たとえば自分が老いたあと、目も見えなくなり、手足も不自由になって、食事もひとりでは満足に摂れなくなったとしたら? 健康だから思えることかもしれませんが、それでも生き続けたいとは、記者はいまのところ考えていません。『死ぬこと』の権利は、自分自身で選び取りたいものです。

去る9月9日、アメリカ・カリフォルニア州の下院議会で、とある法案が可決されました。法案の名前は“The End of Life Option Act”、「最期の選択権法案」とでも訳すべきでしょうか。その内容は、いわゆる『安楽死』、すなわち末期患者の生命を医師が絶つことを法的に認めるというものです。

The California State Legislature approved a bill Friday that would make it legal for doctors to help terminally ill patients end their lives.

本人の望まない延命治療は権利を奪うことでしかない。

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安楽死の合法化

これまでアメリカにおいて、安楽死を法的に認めてきたのは、オレゴン・ワシントン・モンタナ・バーモント・ニューメキシコの5州でした。すなわち、カリフォルニアは安楽死を認める6つめの州となります。

耐えがたいほどの症状に苦しみ、自ら死を選ぶことで人生を終わらせようという患者に対して、医師は致死量の薬物を処方します。しかし、そのハードルはもちろん低いものではありません。今回の法案でも、実際に安楽死の対象となる患者には一定の条件が求められているのです。

・18歳以上で、ふたりの医師から余命が6ヶ月以下であると認められていること
・自分自身で薬を飲む体力があること
・最終的な意思決定を自ら行う能力があること
・自らが安楽死を希望することを、書面で1回・口頭で2回、ふたりの証人に意思表示すること

安楽死を選んだ女性

法案可決のきっかけは、ある女性の決断でした。2014年10月、末期の脳腫瘍患者だったブリタニー・メイヤードさん(当時29歳)が、カリフォルニア州からオレゴン州に移っての安楽死を決断したのです。たとえ脳を蝕まれていても、彼女の身体は若く健康でした。それゆえ長く苦しみ、つらい終末医療を受けることになる、その姿を家族に見せなければならない……。それが、彼女が安楽死を選んだ理由だったといいます。

ブリタニー・メイヤードさん

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ブリタニーさんの死は、安楽死をめぐる議論そのものに大きな示唆をもたらすものではありませんでした。しかし、その決断が話題になったあと、安楽死の合法化に同意する世論は高まり、今回の法案が可決されるにいたったのです。ニューヨーク大学ランゴン医療センターのアート・キャプラン氏はこう分析しています。「彼女は若く、魅力的で、快活で、新婚で、犬を飼っていた。すなわち、末期症状に直面する中高年や高齢者の患者とはまるで違った。彼女は、議論への光の当て方を変えたんだ。彼女と同世代の若い女性が、この問題に興味を持った」。

もっとも、安楽死の合法化には反対の声も少なくありません。たとえば「神のみが人の死ぬ時を決めることができる」という宗教的観点の主張もあれば、「家族への経済的負担に配慮する患者が、高価な医療を継続するか、代わりに生命を絶つ薬を飲むかの選択を迫られかねない」という懸念も生まれています。

『自殺幇助法案』ともいわれる

州知事が拒否しなければ、来月にも法律として発効予定。

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NPR

日本でも実現可能か

では、『安楽死』の合法化は日本においても可能なのでしょうか?

現在『安楽死』とは、積極的安楽死と消極的安楽死のふたつに分けて考えられるものです。前者は医師の手によって患者を死に至らせること、後者は延命治療をしないことを指しています。今回、カリフォルニア州での法案で認められたのは、前者の積極的安楽死ですが、これは日本では法的に認められたものではありません。

リビング・ウィル

『尊厳死』のため、自らの希望を事前に宣言しておくこと。

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合法化の抱える葛藤

『安楽死』すなわち積極的安楽死の合法化には、すでにあらゆる疑問や意見が表明されています。安楽死の対象とする患者の範囲を、法的にいかに定義するのか。健康なとき安楽死について意思表示をしていた者が、事故など不測の事態で安楽死の対象となった場合、事前の意思表示をそのまま適用してよいのか。安楽死が合法化されたとき、延命治療をするという選択はどのように受け止められるのか……。

そもそも、日本で安楽死の合法化が説かれた背景には、社会保険料の増大や、それに伴う若年層の負担増加、また老老介護の問題などが挙げられるでしょう。すなわち、カリフォルニア州の場合とことなるのは、それが『本人の望む死を実現するため』だけでなく、ある程度『社会の抱える問題を解決する』という側面を伴うものであるということです。たとえ最初からではなかったとしても、いつからか『安楽死』合法化には、そうした課題解決の目的が託されてしまいました。

しかし、それこそが『安楽死』合法化の議論を複雑化させた最大の原因だといえるでしょう。なぜなら、本来は患者自身の『権利』に寄り添うべき安楽死が、社会問題の解決に貢献するものとなった途端、「そうしなければ社会に不利益」という論理が生まれるからです。そこで、末期の患者が安楽死でなく延命治療を選ぶことは、ただの税金のムダ遣いともされかねません。患者の『生きる権利』は、いとも簡単に踏みつぶされてしまうのです。

もしも安楽死の対象が解釈レベルでどんどん広がっていったら?

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合法化したが最後、歯止めがかからなくなるのではないか……。そこで、安楽死の合法化ではなく、むしろ患者が「生きたい」と思える環境や、介護者を支援できる環境をつくるべきだという意見も存在します。もちろん、それは至極まっとうな意見です。では、増え続ける社会保険料と、そこに新たに作りだす環境、そのコストは果たしてだれが支払うのか? 高齢社会のより深刻化する状況で、だれが介護を担い、だれが支え、どうやって維持しつづけるのか? いつからか『安楽死』に託された目的のために、「安楽死を認めない」という意見は、合法化のシンプルな対案としては不十分になってしまいました。

症状に苦しむ患者・家族の『解放』と社会問題の解決

ふたつの目的をともに達成できなければ、『安楽死』合法化の意味も疑わしい?

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『安楽死』の合法化は不可能か

この日本で、それでも安楽死を合法化するには、一体どうすればいいのでしょうか?

まずは、対象となる患者の範囲を細やかに明文化し、拡大解釈できないものにすることが必要でしょう。ハードルを高くして、安易に患者が死を選べないようにすること、かつ、本人・家族・医師の三者がきちんと合意できるシステムをつくりだすことなど、そこには厳密な精査が求められるはずです。あくまで、彼らの『限界』を救済するためのセーフティネットであり、暴走させないための工夫が必要になります。

そして、安楽死も延命治療も同じように選択でき、また同じように尊いという『当たり前』を、きちんと維持しつづけることも必要になるはずです。普通の権利を行使する者が、なんとなく社会に不利益を生じているかのように錯覚されてバッシングを受ける……。ただでさえ耐えがたい症状に苦しむ人々が、さらなる苦痛を味わうことは絶対にあってはなりません。

教育の問題でもある。

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もっとも、現実はうまくいかないものです。さまざまな言葉が『時代』の要請に応じるかたちで読み直され、普通の権利を享受する少数派が暴力的な同調圧力にさらされる、そんな光景は歴史的にも確認されていることでしょう。もちろん、安楽死の合法化はとうてい一筋縄でいきそうにありません。では、安楽死を望むかもしれない記者のような人間は、ともすれば『死ぬ』権利を手放さなければならないのでしょうか?

それでも、『望み通り死ぬ』ことは簡単に諦められるべきものではありません。安楽死への賛成反対にかかわらず、自分が『死ぬ』権利を守ることは、そのまま『生きる』権利を守ることです。いつか自分は、死を前にしたとき、「すぐに死にたい、殺してほしい」と思うかもしれない。それが実現できないとき、あなたは自分をいかに生かしてもらいたいでしょうか……。ちょっと気が早い、イメージが湧かないと思うかもしれません。けれども今、家族と話したり、どこかに書きとめておくことが、やがて死にゆく自分の『権利』を守ってくれるかもしれません。

REFERENCE:

California Legislature Approves Assisted Suicide Bill

California Legislature Approves Assisted Suicide Bill

http://www.npr.org/sections/thetwo-way/2015/09/11/439607560/california-legislature-approves-assisted-suicide-bill

カリフォルニア州で安楽死合法化へ、全米で6番目

http://www.afpbb.com/articles/-/3060000

カリフォルニア州議会で自殺ほう助案可決、発効すれば全米で6州目

http://www.songenshi-kyokai.com/messages/overseas/541.html

安楽死 – Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/安楽死

一般財団法人日本尊厳死協会

http://www.songenshi-kyokai.com/

「尊厳死法制化」は医療格差の拡大を招きかねない―川口有美子氏インタビュー回答編

http://blogos.com/article/47441/

安楽死や自殺幇助が合法化された国々で起こっていること

http://synodos.jp/society/1070

As Planned, Right-To-Die Advocate Brittany Maynard Ends Her Life

http://www.npr.org/sections/thetwo-way/2014/11/03/361094919/as-planned-right-to-die-advocate-brittany-maynard-ends-her-life