昨年11月、アメリカであるニュースが流れた。創造主である神が万物を創ったとする『創造論』と、あらゆる生物は長い時間をかけた変化のうちに生まれたとする『進化論』のどちらを信じるか……という調査で、若い成人(30歳未満)では進化論を信じる割合が多かったのである。かつて進化論を学校で教えることを巡って裁判が起きたアメリカで、恐らくこのニュースは衝撃的なものとして受け止められたことだろう。

一方、ある研究者は『無神論』すなわち神を信じない思想は古代から普通のものだと主張している。……が、そもそも日本人は無宗教なのだともいわれる……。

日本人は神を信じていない説

多くの者は神や仏に手を合わせる習慣を持ち、お盆や正月には寺社仏閣に足を運ぶ。それでも本当に信じてない?

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『無神論』には歴史的根拠がある

ケンブリッジ大学でギリシャ文化を教えるティム・ウィットマーシュ教授は、著書『神々との戦い』に「これまで無神論は、歴史の記述の外側に取り残されてきた」と記している。

教授によると、神を信じる者と無神論者のあいだの議論は、現在2つの仮説のもとで行われているという。ひとつは無神論とは歴史的に根拠のない『現代の考え方』にすぎないという説。もうひとつは、宗教的信念とはあらゆる人間にあらかじめ備わっているとする説である。しかし教授は、これらの説は両方誤っているというのだ。

1925年・スコープス裁判

進化論対創造論、の有名裁判のひとつ。左が弁護側クラレンス・ダロウ、右が検察側ウィリアム・ジェニングズ・ブライアン。

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既存の説をぶった切る一方で、教授は「無神論はいつも存在していた」という。その論拠は、紀元前6世紀のギリシャ哲学者・クセノパネスが無神論的な文章を残していること、また紀元前4世紀にプラトンが当時の無神論者について「神々についてこうした考え(無神論的発想)を持つ者は初めてではない」と述べたことなどだ。

『多神教社会』という受け皿

教授は、ギリシャやキリスト教以前のローマにみられた『多神教社会』では無神論は普通のことだったと考えているようだ。当時の社会では、無神論も人々が普通に考えることの範疇として受け入れられていたというのである。

もちろん、当時の無神論は現代のような科学的発想に基づいたものではなかった。教授によれば、それは『自身の世界には直感的に存在しないものを信じるよう求める』という宗教の性質に対する批判として生まれたものだという。また、1,000以上の都市国家それぞれの文化を統一できる宗教的テキストや、司祭や聖職者の存在が当時はまだなかったことも無神論が存在できた理由のようだ。

教授いわく「無神論を説明する言葉はきわめて現代的」だとか。

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その後、無神論は歴史の表舞台から唐突に姿を消してしまった。その原因は4世紀、ローマ帝国がキリスト教を国教に指定して異教を禁じたことにあるとみられる。いわゆる唯一神を信じるよう求められたことで多神教社会は失われ、無神論もほぼ消滅したというわけだ。その後の文明で無神論はほぼ栄えていないが、それでも数千年前に無神論が存在したことは「『信じない』という信仰のあり方がすべての文化に存在しうること、また常にあっただろうこと」を示唆するものだという。

日本という『多神教的社会』

一方、『神を信じる/信じない』という考え方がそもそも日本人にしっくりこないのだとしたら、それは私たちが『八百万(やおよろず)に神が宿る』という精神を現在まで引き継いでいるからかもしれない。これはかつての多神教社会的な、唯一神を信じるよう強要されない文化だといえよう(たとえば、ご先祖様に手を合わせる行為ひとつにも、身近なところに神が数多いるという精神が表れている)。そうした文化に暮らしていると、たしかに神話に登場する『神』を信じないという感覚は珍しくない。いってみれば、わざわざそれを無神論などと名指す必要もないのである。

歌川(五雲亭)貞秀『出雲国大社集神』

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風流荘風雅屋

唯一神を信じるという思想が身近でないゆえに、無神論という発想が『神を信じる者』にとっていかなるものか、多くの日本人にはイメージできない。これは宗教の『常識』が文化によって大きく異なるためだ。しかし、ある常識のもとで神を信じる者にとっては、無神論が古代から存在する可能性はその常識が覆ることに他ならない。

あえてその可能性を例えてみるなら、それは「古代からご先祖様のご利益を信じていなかった日本人もいたらしい」などということになるだろうか。しかし、日本はそれすら特別不思議にも思えないような文化であり、やはり宗教のあいだにある断絶は深い。ならばむしろ大切なのは、その『未知なる思想・信仰との断絶』をイメージすることだろう。その断絶は、神を信じる者が無神論に対して感じる断絶にも、きっとそう遠くないはずである。

REFERENCE:

History shows atheism is as natural to humans as religion and we AREN’T wired to believe in God, Cambridge professor claims

History shows atheism is as natural to humans as religion and we AREN’T wired to believe in God, Cambridge professor claims

http://www.dailymail.co.uk/sciencetech/article-3453719/History-shows-atheism-natural-humans-religion-aren-t-wired-believe-God-Cambridge-professor-claims.html

Finally, there are more young Americans who ‘believe’ in evolution than creationism

http://www.sciencealert.com/finally-there-are-more-young-americans-who-believe-in-evolution-than-creationism

ローマ帝国 – Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/ローマ帝国