あまたの誘惑をようやく振り払い、しばらく集中! そう心に決めた矢先に聞こえてくるのは、人の話し声、車の通る音、イヤホンの音漏れ……。どうしてこんなに集中させてくれないのかと怒りすらこみ上げてくる、そんな経験がある方も少なくないことでしょう。でも待ってください、もしかするとあなたは天才かもしれません。

無意識の選別

人々は日頃、環境からの情報が意識に入る際に、『感覚情報のゲーティング』と呼ばれる、情報の取捨選択を行っています。脳が、必要でない情報を自動的に見分けてフィルタリングしているのです。

しかし、取捨選択に『漏れ』があり、フィルタリングがうまくいかない人もいます。時計の音や遠くの話し声が気になって仕方がない、そんな人はもしかすると『漏れ』があるのかもしれません。

たとえば電車の中では走行音がフィルタリングされている。

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ノースウェスタン大学で心理学を学ぶダリア・ザベリナ氏は、雑音が数多く意識に入ってくるということは、それだけ多くの情報を脳が処理しているということだ、と述べています。そこで彼女は、「感覚の過敏さは、人の創造性に影響を及ぼしているかもしれない」という仮説を立てたのです。

創造性の実験

実験のために集められた97人は、芸術や科学の分野で実際にどんな実績を上げたかを尋ねられたあと、『拡散的思考』の試験を受けています。それは、ある見込みのない計画にどんな解決策が考えうるか、独自の答えを時間内になるべく多く出すように求めるものでした。

また彼らは、用意されたビープ音を聞き、脳の電気活動をもとに聴覚情報がどれだけフィルタリングされたかを測定されています。

現実の達成度と拡散的思考の試験結果、ふたつの基準で『創造性』が試された。

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実験の結果、『拡散的思考』の試験で高い点数を取った人は、学力の試験にも比較的優れており、また情報のフィルタリング能力も高いことがわかりました。しかし、現実に『創造性』の実績が高い人は情報のフィルタリングに『漏れ』が多く、認知した情報による刺激を抑えられなかったようです。

研究チームによると、確かに『拡散的思考』が創造性に与える影響は大きいといいます。しかし『拡散的思考』は、情報のフィルタリングの『漏れ』と関係の深い『創造性』とはまた別物だといいます。

たくさん思いつくのと、『創造性』で実績を残せるのは別?

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アンテナとフィルタ

情報のフィルタリングに『漏れ』が多い人は、一般平均よりも広い範囲から刺激を受け取ることができます。一般的には自動的にフィルタリングされてしまう情報を見つけられることが、創造性の鍵だというわけです。

ダリア氏は「彼らはより豊かな体験をすることで、わずかに関係のある情報を統合したり、かけ離れた発想やアイデアを関連づけることができる」といいます。実際に、歴史的に著名な人々も、自身の感覚の過敏さについて書き残していました。

自然科学者チャールズ・ダーウィン

進化論を唱えたことでおなじみ。雑音が気になると書き残している。

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Angus Carroll Writings

作家フランツ・カフカ

「執筆には孤独が必要だ。仙人くらいではなく、まるで死人のような孤独が」

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また、『失われた時を求めて』などを執筆した作家マルセル・プルーストは、周囲の雑音が気になるあまり、仕事中は耳栓を外さず、さらに外部の音を遮断するために寝室の壁をコルクで覆っていたといいます。

雑音がわざわざ耳に入ってくる、あまりにも気になる……。それは多くの物事に焦点を当てながら思考できるという、能力の証明なのかもしれません。

マルセル・プルースト

たしかに神経質そう。

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THE DAILY BEAST

環境に適応する

それでも多くの人は、身の回りの雑音に少しずつ慣れていきます。聴覚情報のフィルタリングは、うまく環境に適応するようになっているのです。

たとえば、自宅が消防車の隣にあったとしたら、私たちは突然鳴り響くサイレンの音にすら慣れることができます。しかし、もちろん耳はその音をきちんと拾っています。長い生活のなかで脳がサイレンの音に慣れていき、優先的に他の音を情報として認識するようになるというわけです。

近くに保育園があれば、子供の声にもきっと慣れる。

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また、ある音の存在によって他の音が聞こえなくなる現象をマスキングと呼びます。たとえばカフェで流れているBGMには、周囲の話し声を意識させないという効果があります。これもマスキングを利用したものだといえるでしょう。

なぜかカフェだと集中できるのはこういう理由かも。

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これもマスキング

いまやアプリでもいろいろある

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Secret Sound

原因は『騒音』ではない?

それでも聴こえすぎる、気になってしかたがない……。そんなときは、気になる音そのものではなく、もっと広い『環境』に問題があると考えてみてもいいかもしれません。

音が大きいためにうるさく感じるものを『騒音』とすると、音のボリュームではなく人間関係などの心理的影響でうるさく感じるものを『煩音』(はんおん)といいます。たとえば、集合住宅で隣の部屋から聞こえる音をうるさく感じる……といった時はこの煩音を疑ってもよいでしょう。

しかし単純に音のレベルの問題でないぶん、煩音のほうが解決は難しいかもしれません。まずは判別することが大切でしょう。

かつては愛しかったいびき

もしやプルーストが苦しんだのも煩音では……。

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しかし、もちろん原因がわかったからといって雑音そのものがなくなるわけではありません。それでも、じっと我慢してイライラするのも精神衛生上良くないものです。まずはできる範囲から、自衛を試みるのはいかがでしょうか。

耳栓

画像のものはノイズキャンセラー付き。

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きよおと-KiYOTO

イヤーマフ

耳栓やイヤホンと併用できる。

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工具.jp

こうした方法は、一見だれでも思いつく原始的な方法にも思えますが、あっと驚くような雑音対策は残念ながら今のところ考え出されていないようです。実際にこれらの道具は、生活習慣やストレスなどを原因とする聴覚過敏の患者の方に、病院で薦められることもあるといいます。

雑音に苦しむ人の数は多くとも、おそらくほとんどの人は天才ではないことでしょう。しかし天才であろうとなかろうと、雑音が気になることは変わりのないことです。そんな時はいっそ、この雑音のストレスをどう解決できるかを考えてみるのはいかがでしょうか。もしかすると思いがけず集中できるばかりか、自分も知らなかった創造性が花開くかもしれません。

REFERENCE:

Sshh! There’s a genius at work: Being overly sensitive to sound could be the key to intellectuals’ creativity

Sshh! There’s a genius at work: Being overly sensitive to sound could be the key to intellectuals’ creativity

http://www.dailymail.co.uk/news/article-2985665/Sshh-s-genius-work-overly-sensitive-sound-key-intellectuals-creativity.html

Easily Distracted By Noise? You Might Just Be A Creative Genius

http://www.huffingtonpost.com/2015/03/10/creative-genius-brain_n_6831248.html

Creative Genius Driven by Distraction

http://www.northwestern.edu/newscenter/stories/2015/03/creative-genius-driven-by-distraction.html

住まいと音を考える~住宅の騒音問題を探る~

http://www.toli.co.jp/m_library/m_library6_3_3.html

音の大きさ(音圧・音量)知識 騒音対策DATA

http://www10.ocn.ne.jp/~bouon-sd/oto2.html

聴覚過敏の原因と治療。症状克服のポイント

http://www.miminari-web.net/shoujou/kabinshou.html