命を失った愛しい人を、科学非科学あらゆる力を用いて蘇らせるマッドサイエンティスト、全てを犠牲にして永遠の生命を求める支配者、あなたも一度は聞いた事があろうこの手のお話はこれまで、擦ってすり切れてそれこそ穴が空くほど作られてきました。

会いたい、せめて話がしたい、そんな望みも叶いはしない。生命の喪失。その不可逆性は、人類にとって古来から続いてきたテーマであり、ルールであり、タブーなのです。

さてそんな聖域をあっさり越えてしまおうとするVRアプリが、まだ企画段階にも関わらず話題になっているようです。

『Project Elysium』(プロジェクト エーリュシオン)

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twitter/_ProjectElysium

Elysium(エーリュシオン)は、ギリシア神話に登場する死後の楽園である。冥界の審判官を務めるラダマンテュスが支配する世界で、神々に愛された英雄たちの魂が暮らすとされる。

『Project Elysium』と名付けられたこのアプリは、死んでしまった愛する人との「personalised afterlife experience(擬人化された死後世界体験)」を作り出します。まだ開発中ではありますが、コンピュータ上に記憶や人格をアップロードすることで、仮想現実世界での生活を可能にする技術だといいます。
dailymail

この企画が持ち込まれたのは、Oculus VR社主催の『Oculus VR Jam 2015 contest』、VRゴーグルOculus Riftを使用する、画期的なアプリ開発を競うコンテストです。2015年4月20日から5月11日までの間に4回の審査が行われ『ゲーム』『ゲーム以外のVR体験』2部門に総額100万米ドルの賞金が振り分けられます。そしてこの企画を提出したのはParanormal Games、オーストラリアに拠点を置く小さなアプリ制作会社です。

今は審査が終り投票期間に入っているのですが、『Project Elysium』に関する情報はほんのコンセプトだけで、Twitterに挙げられた画像とふんわりしたイメージ映像、そして説明文しか得る事はできません。

開発中の画像

開発者の同僚、Nick氏。

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twitter/_ProjectElysium

使用者はOculus Riftを着用してアプリを起動する事で、故人と会話したり交流したりする事ができます。故人の人格、癖や特徴、動作を構築するには、あらかじめ生前に十分なデータを収集しておく必要があります。

まずは全身をスキャンして外見のデジタルデータを作成します。次にその人の生活、人生、様々なものに対する考え方などについて20時間におよぶ質問を行い、データを集めます。最後に、それらを組み合わせて疑似人格を形成するのだそうです。

なかなかに手間はかかりそうですが、この疑似人格を作る行程自体には目新しいトピックが含まれているように思えません。なぜこれ程までに話題になったのでしょうか。それは用途を「VRを、故人と交流して悲しみを乗り越えるために使う」と明言した事にあると思われます。
すでに専門家の間では「安らぎを与え、立ち直る手助けになるだろう」「いやむしろトラウマから立ち直る事を阻害するのではないか」「死者への冒涜である」と、このアプリが人の精神に与える効果や社会にもたらす影響について賛否が分かれているようです。

南カリフォルニア大学で医療用仮想現実の研究を行っているAlbert Rizzo博士は
「精神的に苦しい状況を克服しようとする人々を支援する事は、良い事だと考えています。前へ進む事から逃げる事は、過去へ引き戻されてとらわれる事と同じだからです。故人と出会い、交流したいと願う事が、死者への冒涜になるとは思いません。」と述べています。

仏壇

仏教におけるProject Elysiumかもしれない。

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Ryohei Noda

あくまで心を癒し、前に進むためのツールだという事です。確かにこのアプリを遺品や生前の写真のようなものだと考えられれば、役に立つ道具なのかもしれません。

過去、人類の歴史の中で数えきれない数の人々が亡くなり、その度に繰り返されてきた喪失の悲しみ。死んだあの人はどこへ向かうのか、私は死んだらどうなるのか、私達は出口を求め続けてきました。そして、その問いに答え続けてきたものはかつて宗教であり、科学でありました。死後の世界はどんなところか、死ぬとは何か、翻って生きるとはどういう事か、様々な仮説やモデルが提唱されてきました。このモデルを、死生観とも呼びます。

いってみればこのアプリは新しい死生観の提案であり、宗教の始まりともいえるでしょう。始めは「VRなど偽物である」と言われるかもしれません。しかしそんな偽物と、かつての死生観との境目はきわめて曖昧です。開発者は「悲しみにくれる人が立ち直る手助けになるようなツールを作りたい」とコメントしています。

故人が死後に収まる場所を見る事で安心が得られる事もあるでしょう。会話の中でどんな人だったか思い出す事で納得する事もあるでしょう。そして、不安や疑問が治まる事にしたがって故人の事を考える時間は減っていくでしょう。目の前の生活や日々の新しい出来事の中で自身に変化が訪れるでしょう。その時には逆に、代わり映えのしない『Project Elysium』の中の人に違和感を覚え始めるかもしれません。

最終的に、違う世界に行ってしまった人を認識する事で緩やかな諦めを引き起こし、現実への軟着陸を果たす。その役割において『Project Elysium』であってもかつての死生観であっても違いはないように思えるのです。

さて冒頭の物語、死者を蘇らせようとした登場人物達の思いは大抵、裏切られる方向へバッドエンドへと向かっていくものです。死者再生の禁忌、その領域を侵した事の重大さに恐れおののき、後悔します。「やはり行うべきでなかった」

……あれ、若干嫌な予感がするような、しないような、未来リアルに発達した『Project Elysium』につい依存し過ぎて『やっぱり故人の死を認められない+仮想現実から戻って来られないパターン』のオチはまさか来ないですよね……。

いやいや、きっと大丈夫、決まった答えしか返さない擬人を見ていれば「しょせんデータだな」と思えるでしょう。仮に、疑似人格が日々の経験に影響を受けて更新されるようになり、反応や答えが変化し始めたとしても……多分大丈夫です。私達は本物の人間なんですから『データの人格』と『人間の人格』との細やかな違いを感じ取れないわけがありません。

でも最後に、こんな事を疑似人格から伝えられたら、困ってしまうかもしれません。

「いやだなあ、君だって既にElysiumにいるんじゃないか。」

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ProjectElysium

REFERENCE:

Could Oculus Rift bring people back from the dead? Virtual reality app claims to reunite users with deceased loved ones

Could Oculus Rift bring people back from the dead? Virtual reality app claims to reunite users with deceased loved ones

http://www.dailymail.co.uk/sciencetech/article-3054458/Could-Oculus-Rift-bring-people-dead-Virtual-reality-app-claims-reunite-users-deceased-loved-ones.html