがあります。そして彼らは、記事を読んだあとに自分がどう感じたか報告しています。

実験の結果は驚くべきものでした。ふたつの記事は犠牲者の人数がまるで違ったにもかかわらず、『経験者』たちの反応に差はなかったのです。『予測者』は、いとも簡単に裏切られてしまいました。

脳が悲劇を受け止める

私たちが『悲しい』と感じるとき、その感情は心(脳)で生まれています。しかしその脳も、『新しい脳』と『古い脳』のふたつに大きく分けることができます。

『古い脳』の代表例は、大脳の下のほうに位置する大脳辺縁系です。ヒト以外の哺乳類では、この部位が大脳の多くを占めています。この大脳辺縁系は、たとえば喜怒哀楽や恐怖や愛情など、人間の情動や本能に深く関係しているのです。

一方『新しい脳』は約25万年前から急速に発達したといわれており、その代表例は大脳の前面に位置する前頭葉です。これは思考や理性を担っている部位で、数字の処理にも比較的強いといいます。

赤い部分が大脳辺縁系、それを取り囲むのが『新しい脳』である大脳新皮質。前頭葉はその前面部。

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予測と実際の感情になぜズレが生まれたのか、という疑問の答えはここにあります。つまり、予測が『新しい脳』で行われるのに対して、感情は『古い脳』で生まれているのです。感情の予測を求められたとき、「犠牲者が多いほうがより悲しいだろう」と考えるのが人間の理性なのかもしれません。しかし、実際の感情はそのように動いてはいませんでした。

感情で受け止める

犠牲者の人数という『数字』は『新しい脳』で理解されていました。では、その数字を『古い脳』で理解する方法はないのか……。エリザベス・ダン氏らは別の実験に取り組んでいます。

『経験者』たちを2グループに分けると、片方のグループには「15人が死んだ」、「500人が死んだ」という情報をそれぞれ読ませ、またもう片方のグループには、15人が死んでいる写真、500人が死んでいる写真をそれぞれ見せたのです。

その結果、情報を読んだグループに対し、写真を見たグループのほうが、犠牲者の人数が多いほど「悲しい」という反応をより強く示しました。

死体の写真は偽物だったらしい。

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実は、人間の『古い脳』は視覚情報の処理を得意としています。したがって、犠牲者が映っている写真を見ることで、『古い脳』でも、犠牲者の人数という『数字』を理解できたというわけです。しかし、この能力には限界がありました。

認知の限界

これは何に見える?

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私たちの脳は、認識した情報をパターン化するようにできています。ドットのひとつひとつを見るのではなく、それをドットの模様として認識します。同じように、仮に写真に映っていたとしても、私たちは何千人もの犠牲を『パターン化』してしまうのです。その苦しみを具体的にイメージすることはできません。

そもそも人類は、あくまで数百人規模の小さなグループをつくりながら進化を重ねてきた生き物です。イギリスの人類学者、ロビン・ダンバー氏は「人間が互いを認知し合い、安定した集団を形成できる個体数の上限は平均150人程度」と述べています。私たちの脳は、数千人もの人々を共感できるようには作られていないようです。

ロビン・ダンバー氏

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Drosophilia

認知科学者のジム・デイヴィス氏は、「ひとりの死ならば『古い脳』を信頼できる。数百万人の死には、『新しい脳』を使うことになる」と述べています。

では、想像を超えるような惨事を前にしたとき、私たちはいかに感情を働かせていけばよいのでしょうか。数字は『古い脳』に届かず、かといって悲惨な写真を見つめるにも限界があります。どのように感情を働かせれば、私たちは『悲劇』に抗えるのでしょう。

「ひとりの死は悲劇だが、集団の死は統計上の数字にすぎない」

ナチス・ドイツによるホロコーストに関与したアドルフ・アイヒマン氏の言葉。

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悲劇に抗う

心理学者のポール・スロヴィック氏は、苦しんでいる人の数が統計的数字になると、人間は『心理的麻痺』に陥ることがあると述べています。ひとりの死が悲劇であれば、千人の死はその千倍のはずです。しかし私たちは、現実にはそう判断せず、統計的数字より特定のひとりを救うことに心を動かされているといいます。

たとえば、飢えに苦しむ子供への募金を集める時に、以下の方法を用いて呼びかけるとします。

1.飢えに苦しむひとりの子供の写真を見せ、その子供について詳しく説明する
2.飢えに苦しんでいる子供たちの統計的事実を説明する
3.両方を伝える

この場合、募金額が多く集まるのは1・3・2の順番だといいます。ここでは統計的数字よりも、特定の子供についての『物語』が有効に機能しているのです。

作家のバーバラ・キングソルヴァー氏はこう話しています。

「物語の力とは、感情移入を生み出すことです。あなたは椅子から持ち上げられて、別の誰かの目線に立つかもしれません。(中略)物語とは、何百人もの人生のうちのひとつをあなたに見せるものです。(中略)あなたはその人の朝食を味わい、家族を愛して、自分のことのように悩みを考えることができます。そして人物の死は、あなたや私と同じくらい大切な、ただひとつの人生の終わりなのだと理解するのです」

バーバラ・キングソルヴァー氏

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ドット模様が、実はひとつひとつのドットでできているのと同じように、数万人の死も、実はひとりひとりの死でできています。では私たちは、犠牲者が1万人いたとして、その中の『ひとり』の姿を想像することができるでしょうか? しかしその時こそ、バーバラ氏のいう「物語の力」が有効になるはずです。

想像を超えるような『悲劇』を前にしたとき、ともすれば私たちは、まるで感情が麻痺したかのようになるかもしれません。たとえば、数百万人という数字は理解しながらも、起きている出来事に対して理解と感情が追いつかない……。そんなとき、数字ではなく特定のひとりの物語を認知することは、私たちがその『悲劇』に対して自らの感情を取り戻す方法になりうることでしょう。そして、その物語を忘れないことは、ほかの数百万人について忘れないことや、『悲劇』そのものを忘れないことにも、きっとつながっていくはずです。

REFERENCE:

The Death of Hundreds Is Just a Statistic—But It Doesn’t Have to Be

The Death of Hundreds Is Just a Statistic—But It Doesn’t Have to Be

http://nautil.us/blog/the-death-of-hundreds-is-just-a-statisticbut-it-doesnt-have-to-be

脳とトラウマ -脳組織と神経細胞-

http://trauma.or.tv/1nou/1.html

脳と心の発達メカニズム

http://www.syougai.metro.tokyo.jp/sesaku/nyuyoji-sonota/shidoshashiryo3-1.pdf

ちくわぶ 児玉聡「功利主義入門 はじめての倫理学」ちくま新書967

http://chikuwablog.cocolog-nifty.com/blog/2014/02/967-a705.html

“If I look at the mass I will never act”: Psychic numbing and genocide

http://journal.sjdm.org/7303a/jdm7303a.htm