H・G・ウェルズ『透明人間』、天狗の隠れ蓑、ハリー・ポッターやドラえもんの透明マント。古くからフィクションの世界で扱われ続け、人々を魅了してやまない透明人間。一度でいいから透明人間になれないものか、と誰もが考えたことがあるでしょう。

一応、現在の技術でも透明マントに近しいものは存在します。けれど、それはよくよく目を凝らすまでもなく簡単に所在がバレてしまうような精度の低い『半透明マント』としかいえないようなものでした。私たちが望むような真の透明人間が実現するのは、もしできたとしてもはるか遠い未来になることでしょう。

けれどそこをなんとか、一時間、一分、一秒、いや、なんなら気持ちだけでも、という経緯があったかは知る由もありませんが、スウェーデンはカロリンスカ研究所にて、透明人間になった人がどのような気分になるのかを調べる実験が行われました。

カナダのHyperstealth開発『Quantum Stealth』

詳細な技術は機密にされているが、もちろんマントに絵が描かれているわけではない。

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Quantum Stealth; The Invisible Military Becomes A Reality

However, it remains unknown how invisibility affects body perception and embodied cognition. To address these questions, we developed a perceptual illusion of having an entire invisible body.

実験はごくごく単純なものです。まず、被験者に装着したヘッドセットから壁際に置いたカメラの映像を見せることで自分の体が存在しないように見せかけます。しかし、これだけではまだ単にカメラを覗いているのと変わりがありません。

なので、実験者は透明な体があると思われる場所をブラシでくすぐりながら被験者の体も同じようにくすぐりました。被験者からすれば、何も見えない空間をブラシでくすぐられたのに実際に自分の体にも同じようにくすぐられた感触があった、ということです。この視覚と触覚の錯覚を利用することで、実験者は被験者に自分が透明人間になったように錯覚させることに成功しました。

『透明な体』がある場所にナイフを突きつけると、被験者は実際にナイフで脅された時と同じような反応を示した。

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次に、被験者に自分が透明人間であると思わせてから被験者の顔を上げさせ、他の被験者たちと顔を合わせるように仕向けました。その結果、透明人間になっていると思っている時はそうでない時に比べて、たくさんの人の前に立っている時の不安感が有意な差で軽減されていることがわかりました

画面の中から見られていてもそんなに気にならない、ようなもの?

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衝撃の結果、というほどでもない?

透明人間になっていたらたくさんの人に見られていても平気、というのはなんとなく当たり前といえば当たり前の事実のような気がします。先に挙げたウェルズの『透明人間』でも、透明になった男が様々な悪事を繰り広げるようになりますし、透明にならなくても『自分』が見られないという意味ではロバート・ルイス・スティーヴンソンの『ジキルとハイド』にも同じような傾向が見られます。

人に見られていても平気、ということと悪事を働くようになることの間には多少の飛躍があるかもしれませんが、人に見られる心配がないということが悪行に手を染めるのを留める力を弱めているということは疑いようもないでしょう。今回の実験は透明人間になれば本当に人に見られる心配をしなくなるか、という確認であったといってもいいかもしれません。

けれど、それは実験するまでもなく、既に立証されているのではないでしょうか。

ロバート・ルイス・スティーヴンソン『ジキルとハイド』

天使のように善良なジキル博士が薬を飲みハイドという男に姿を変えると突然に悪事を働くようになる。なお、ハイド(hyde)は英語で『隠れる』を意味する『hide』のもじりである。

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©新潮文庫

『匿名』という透明

透明になる、ということは、行為者の個人を特定できなくする作用が含まれています。万引きをしようが殺人をしようが、現行犯(見えない人間をその場で捕まえるのはかなり困難そうですが)でさえなければ、透明人間は自分の罪が露呈することはありません。

だって透明なのだから誰もアリバイも目撃証言も出せないのですから。あるいはどう考えても透明人間の仕業だ、という事件(何もない空間からナイフが出てきて人を刺した、とか)が起きたら透明人間の仕業だと言うことができるかもしれませんが、では、もし、透明人間が複数人以上いたらどうなるでしょう。

そこら中に透明人間がうじゃうじゃいて、お互いがお互いに個人を特定される心配がないから好き勝手し放題。こんな光景を匿名掲示板などで何度も見たことがあるのではないでしょうか。

巨大匿名掲示板『2ちゃんねる』

2001年8月12日に東京・渋谷の株式会社アスキー本社で開催された「アスキーの西氏が取締役を退任」スレッドのオフ会で、西和彦が「2ちゃんねるは便所の落書きみたいなものだ」と語った。

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2ちゃんねる

若干、話の順番が前後しますが、ここで一度『匿名』の意味を再確認しておこうと思います。

匿名(とくめい)とは、何らかの行動をとった人物が誰であるのかがわからない状態を指す。自分の実名・正体を明かさないことを目的とする。

この記述と先ほどの『透明になることは行為者の個人を特定できなくする作用が含まれている』という記述を見てわかる通り、透明になるということは匿名になることが含まれていることがわかります。

匿名になった時に、人がどのような行動を取る傾向にあるのか、ということはいくつかの匿名掲示板を見ればわかる通りです。顔を合わせた会話では絶対に聞かないような罵詈雑言を、匿名掲示板で何度も見たことのある方もいらっしゃるのではないでしょうか。匿名を手に入れると人は匿名をきちんと自覚し、匿名を存分に利用(悪用)するようになる、という私たちが既に知っている情報は、今回の研究結果よりも先に進んでいるような気がします。

近年はGoogle Earthを使って人に見られることなく外出気分を味わえるわけですし、既に私たちは透明人間の気分をインターネットによって実現しているのかもしれません。

実現してみるとこんなものか、ということはよくある話ですが、やっぱり透明人間になるというのはそういうことだけではない気がします。透明になる、ということについてもう少し考えてみようと思います。

『見えない恐怖』の逆

透明になる、ということは匿名になる以外に、単純に姿が見えなくなるという作用があります。元来、人は姿の見えない何かを恐怖するようにできています。ホラー作品でも『姿の見えない何か』が迫ってくる恐怖をモチーフとしたものがいくつもあります。

あるいはもしかしたら、透明になると不安が軽減するというのは、姿の見えない何かになることで自分が恐怖を与える存在、つまり相手よりも上の存在になれている、という認識が無意識のうちに働いているからということは考えられないでしょうか。やや発想が突飛に思えるでしょうか。

映画『パラノーマル・アクティビティ』

2007年のアメリカ映画。姿の見えない何かがいるという恐怖を粗い画質で描くことで『どこかに何かがいるかもしれない』という想像力を掻き立てる恐怖を演出している。

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©Warner Home Video, Inc.

けれど、ウェルズの『透明人間』を原案とした映画『インビジブル』では、透明になった主人公は明らかに人類とは違った畏怖の対象、あるいは怪物として描かれておりますし、主人公自身もそれを自覚しているような描写が見られます。それに、透明人間を例に出すまでもなく、普通の人間が持ち得ないような能力を持った人間が力を過信し他人を蔑むようになるということは、フィクションだけでなく人類史を眺めてもわかることです。

映画『インビジブル』

2000年のアメリカ映画。透明化したまま元に戻れなくなった男が色んな意味で暴走する。

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©Columbia Pictures Industries Inc.

誰もが普通の人が持ち得ないような能力を持つ、というのは、なんだか定義的におかしな話に映ります。みんながみんな特殊な能力を持っていたら、特殊な能力は逆に普通のように見えてきます。

そこで、重要な点だけに着目してみることにしましょう。ここで重要なのは恐怖を与える側と恐怖を与えられる側、あるいは見えない側と見える側、という非対称性です。自分は見られる心配がないけれども、相手には自分を見ることができない。この状況も、インターネットでいくらでも見ることのできる光景です。

最近はテレビなどによく出ている有名人、あるいは現在売り出し中のアイドルがツイッターやブログを利用することが特に多くなっています。彼ら、あるいは彼女らはテレビで顔も名前も知られているしブログやツイッターでも自分の写真をアップしている人が多いです。その人達は『匿名』の逆、インターネットで個人を特定できる『実名』の存在です。

そういった人たちを、ブログであればコメント、ツイッターであればリプライで、匿名の立場から誹謗中傷している人を、少し調べてみればいくらでも見ることができます。たとえば今年の一月にも、元子役の春名風花さん(通称:はるかぜちゃん)がツイッターでの心ない匿名アカウントの誹謗中傷によって、ツイッターのアカウントを消す事態に追い込まれてしまったということがありました。

春名風花さん

現在はツイッターを再開している。

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©Watanabe Entertainment Co., Ltd.

匿名側は自分が見られる心配がないけれども、実名側は顔も名前も、あるいはもしかしたら住所さえも知られている、というのはまさしく透明人間とそうでない人間の非対称性、非対称性の有利な側にいる人間が不利な側にいる人間を蔑むようになる、という傾向とまさしく一致します。匿名性と非対称性、透明人間が持つ性質をインターネットを使えば簡単に得ることができることがわかります。私たちは電脳の世界に既に透明人間を誕生させていたのかもしれません。

ところで、話は変わって、今回の実験は透明人間になった人の心理作用を調べることが目的とした実験でしたが、それとは逆に透明人間に出くわした人の心理作用はどうなるのか少しばかり気になるところです。誰もいないはずの部屋、けれど、どこかに誰かが、それもたくさん、しかも自分を見つめているような気がする、という状況に置かれたら、透明人間に脅かされる人の気持ちがわかるようになるのでしょうか。

REFERENCE:

An “Invisible” Body Could Reduce Your Social Anxiety – Scientific American

An “Invisible” Body Could Reduce Your Social Anxiety – Scientific American

http://www.scientificamerican.com/article/an-invisible-body-could-reduce-your-social-anxiety/

2ちゃんねる – Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/2%E3%81%A1%E3%82%83%E3%82%93%E3%81%AD%E3%82%8B