一度聴いただけなのに、ふとした拍子に頭の中でその曲の印象的なフレーズが流れだし、どうやってもその曲が耳にこびりついて離れない、頭から追い出すことができない、という経験を誰もがしたことがあると思います。このような現象は日本だけでなく海外でも広く知られている現象で、英語圏では『イヤーワーム』と一般的に呼ばれています。

このイヤーワームは無意識的におこなわれるもので、どういったきっかけでいつ起きるのか予測することができません。記者も先日、自転車に乗っている最中に突然、ラ・ムーの『愛は心の仕事です』のイントロが頭から離れない、という体験に襲われました。

ラ・ムー

1980年台後半に人気アイドル菊池桃子を中心に結成されたロックバンド。筋肉少女帯の大槻ケンヂにラ・ムー時代の菊池桃子こそ真のロッカーであると言わしめたほどのバンドだったが、興行的にはあまりふるわなかった。『愛は心の仕事です』はApple Musicでも配信されている。

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©VAP inc.

イヤーワーム(イメージ)

アルファベットで書くとearworm。earは耳、wormははミミズやムカデといった細長い虫を意味する。耳の中に住み着く細長い虫、という意味だと考えるとこの現象がどれだけ不快なものとして捉えられているかが窺える。

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©岩明均/講談社

襲われた、といっても記者はラ・ムーのファンなので、頭の中にたびたび現れてはいつまでも歌う準備をし続ける菊池桃子をむしろ歓迎するくらいの気分でいたのですが、人によってはこの『頭から音楽が離れない』現象を非常に不愉快に思うこともあるようです。

『頭から音楽が離れない』という現象そのものは非常に一般的でありながら、その現象の快不快は人によって全く違う、というのは不思議なものです。この無意識下の音楽を歓迎できる人とそうでない人の間にはどのような違いがあるのでしょうか。

Recent years have seen a growing interest in the neuroscience of spontaneous cognition. One form of such cognition is involuntary musical imagery (INMI), the non-pathological and everyday experience of having music in one’s head, in the absence of an external stimulus.

ロンドン大学の研究者は44人の被験者を集め、それぞれに音楽に触れている頻度やイヤーワームを止めることの容易さ、起きる頻度や起きた時の快不快、流れる音楽は自分の気分などを反映したものか、などの簡単なアンケートをとった後、被験者の脳をMRIによって検査しました。これにより、脳の特定の領域の大きさとイヤーワームの関係がいくつか明らかになりました。

イヤーワームが起きる頻度が多い人は右横側頭回右下前頭回の灰白質が薄い傾向にあることがわかりました。右横側頭回は聴覚や意識的な音楽の回想をする時に活動する領域で、下前頭回を含む前頭前野は自己制御や合理的思考など、理性に関わる領域です。

また、イヤーワームによる快不快や気分の反映、さらには不快なイヤーワームを止める能力が右海馬傍回左中前頭回の大きさに関係があることがわかりました。これらの領域は、感情の発生や記憶の回復などに大きく関わるものです。

こちらの領域に関しては単純に大きい、小さいでイヤーワームへの影響を見るのは難しいようで、たとえば、イヤーワームを良いものとして捉える人は右海馬傍回の灰白質が厚く、左中前頭回の灰白質は逆に薄い、という結果が出ています。

イヤーワームと夢

今回の実験の結果からイヤーワームの発生には感情、記憶、聴覚に関わる脳の領域が非常に強く関連していることがわかりました。無意識に感情や記憶、五感に関わる脳の領域が活発化し、実際に体験しているような感覚を覚えるというのは夢に似た性質を持っているように見えます。寝ている時にイヤーワームは起きないので、どちらかといえば白昼夢に近いでしょうか。

実際には夢を見ている時はイヤーワームよりももう少し広い領域が活動しているようだ。

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だとするなら、夢に良い夢や悪夢があるように、イヤーワームにも良い感情を誘発するものと悪い感情を誘発するものがあることにも、うなずけるかもしれません。夢は見ることで記憶や感情の整理をおこなっており、悪夢は悪い記憶を追体験することでその感情を整理している、という説も出ています。だとするのなら、厄介なイヤーワームにも何かしらの意味があるのかもしれません

ミュージシャンはイヤーワームになりやすい? なりにくい?

まだまだ謎が含まれていそうなイヤーワームですが、もう一つ不可解な事実を述べておきましょう。

これまでに、音楽により多く触れている生活を送っている人ほどイヤーワームが多く起きることがわかっており、プロのミュージシャンといった音楽のエキスパートはそうでない人に比べて右横側頭回の灰白質が厚いことがわかっていますが、これらの事実はイヤーワームが起きやすい人は右横側頭回の灰白質が薄いという今回の研究と矛盾します。

研究者はこの矛盾について、イヤーワームが単純な領域一つ一つに分けて考えることのできる問題ではなくいくつもの脳の領域が相互に関わって起きているのではないかと予測し、次回の実験への課題として捉えています。

プロのミュージシャンならば自分の演奏する曲で頭がいっぱいでイヤーワームが入り込むヒマがないのかもしれない。

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脳は先天的に大小が決まっているわけではなく、学習によって大きくすることができると言われています。もし、イヤーワームに悩まされて仕方がないという方は楽器を習ってみるのもいいかもしれません。

そんな悠長なことはしていられない、という人はガムを噛むのが効果的。

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REFERENCE:

Tunes stuck in your brain: The frequency and affective evaluation of involuntary musical imagery correlate with cortical structure

Tunes stuck in your brain: The frequency and affective evaluation of involuntary musical imagery correlate with cortical structure

Farrugia, Nicolas, et al. “Tunes stuck in your brain: The frequency and affective evaluation of involuntary musical imagery correlate with cortical structure.” Consciousness and cognition 35 (2015): 66-77.