バーチャル・リアリティ(Virtual Reality)という技術があります。日本語では『仮想現実』、『人工現実感』と訳され、さまざまな形で取り上げられて話題を呼びました。いま、この技術に革新が起きているようです。

Virtual reality represents a giant leap forward in mankind’s propensity for compassion. You don’t just walk in someone’s shoes, but see the world through their eyes. In essence, a virtual reality headset is an empathy machine.

どんなイメージ?

バーチャル・リアリティとは、CGとサウンドによってリアルな仮想空間を作り出す技術のことを指します。この言葉自体、いまでは『VR』と略されるようになりました。しかしこのバーチャル・リアリティ、人によっては実際の技術よりもアニメや映画のイメージが強いのではないでしょうか。

『マトリックス』

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The Telegraph

『サマーウォーズ』

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DIGITAL FRONTIER

また1990年代には、任天堂やセガといったビデオゲームメーカーが、3D映像に精力的に取り組んでいました。現在のVR技術とは異なりますが、バーチャルという言葉からこちらを思い出す人もいるかもしれません。

任天堂『バーチャルボーイ』。

1995年発売。売れなかった。

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Redbull

バーチャルボーイ『マリオクラッシュ』。

3D映像以前にこの赤さがキツい。

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んなの知るかよバカ。

しかしこのような取り組みは、メーカー内部でも冷遇され、またセールスも奮わなかったことから数年で下火となっています。ただし、『バーチャルボーイ』がヘッドマウントディスプレイを導入していたことは、頭に装着するタイプでなかったとはいえ、いま考えても非常に先駆的だったといっていいでしょう。

そんな裏側で、VR技術は地道な進化を続けていました。2000年代後半になると、その進化ぶりがメディアでも取り上げられるようになっています。

たとえば2007年、リアルタイムの3D映像に触ることができる『Tangible-3D技術』が登場しました。片方の人間しかその効果を感じることはできなかったようですが、この時点で、遠隔地とリアルタイムで握手をすることはできるようになったのです。

片思いの握手ではあった。

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ITmedia

現在のVR技術

そして今、VR技術はさらに進化しています。『バーチャルボーイ』が家庭用ゲームに導入してから約20年、ヘッドマウントディスプレイはいまや主流のものとなりました。現在の『VR』を体験するには、まずはこれを装着する必要があります。

ヘッドセット『Oculus Rift』。

開発者向けだが、誰でもネットで購入できる。

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OculusRiftOnline.com

PlayStation 4向け『Project Morpheus』。

ついにソニーも参入。

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プレイステーション オフィシャルサイト

ヘッドマウントディスプレイにはセンサーが内蔵されており、頭の向きや動きに応じて映像がリアルタイムで追従するようになっています。くわえてヘッドホンを装着すれば、VRの世界に完全に没入できるというわけです。

いまやこのようなデバイスは個人でも簡単に入手できますし、またVRコンテンツもインターネットでダウンロードできるようになっています。このように敷居が下がってきたことも、VR技術の進歩ぶりを如実に示しているといえるでしょう。

スマホVRビューワー『ハコスコ』。

段ボール製で非常にお手軽。

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ハコスコ

VRの世界に飛び込む準備はできました。では、実際のコンテンツを見ていくことにしましょう。

ジェットコースター

その数が非常に多いのは、ジェットコースターを実際さながらの臨場感で体験できるコンテンツです。VRならではの特徴として、現実には絶対にありえない体験が可能になっています。たとえば『UnityCoaster2-Urbancoaster-』は、東京の街並みをジェットコースターで疾走することができます。

スカイツリーが正面に見える。

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YouTube

ライブ映像

つねに特等席の臨場感でパフォーマンスを見られるライブコンテンツは、まさにVRならではのものといえるでしょう。たとえば『ユニティちゃんライブステージ -CandyRockStar-』は、ゲームエンジン『Unity』のマスコットキャラクター・ユニティちゃんが、目の前で歌って踊ってくれるコンテンツです。

2014年11月には、小林幸子氏が自身のライブをVR映像で生配信しました。普及には時間がかかりそうですが、音楽ライブなどの映像配信にも可能性が広がりそうです。

こちらは開発者向けコンテンツ。

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ReDo

またゲームコンテンツも多数あり、健康器具とVRの融合によって乗馬体験を実現する『Hashilus』(長崎・ハウステンボスで体験可能)や、操縦桿型のコントローラでロボットを操る『めかしむ☆』、暗く深い井戸を覗きこむ『The 井戸』など、五感に訴えかけるコンテンツが次々登場しています。

『The Matrix VR』。

VRで『マトリックス』の世界を体験。銃弾を避けたり落としたりできる。

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WEMO

『PLAYGIRLS』。

一方こちらはサムライの国の隠し球。3DCGで再現されたセクシー女優と……。

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VRWORLD

このように現在、VRは主にエンターテインメントの分野で進化を続けています。しかし海外では、この技術をさらに異なる方向に役立てる動きがあるのです。

VRジャーナリズム

あなたは8月の土曜日に、ロサンゼルスのフードバンク(市場で流通できない商品が生活困窮者に配布される場所)に並んでいます。その日はとても暑く、人混みのなか苛立っている人もいます。

突然、食料の配布を待っていたひとりの男性が倒れます。人々は彼の周りを取り囲み、ある女性はレスキューを呼んでいます。しかしその混乱に乗じて、食料を盗んでいく者がいます。資材は壊されて、誰かの叫び声も聞こえてきます。あなたは倒れている男性の前で、じっとレスキューを待っています……。

これは、ナニー・デ・ラ・ペーニャ氏らによって製作された、“Hunger in Los Angeles”というVR作品で体験できる光景です。体験者はヘッドマウントディスプレイとヘッドホンを付けることで、ロサンゼルスのフードバンクを歩きまわることになります。そこで人々の声を聞き、何が起きているかを目の前で見るのです。

“Hunger in Los Angeles”

怯えたり、泣きだした体験者もいたという。

また、ペーニャ氏が次に取り組んだ“Project Syria”は、シリアの街を歩いているさなか、突如爆音が轟くところからはじまります。体験者は、立ちこめる煙で周囲の様子を判別することも、爆音のために音もきちんと聞くこともできなくなります。やがて血まみれで倒れている人や、走っていく子どもの姿が見えます。その混乱を、体験者は自分の足で歩き、見ることになるのです。

突如爆破される繁華街。

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YouTube

体験者は爆風までも感じることになる。

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YouTube

ペーニャ氏によるこれらのプロジェクトが映し出すのは、確かに『世界のどこかにある風景』です。体験者はその『現実』を、ヘッドセット越しに自分の目で見て、また自分の足で歩くことになります。

たとえば私たちの多くは、爆弾がすぐ近くで爆発する音を聞いたことも、貧困のために食料を求めて並んだこともありません。しかし、“Project Syria”の体験者がヘッドセットを外したとき、彼らはシリア人が毎日味わっている苦しみの一部を、その以前よりも確実に理解していることでしょう。

ナニー・デ・ラ・ペーニャ氏。

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flickr

ペーニャ氏の作品が世界の現実を踏まえた『フィクション』だとすれば、VRによって実際の光景の中に体験者を放り込むのが“VICE News VR: Millions March”です。この作品は映像ディレクターのクリス・ミルク氏と、映画監督のスパイク・ジョーンズ氏によって制作されました。

6万人のデモを『体感』する。

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VICE NEWS

2014年、黒人の逮捕者が白人警察官に殺害される事件が2件発生し、どちらの事案も警察官が不起訴になりました。これをきっかけに、警察に説明を要求するデモが各地で起きています。この作品は、2014年12月13日にニューヨークで起きたデモの様子を収録したものです。

クリス氏はVR技術について、『体験者をとても安全に別の空間につなぎ、普段とはまるで違う人間にする』ものであり、そして体験者に『共感』をもたらすことがその可能性だといいます。

クリス・ミルク氏。

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techcrunch.com

このようにVRは、私たちからは遠くて見えない(と思っている)問題をすぐ目の前に引き寄せてくることができます。もっともこれは受動的な『疑似体験』に過ぎず、どんなに拳を振り上げても現地のデモに影響を与えることはできません。

『現実』にアクセスするVR

この壁を超え、遠く離れた世界にその一員として参加することを可能にするのが『テレイグジスタンス』と呼ばれる技術です。

テレイグジスタンス
バーチャルリアリティの一分野であり、遠隔地にある物(あるいは人)があたかも近くにあるかのように感じながら、操作などをリアルタイムに行う環境を構築する技術およびその体系のこと。
テレイグジスタンス – Wikipedia

昨年発売された『Double』では、車輪付きのスタンドに取り付けられたiPadを通じて遠くの世界を見渡し、自由に移動し、人と会話することができます。

『Double』

Tommy Hilfigerにご来店。

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商品も見せてもらえる。

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物理的距離を越えて自分が仮想的に存在するというVR、極端に身近な例を挙げるとSkypeをはじめとしたビデオチャットもその一つでしょう。私たちは遠くで行われている会議に映像を介して参加できるようになりました。このとき私たちは、ディスプレイ越しの遠く離れた『現実』に関与しています。

遠隔コミュニケーションガジェット『Branto』。

設置場所にいる人とまるでそこにいるかのように会話を楽しむことができる。

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KICKSTARTER

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遠隔手術ロボットZeus

フランスにいる患者を6000km以上離れたニューヨークから手術した。

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intechopen.com

肉体と存在

東京大学の舘暲氏は、『世界中のロボットと合体すれば、自分がそこに行ける』ようになると述べています。センサーを介して五感を共有できさえすれば、自宅にいながらにして遠く離れた場所を旅することも夢ではありません。もちろん交通事故で死ぬ心配もありません。

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やっぱり山は空気がいいわあ。

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Getty Images

自分の目で見て回り、声を上げることや、自分の足で歩いたり、ものに触って動かしたりするような『現実に影響を与える体験』が可能であれば、もし自分の肉体がそこになかったとしても、そのとき『私はそこにいる』はずです。

たとえば街中を歩いているとき、私たちは実にさまざまな情報を受け取っています。温度、明るさ、地面を踏みしめる感覚、吹いている風の方向と強さ、歩いてくる人の顔、ぶつかった時の衝撃など。そんな情報をセンサーが受け取り、各神経にフィードバックされたとき、現実は現実たらしめるものを失います。

私たちが見るのは、『現実』でしょうか、それとも『VR』でしょうか。そんな問いかけも、すでにナンセンスになっている気さえします。

そのとき『私』はどこにいる?

肉体がその場所にある、ということはどの程度の意味を持つのだろう。

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心の存在

現在、人間の見た目にかなり近いロボットやアンドロイドが既に製作され、一般に公開されてもいます。

人間のようなロボットが並ぶなか、いくつかは人間の遠隔操作で動き、それ以外は人工知能で自律して動くとすれば、また新たな謎が生まれます。私たちはそれらをきちんと見分けられるのでしょうか。操作されているロボットは『本物』でしょうか、『偽物』でしょうか。何をもって心と判断するのでしょうか。

ジェミノイド(遠隔操作型アンドロイド)

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大阪大学・ATR石黒浩特別研究室

自身のアンドロイドと並ぶ、落語家・桂米朝氏

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技術の進歩と発達により、根拠は少しずつ曖昧になっていきます。

歩いたり話したりすることと同じように、あらゆる行為の認識や意味が変わるとき、『自己』に対する認識も変わっているはずです。そんな時代に備えて、実際に肉眼で見たいものや自分の足で歩きたい場所を考えることは、とても意義のあることかもしれません。

絶対にこの身体でないと!

そんな認識もいつか持てなくなるかも。

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Getty Images

REFERENCE:

Virtual Reality, The Empathy Machine

Virtual Reality, The Empathy Machine

http://techcrunch.com/2015/02/01/what-it-feels-like/

‘Hunger In Los Angeles': Virtual Reality Makes Journalism Immersive, Pixelated

http://www.huffingtonpost.com/2012/01/30/hunger-in-los-angeles_n_1241468.html

A New Virtual Reality Tool Brings the Daily Trauma of the Syrian War to Life

http://motherboard.vice.com/read/virtual-reality-is-bringing-the-syrian-war-to-life

Chris Milk, Spike Jonze, and VICE News Bring the First-Ever Virtual Reality Newscast to Sundance

https://news.vice.com/article/chris-milk-spike-jonze-and-vice-news-bring-the-first-ever-virtual-reality-newscast-to-sundance

VRの幕開けを飾るベストコンテンツはこれだ!「VR Award Japan 2014」結果発表

http://www.moguragames.com/entry/vrawardjapanresult/

仮想現実に挑み敗れた者たち

http://www.redbull.com/jp/ja/games/stories/1331631434257/rip-the-fallen-heroes-of-virtual-reality

Branto: The first smart home with full remote presence

https://www.kickstarter.com/projects/branto/branto-the-first-smart-home-with-full-remote-prese

Double Robotics

http://www.doublerobotics.com/

距離も時間も超える「自分の分身」テクノロジー、テレイグジスタンス

http://wired.jp/2015/01/19/next-world-06/