去る2015年11月3日、アメリカの『Amazon.com』がついに初めてのリアル書店をオープンしました。その名も『Amazon Books』。アマゾンの歴史上、実際に店舗をかまえる書店はこれまでにありませんでした。ほかの書店にはできない、アマゾンならではの『新しい書店』とはなにか、また日本上陸はいつになるのか……。今回はその全貌を解剖してみます。

Two decades after it started selling books online, Amazon opens a shopping center storefront with books for sale on actual shelves.

シアトルのショッピングモール『University Village』内に開店。ワシントン大学がすぐ近くにある。

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『Amazon Books』店内の様子

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『Amazon Books』のすべて

およそ510m²の面積に約5,000冊の書籍が並んだ『Amazon Books』は、これまで小売業者を通さずに書籍を安価で販売してきたアマゾンにとって、ひとつの挑戦にほかなりません。私たちのイメージする既存の『本屋』の姿はそのままに、販売価格はオンラインと共通にするなど、アマゾンならではのさまざまな仕掛けが施されているのです。

集合知の書店

約5,000冊という所蔵数は他の大型書店に比べて決して多いものではありません。しかし他の書店に対してアマゾンはウェブでの売上データなどの分析ができるという利点があります。『Amazon Books』ではそれを活かし、自社サイトにおける顧客の買い物のパターンから売れやすい書籍を予測をするなどの工夫をすることで、少ない所蔵数ながらも充実したラインナップが目指されています。

もちろん、分析するデータはサイトでの売り上げだけではありません。カスタマーレビューの内容、事前の予約数、書評SNS「Goodreads」での人気、社内キュレーターの推薦……。さまざまなデータを分析したうえで、『Amazon Books』の在庫は決定されます。つまり、担当者が予測を立てて入荷予定を決定する、といった従来の書店の方法ではなく、ネット上の膨大なデータの数々、いいかえれば多くの人々の声を集合知のように利用することで『Amazon Books』をつくりあげているのです。

事前の予約数から『今週のベスト』を発表。

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そのシステムのなかでは、入荷されるのはいわゆるベストセラー作品だけではなくなります。売り上げから見れば非常にマイナーであったとしても、カスタマーからの高い評価を受けていればそういった作品も入荷されることになります。集合知を導入することで『確実にクオリティの高い作品』を取り扱うことが実現しているというべきでしょう。

『最も望まれた料理本』の棚。

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『声』を可視化する

もっとも『Amazon Books』のヴァイス・プレジデント(副店長)であるジェニファー・キャスト氏は、この書店が「単にデータに依存するものではない」と強調しています。彼女がそれらを「ハートのあるデータ」と呼ぶように、たとえばカスタマーレビューには、顧客の読書体験や感情がありのままに詰まっています。『Amazon Books』では、そうしたものを可能な限り可視化する努力が払われているのです。

本にはレビューカードが添えられている。下のバーコードを専用機やアプリにかざして価格を読み取る仕組み。

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本の購入はカードを通して画面上に署名する。

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その一方で、可視化されているのは姿の見えない『声』だけではありません。既存の書店と同じように、店員によるオススメ本も並んでいます(オープン直後の現在は、アマゾンCEOのジェフ・ベゾス氏のオススメ本が並んでいるようです)。ジェニファー氏は、店員のオススメとカスタマーレビューを組み合わせることで、『読者の声』をより厚くしたいと考えたといいます。

紙か電子か

また、ジェニファー氏は『紙の本』に対する強いこだわりを見せていました。彼女は、書棚にぎっしりと本を詰め込んで背表紙を見せる陳列ではなく、きちんと表紙を見せて陳列し、また著者の仕事も紹介したいという考えの持ち主です。もちろん、このことで店先に並べられる本の数は減ってしまいます。こうした思い切った取り組みができるのも、裏側に膨大な在庫を持つアマゾンならではのことでしょう。

日本でいうところの『平積み』が重視されている印象。

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自社デバイスも多数陳列

電子書籍リーダーも手に取って使えるようになっている。

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『紙の本』と『電子書籍』の両方に触れることができるほか、データを駆使した在庫のラインナップ、店員や大勢の顧客の声を可視化したカードなど、いわば『Amazon Books』は、小規模ながらオンライン書店とリアル書店の理想的な融合を実現したものだといえるでしょう。記者の場合、どちらも同じように頻繁に使う習慣があるので、ぜひ実際に行って試してみたいものです……。

今回『Amazon Books』がシアトルにオープンしたのは、アマゾン本社が近い距離にあること、市場としても大きいことが理由でした。アマゾンは「私たちはこの店舗(の経営)に完全に集中している」として、現時点では2号店・3号店などの予定を明らかにしていません。しかしジェニファー氏は「これが唯一の店舗にならないことを願っている」と述べており、業績によってはさらなる展開の可能性もありそうです。

店内にはサポートデスクもある。

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日本上陸は可能か?

気になるのは、この『Amazon Books』は日本に上陸することができるのか、するとしたらいつ頃になるのか……ということでしょう。

本を値下げできない国

日本には、ともすれば最大の壁である『再販売価格維持制度』があります。これは、出版社が本の価格を自由に決定する権利を持ち、書店はその価格に従わなければならないというものです。それゆえに多くの本は、発売から一定期間が経過しても安価にならないのです。この制度によって、小さな書店や出版社の利益が守られています。

もっともアマゾンはこの制度により自由競争が生まれづらいことを歯がゆく思っているようで、すでに「自由な価格で売れることを普通のことにしたい」と明言しています。すでに『Amazon.co.jp』では、他の商品を購入して得たポイントを書籍に適用できる、また一部書籍にポイント還元があるなど、事実上の値引きが始まっています。また、合意した出版社の本を期間限定でセール販売するなどの取り組みも実施されているのです。

アマゾン ジャパン本社(東京都)

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東洋経済オンライン

しかし、基本的に『本は値下げできない』という制度が存在する以上、日本で『Amazon Books』をオープンしたところで、アマゾンの望む自由競争は実現できません。在庫やレビューの可視化だけで差別化したリアル書店を、現状でアマゾンが出店する可能性は限りなく低いといってもよいでしょう。

もっとも日本では、現在『リアル書店VSオンライン書店』という図式がより硬直化しています。たとえば、今年9月に発売された村上春樹氏の新刊『職業としての小説家』は、オンライン書店への対抗策として紀伊國屋書店が初版10万冊の9割を出版社から直接買い取るという手段を講じて賛否を巻き起こしました。こうした動きが、今後さらに加速する可能性も否定できません。

村上春樹『職業としての小説家』

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日本経済新聞

もしも『Amazon Books』が日本に上陸したら……。現在の日本の出版業界に風穴を開け、私たちが『本を買う』という行為に革命を起こしてくれるかもしれない、というのは、いささか夢を見すぎというものでしょうか?

REFERENCE:

Amazon opening its first real bookstore — at U-Village

Amazon opening its first real bookstore — at U-Village

http://www.seattletimes.com/business/amazon/amazon-opens-first-bricks-and-mortar-bookstore-at-u-village/

Amazon opens physical bookshop in Seattle

http://www.bbc.com/news/technology-34710069

Amazon’s first brick-and-mortar store: One big ad for the Amazon app

http://arstechnica.com/business/2015/11/amazons-first-brick-and-mortar-store-one-big-ad-for-the-amazon-app/

紀伊国屋書店、村上春樹氏の新刊「買い占め」

http://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ21I1N_R20C15A8EA2000/

これでわかる!「再販売価格維持制度」のメリットと仕組み

http://kot-book.com/再販制度の仕組み/

ついにアマゾンが書籍の「安売り」を始めた!

http://toyokeizai.net/articles/-/74725