たとえば記者も中学時代、友人とこんな話をしたことがありました。「告白するとき、直接言うか、電話で言うか?」どちらのほうが成功しそうか、どちらがより緊張しなくて済むか……。肝心の女子の意見なしで話し合ったことも、いまでは遥か遠い昔の思い出です。

それから時は過ぎて2015年、ある研究報告が海の向こうから届きました。告白はさておき、ひとまずデートに誘うときは電話よりメールのほうが成功しやすいようです。

もっと激しく、もっと冷静に

電話よりメールのほうがデートに誘いやすい……。むろん『メール』を、FacebookのメッセージやLINEなどと言い換えても同じことでしょう。研究を率いた、インディアナ大学のアラン・デニス氏は、人々の感情がメールにどのように反応するかを調査しました。彼は「誰かになにかを考えてもらいたい、そんな内容を伝えるのにメールはとても向いている」と述べています。

アラン・デニス氏

テクノロジーが潜在意識や神経に与える影響について研究している。

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INDIANA UNIVERSITY BROOMINGTON

72人のティーンエイジャーを対象とした研究で、参加者はランダムに、ロマンチックな/事務的な内容の、ボイスメール(留守電)/電子メールを送ることになりました。すなわち参加者は、内容と方法別の4パターンに分けられたのです。彼らの顔と足には皮膚センサが付けられ、ポジティブ・ネガティブな感情とともに筋肉がどのように反応したかが測定されました。

その結果、ロマンチックな電子メールを送った者は、同様のボイスメールを残した者よりも感情的に昂ぶっており、かつ思慮深い言葉を用いていたのです。

ただ昂ぶってればいいというものでもない……。

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編集できるメール、編集できない電話

では、彼らが送ったメールの文面にはどのようなことが起きていたのでしょうか? アラン氏は『電話』と『メール』という2つのメディアの違いを指摘しています。「ロマンチックなメールを打つときに、人は意識的に、ときに無意識的に、ポジティブな内容を付け加えます。おそらく、声のトーンを伝えられないという欠点を補うためでしょう」

メールを打っているかぎり、人はその内容を何度でも書き直すことができます。よりふさわしい内容を目指して、幾度となく文章が書き換えられるのは、もちろんデートのお誘いに限ったことではないでしょう。しかし電話の場合は、この『編集』という作業が存在しません。留守電にしても、一度録音してしまえば、あとは残すか消すかの二択しか残されていないのです。

留守電、という文化も少しずつ廃れつつある?

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自己満 備忘録

メディアのステレオタイプ

もっとも、哲学者ネッド・コック氏の『メディア自然論』いわく、「そもそも私たちの祖先は対面型のコミュニケーションを取っており、私たちの脳はそうしたコミュニケーションに適するよう進化してきた」といいます。メディアを介したコミュニケーションには、対面型にある要素がなく、また脳も本来そうしたものに適していないので、結果的に互いの認知を阻害してしまう、というのです。

この理論は一般的なものとして知られているほか、『メールなどのテキスト・メッセージはうまくいかない』とする考え方はほかにも数多く存在します。しかし、今回の研究結果はそうした主張に反するものです。アラン・デニス氏は「メールなどに対するステレオタイプな考え方について、私たちは再検討しなければならない」と述べています。

「対面型が本来のものでその他は邪道!」という主張もいまでは乱暴

写真はフィンランドの『携帯電話投げ選手権』。

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IZIFUNNY

メールで自己と『対面』する

また研究によれば、内容がロマンチックか事務的か、また男女の違いにもかかわらず、メールは留守電よりも精神的な反応を強く喚起するといいます。そこには、メールを打つときにかかる『時間』と『思考』が関係しているようです。メールを打つ人々は、相手に意味をきちんと伝えられるかどうか、慎重に言葉を選ぶために時間を要していました。

ここには『電話』と『メール』の違い以上に、『声』と『文字』というメディアの違いが現れています。たとえば電話の場合、声は発されたとたんに消えてしまい、話された内容はすぐに取り返しがつかなくなってしまいます。一方で文字は、それが編集可能であることも含めて、声よりも明らかに猶予のあるメディアです。その猶予は、文字を書いて(打って)いる『私』が自分自身に向き合う時間をも生むことになります。

消えないために困るメールもある。

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たとえば、誰かをデートに誘いたい『私』は、その意志を文字という形に表します。すると『私』は、そこで自分自身の意志と強制的に向き合わされて「これは気持ち悪い」「この書き方はまずい」といった判断を下すでしょう。それが新たに文字として表れたとき、『私』はふたたび自分自身と向き合うことになります。ここで起きているのは、メディアに映る自己とのコミュニケーションにほかなりません。

もっともアラン氏は、対面型や電話のコミュニケーションも否定せず「そういった方法こそ適した状況もある」と述べている。

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「メールのほうがデートのお誘いに成功しやすい」。これは、デートに誘いたい自分と、それを見つめる自分とのコミュニケーションが終わっているという意味で、そちらの方がより強度の高い言葉を紡ぎ出せるということでしょう。アラン氏は「誰かになにかを考えてもらいたい、そんな内容を伝えるのにメールはとても向いている」と述べていますが、『誰かに考えてもらう』ためには、それだけ自分も考えなければならないのかもしれません。

しかし、いかんせん『デート』や『告白』というものは難しいものです。どれだけメディアが多様化して、人々がそれらに親しんでいたとしても、人の心までそれに対応しているとは限らないからです。

REFERENCE:

Want to take someone on a date? Send them an email! Study finds online messages are MORE romantic than a phone call

Want to take someone on a date? Send them an email! Study finds online messages are MORE romantic than a phone call

http://www.dailymail.co.uk/sciencetech/article-3218765/Want-date-Send-email-Study-finds-online-messages-romantic-phone-call.html

Media naturalness theory – Wikipedia

http://en.wikipedia.org/wiki/Media_naturalness_theory