日本初の携帯音楽プレイヤーとしてカセットウォークマンが発売されてから26年、いまやスマートフォンを含めれば、誰もが携帯音楽プレイヤーを持っている時代といってよいことでしょう。音楽は生活と切っては切れないものになり、音楽を聴きながらでないと仕事ができない、眠れない、という方もいるはずです。

しかし、WHO(世界保健機関)は、その現状に苦い顔をしていました。このたび彼らは、危険な音楽の聴き方のせいで、世界で約11億人の若者が聴覚を失うリスクを背負っていると発表したのです。

People should listen to music for no more than one hour a day to protect their hearing, the World Health Organization suggests.

WHOによれば、世界では、12〜35歳の約4,300万人が難聴や聴力損失状態にあるといいます。富裕国や中所得国では、12〜35歳の50%近くが音楽プレイヤーを危険な音量で使用しており、また、約40%はクラブやバー、スポーツイベントで危険な音量にさらされている可能性があるというのです。

そこでWHOが解決策として提案したのが、「音楽プレイヤーの使用時間を1日1時間未満にする」ということでした。

エティエンヌ・クリュッグ博士(WHO)

「問題意識を高めることで、多くのダメージを防げる可能性がある」

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世界に広がる難聴や聴覚損失の原因を、WHOが音楽プレイヤーに求めたのには理由がありました。

アメリカの国民健康栄養調査によると、1994年から2006年にかけて、難聴や聴覚損失を患っている12〜19歳の割合は3.5%から5.3%に上昇しています。その背景では、ヘッドホンで音楽を聴く人の割合が1990〜2005年で約70%増加していました。2008年には携帯音楽プレイヤーが人口増加の割合と同じペースで使用台数を伸ばしているほか、2013年には全世界でのスマートフォン出荷台数が10億42万台を記録しているのです。

これもいまや珍しい光景ではない。

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ヘッドホン難聴

音響外傷(ヘッドホン難聴)は、大音量に長時間さらされていると起きる騒音性難聴の一種です。ライブ会場で爆音を聴いたあと、一時的に耳に違和感が残った……という経験がある人は少なくないと思いますが、その症状がおさまらない状態をこう呼びます。

音は、まず耳介から外耳道を通り、鼓膜からツチ骨、キヌタ骨、アブミ骨を経由して、内耳の蝸牛(かぎゅう)に伝わります。そこで高低や強弱が分析されると、音は電気信号に変換され、聴神経から脳に伝わっているのです。

蝸牛には、音の分析のために有毛細胞が並んでいます。大音量によってこの細胞が傷つけられることで、いわゆるヘッドホン難聴は発生します。

蝸牛の有毛細胞は、小さなダメージなら回復できるようですが、持続的にダメージを受けた場合は回復できないといいます。その原因はP53遺伝子という、がんを抑制するために細胞分裂を制限する遺伝子であるといわれています。その働きを止めれば有毛細胞は回復するようですが、その一方でがん化のリスクもあるのです。

WHOの提案

こうした事態を受けて、WHOは様々な音のデシベル数を測定し、それぞれ1日に聴いて問題のない時間をリストアップしています。

デシベル数 時間 たとえば
85.0db 8時間 車の騒音
90.0db 2時間30分 芝刈り機
95.0db 47分 中型オートバイ
100.0db 15分 車のクラクション、地下鉄
105.0db 4分 最大音量の音楽プレーヤー
110.0db 30秒 チェーンソー
115.0db 28秒 ロックのライブコンサート
120.0db 9秒 ブブゼラ
125.0db 3秒
130.0db 1秒未満 飛行機の音

28秒間のコンサートがあるなら行ってみたいところですが、とにかくWHOはこれを踏まえていくつかの提案をしています。

冒頭で紹介した『音楽を聴く時間を1日1時間未満にする』という方法のほか、音楽プレイヤーは最大音量の60%程度での使用を推奨する、騒音時は音量を上げるのではなくノイズキャンセリングヘッドホンを使用する、音楽ライブでは耳栓を使用するかスピーカーから遠い位置に立つ、休憩を取る……。納得できるものから、それを言っては本末転倒といったものまで様々です。

ジョン・ケージ作曲『4分33秒』(楽譜)

『無音』が奏でられ、聴衆は周囲の音を聴く、という曲。飛行場では4分33秒も聴いていられないかも。

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しかしそもそも、職業的にこれらの基準を守れない人もたくさんいることを考えると、あくまでこれはひとつのモデルにすぎないのかもしれません。人と『音』の関わり方に個人差がある以上、個人でできることにも人それぞれ限界があることでしょう。

環境にアプローチする

一方でWHOは、両親・教師・医師・施設経営者、企業や政府に対して明確な指針を示しています。

両親には子供たちに適切な情報を与えること、教師には授業の中で情報を伝えること、また医師には良い助言者となることを求めています。クラブなどの経営者には、施設に音量基準を設けるほか、無料での耳栓配布や休憩室の設置などを要請しており、また企業にも、最大音量を簡単に設定できるプレイヤーやディスプレイに警告を表示するシステムの開発を求めているのです。

政府には、騒音に対する厳しい法律の策定や、既存の法律の遵守を要求。また、政府のキャンペーンで問題意識を向上できるよう要請している。

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もちろん音楽の聴き方は個人の趣味嗜好や感覚に基づくものです。WHOのエティエンヌ博士もそれを理解しており、「アルコールと同じで、多くのリスクは快楽につながっている。それを変えるのは簡単なことではないが、人々は認識しなければならない」と述べています。WHOの指針が、個人の嗜好ではなく個人を取り巻く『環境』にアプローチしようとしているのは、もしかするとそれゆえのことかもしれません。

しかし私たちは、自らの生活環境どころか、周囲の雑音ひとつで音楽の聴き方を変えているのが現状です。WHOが『環境』にアプローチする一方で、私たちはその『環境』に応じてころころと聴き方を変えていく……この追いかけっこは、まだ始まったばかりなのかもしれません。

REFERENCE:

Cut music to ‘an hour a day’ – WHO

Cut music to ‘an hour a day’ – WHO

http://www.bbc.com/news/health-31661789

Make Listening Safe

http://www.who.int/pbd/deafness/activities/MLS/en/

若い人にも多い難聴3 音響外傷(ヘッドホン難聴)

http://www.ohkawara-clinic.com/column/nancho4.html

気をつけて! ヘッドホン難聴がふえています | 耳鼻咽喉科 | +Wellness プラスウェルネス

https://www.pluswellness.com/column/detail.php?id=90

誰も興味がないだろうけど耳鳴りの話

http://portalshit.net/2007/04/14/761

世界のスマートフォン年間出荷台数、2013年に10億台を突破(IDC調査)

http://wirelesswire.jp/Watching_World/201401291315.html