人間の脳とコンピュータを接続し、思考をデータ化して送信したり、コンピュータからのデータを脳に送って双方向的な情報のやりとりを行うブレイン・コンピュータ・インターフェース(BCI)の実現は長年の人々の夢であり、特に90年代のアニメや映画では頻繁に登場するテーマでもありました。エヴァンゲリオンのパイロットは思考の力で操縦し、攻殻機動隊では人々が脳の神経ネットにデバイスを接続してネットワークにアクセスできる「電脳化」時代を描いています。その後BCIの研究開発が進み、数年前まではアニメや映画の中だけだったことが現実になりつつあります。

BCIとは

脳とコンピュータをつなぐ研究は1970年代から始まり、1990年代半ば頃から実際に脳に電極を埋め込む手術が普及し、主に脳神経系の病気を治療する医療分野を中心に発展してきました。

代表的な医療用BCIに、パーキンソン病などの神経系の病気の治療法として使われている『脳深部刺激法(DBS)』があります。脳内に挿入した薄いチップから脳深部の正確な位置に電気パルスを継続的に送り、神経伝達をコントロールすることで手足の震えやこわばりなどの症状を緩和するもので、1995年にフランスで開発されて以来、世界中で何万人ものパーキンソン病患者が使用しています。

この他にもDBSは脳梗塞やジストニア、鬱病、PTSDなど脳神経の問題で起こる色々な病気の治療に使われています。アメリカ国防総省(DARPA)は戦争で負傷した兵士のPTSDをDBSを使って治療することを支援しており、5年間で26億4000万円もの巨額の予算を立てています。

「脳のペースメーカー」とも呼ばれている脳深部刺激法。前胸部に刺激装置を埋め込み、脳へ電流を送る。電源は体外からスイッチでオン・オフできる。

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Stanford University

内から外へ

初期のDBSは『外部から脳に干渉する』という方向でしたが、最近では逆の『脳波で外部機器をコントロールする』技術も次々と開発されています。

2006年、アメリカのブラウン大学で、ALS(筋萎縮性側索硬化症。脳や末梢神経からの命令を筋肉に伝える運動ニューロンが侵される難病)の患者が、埋め込み型BCI『ブレインゲート』システムを使って、思考の力だけでカーソルを移動させ、メールボックスを開いたりすることに成功しました。

ブレインゲートを装着した患者。実験結果は画期的だが、実用に耐えるにはさらに改良が必要。

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NEUROGADGET

思考の力でコンピュータを操作する患者。

2012年には、四肢麻痺の患者が同様の原理でロボットのアームを動かし、カップを持ち上げ、飲み物を飲むことに成功しました。この様子を映した動画がyoutubeで発表され、世界中を驚かせました。

研究チームと患者さん双方が協力し試行錯誤を経て実験成功にこぎつけた。

大脳の中の四肢の運動をコントロールする部分に2mm四方に100の電極が並んだ極小のコンピュータチップが埋め込まれ、それに繋がったセンサーがニューロンの活動を追跡し、患者が「手を動かそう」と思ったとき活性化するニューロンが信号を出すと、その信号をコンピュータが出力信号に変換し、アームやリモコンを動かせるということになります。

現在、ブラウン大学はスポンサーのサイバーキネティクス社と共同して研究開発を進めています。

埋め込まれるチップとコインの大きさ比較

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NEUROGADGET

新素材 ファイバー製インプラント

脳に電極を埋め込む方法は非常に高精度の結果が得られる一方、以下のように問題も少なくありません。

埋め込まれた機材が回りの組織を傷つける
場所がずれて機械が正常に動作しなくなる
生体が免疫反応を起こしてしまう
感染症のリスクが高まる
湿度で機械がだめになる 等

マサチューセッツ工科大学で、これらの問題を一挙に解決できる可能性を持った新しい製品が発明されました。神経繊維によく似た特徴を持つポリマーを使った、髪の毛より細い中空のファイバーでできたインプラントで、脳と信号のやりとりをしながら、同時に、空洞部分を通して脳に直接薬剤を送り込むこともできるという多機能なもので、今後どのように活用されるか期待が集まっています。

新しく開発された極細インプラント。

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Daily Mail Online

非常に細く、生体により適合した素材でできているので、脳を傷つけたりすることもなく、長期間体内に置かれた際に異変を起こすリスクも低減される。

思考の力で飛行機を飛ばす

ブレインゲートのような、脳に直接電極を埋め込むBCIのほかに、頭の上から装着して頭皮上に電極を置くヘッドセットタイプのBCIもあります。現時点では埋め込み型ほど精度が高くないと言われていますが、手術が不要な上に安価で取り外しも簡単なため、実用面では埋め込み型をリードしています。

こちらはヘッドセット型

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Ars Electronica

2014年8月、このヘッドセット型BCIを使った実験の成功のニュースが世界で話題になりました。
脳波記録用ヘッドセットをつけた被験者Aに「こんにちは」「ハロー」などの挨拶を思い浮かべてもらって、そのデータを別の国にいる被験者Bにインターネット経由で送信する実験をしたところ、送信側の被験者とは別の国に住む人で、挨拶の言葉も違うにもかかわらず、被験者Bは実験後に「挨拶の言葉が聞こえた」と証言しています。

心の中で挨拶をすると……。

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PLOS ONE

この実験以前にも動物を使った脳波によるコミュニケーション実験は成功していましたが、人間への応用ではこれが初でした。この成果はヘッドセット型BCI技術における大きな進歩だといえるでしょう。

さらに同年ミュンヘン工科大学では、ヘッドセットを付けフライトシミュレーターに乗った7人の被験者が思考の力だけで飛行機を操縦することに成功しました。

思考の力のみで飛行機を操縦・着地させる様子

ブレインゲートの実験では義手を操作できるようになるまで練習が必要だったそうですが、この実験では練習は一切なく、被験者は操縦方法については何も知らない状態で操縦席に乗ったということです。

脳はブラックボックス

ところで、脳とコンピュータをつなぎ、脳の神経細胞の信号をコンピュータ信号に変換するためには、脳から出る電気信号が何に対応しているか(『足を動かしたい』、『眠い』など)という対応関係を解明することが必須となります。

私たちの脳で起こる活動は異なる複数のニューロンの発火パターンによって生まれるもので、このパターンを解明すれば、人の脳の全ての働きを定量的に説明することが可能になります。ちょうど、コンピュータの働きが全て1と0で表せるというようなイメージです。

ニューロン

一つのニューロンが電気信号を発すると、回路を通じて他のニューロンに情報が伝達され、認知、運動、感情、記憶、学習など高度な脳の活動が生まれる。

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国立遺伝学研究所

しかしニューロンの大きさは小さいもので200分の1立方mm、それが1立方mmあたり10万個もあり、つなげると100万kmにもなる非常に複雑で大規模なシステムなので、そう簡単には解明できません。

2013年、オバマ大統領はこの対応関係をマッピングして解明するプロジェクト『Brain Activity Map Project』を始動し、30億ドルを超えると言われる予算を投入し研究機関を強力にバックアップし始めました。またEUでも、2020年までに人間の脳機能を完全解明しスーパーコンピュータ・クラスタでシミュレートする『Human Brain Project』を開始し、10年間で総額12億ユーロの予算を立てています。脳機能の解明とBCIの開発は今最も欧米諸国が力を入れている研究であると言えます。

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脳機能マッピング

脳機能局在論に基づき、脳の各部位が担っている機能を明らかにする試み。

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TIME

さまざまな応用

BCIの開発は着々と進んでおり、現在、様々なデバイスが商品化されつつあります。ヘッドセットをつけて脳波を測定し、そのデータをスマートフォンに送信し、アプリを使って自分の脳波の状態をフィードバックできるものや、思考の力でテレビのスイッチをつけたりできるデバイス、睡眠中のレム・ノンレム睡眠の脳波を測定し、いつ睡眠をとればいいか教えてくれる健康管理デバイスなど、ありとあらゆる場面に応じたデバイスが次々に生まれてきています。

自分の脳波を測定し、データをスマートフォンに送信しアプリ上で自分の精神コンディションを把握することができる”flexctrl”。デザインもスタイリッシュです。

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INDIEGOGO – Flexctrl brain

ファッション分野でも、装着者の脳波を測定して、感情によって色が変るヘッドギアやドレス、感情の動きに合わせて耳の動きや向きが変る「ネコミミ」など、意志や思考だけでなく、感情を色や動きで表すコミュニケーションツールとしてBCIが応用されつつあります。

集中しているときは耳がピンと立ち、リラックスしている時は耳が寝るなど、感情の動きに合わせて耳が動く「ネコミミ」。東京のプロジェクトチームneurowearが企画し、ニューロスカイ社が2012年に製品版を発売しました。

Sensoree社の、感情の状態に合わせてLEDライトの色が変るセーター。穏やかなときは緑、イライラしているときは赤、エクスタシー状態の時は白など。

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SENSOREE

14個の脳波測定センサーのついたヘッドギアで、脳波によって色が変る。デルタ波の時は赤、シータ波はオレンジ、アルファ波は水色、ベータ波は青、ガンマ波は多色

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SENSOREE

今までは「黙ってさえいれば何を考え感じているか、神様と自分以外の誰にも分からない」と考えられがちでしたが、以上のような近年のめざましいBCI開発の軌跡を見てくると、固いブラックボックスも徐々に透過性のある開かれたものへと変わっていくかもしれないと思えてきます。

言葉を話さなくても思考の力だけでやりとりができ、科学技術の力を借りての『以心伝心』が実現するかもしれません。英語を学ばなくても国際人になれるし、動物とも意思疎通ができるようになり、『空気が読めない』はもはや死語になるでしょう。ごったがえす観光地でポケットやカバンの中に入れたスマホを探す必要もなく、写真を撮れと念じただけでデバイスに写真を保存することができるし、幸せな友人を妬む黒い心がわきあがってきたら、それを打ち消し平静を保つようにデバイスから脳波をコントロールすれば大丈夫。

2020年までに脳機能マップを完成させるのは難しいかもしれませんが、BCIの開発が着実に進化していくことは確実です。しかし同時に、他人の脳波を意図的に操作したり、思考を盗聴したりという新たな犯罪も多くの人が懸念するところであり、様々な角度から倫理的な問題を考える必要があるでしょう。

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既にこんなものも

脳波を読み取られそうになった時、装着者に電気的刺激を与え現在の思考を中断させるヘッドギア。2013年にイタリアのデザイン会社Fabricaが開発。

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Fabrica

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むしろ覗きたくなる。

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Fabrica

REFERENCE:

阿部ブログ

阿部ブログ

http://blog.goo.ne.jp/abe-blog/e/32b7ddded608536f9b8d76a42f44a330

RIKEN Brain Science Institute

http://www.brain.riken.jp/jp/aware/neurons.html

Is Emailing Your Brainwaves the Future of Communication?

http://www.newsweek.com/emailing-your-brainwaves-future-communication-266155

Are Mind-Powered Drones Next?

http://www.worldcrunch.com/tech-science/are-mind-powered-drones-next-/drones-brain-computer-future-telekinesis/c4s16081/#.VO9bgnysWWw

The real-life Matrix: MIT researchers reveal interface that can allow a computer to plug into the brain

http://www.dailymail.co.uk/sciencetech/article-2927410/The-real-life-Matrix-MIT-researchers-reveal-interface-allow-computer-plug-brain.html

Mind over matter

http://scienceline.org/2012/01/mind-over-matter/

JOURNEY OF DISCOVERY STARTS TOWARD UNDERSTANDING AND TREATING NETWORKS OF THE BRAIN

http://www.darpa.mil/NewsEvents/Releases/2014/05/27a.aspx

オバマ大統領が今後10年にわたる脳プロジェクトを発表!

http://www.business-brain.co.jp/ikuta-satoshi_column/detail/id=552