冬は良い季節です。夏のように外に出ているだけで汗がダラダラ出ることもないし花粉に悩まされる心配も他の季節に比べて少ないし雪など降った日には柄にもなく雪だるまなんて作ってみたり。童謡でも『犬は喜び庭駆けまわる』と言っています。ですが、逆に気分が落ち込み外に出る気力が湧かず『猫はコタツで丸くなる』状態の方もいらっしゃるのではないでしょうか。犬や猫は種類が違うからまだ納得がいくものの、同じヒト種に属しながら冬に対しての反応がこんなにも違うのは納得がいきません。一体この違いはどこからくるのでしょうか。

もしかしたら、それは生まれた時期に関係があるかもしれません。

In the May 7 issue of the journal Current Biology, they report that they have localized the seasonal light cycle effects that drive SAD to a small region in the mid-brain called the dorsal raphe nucleus in an experiment with mice, a common animal model for studying depression in humans.

季節性情動障害

研究の内容の前に少しばかり『猫はコタツで丸くなる』状態、『季節性情動障害』について調べてみようと思います。wikipediaの記述を引いてみると以下のような記述が為されています。

季節性情動障害(きせつせいじょうどうしょうがい、英: Seasonal Affective Disorder; SAD)とは、

ある季節にのみ、体のだるさや疲れやすさ、気分の落ち込みなど、うつ病に似た症状が出る、脳機能障害の一種である。季節性気分障害、季節性感情障害などともいう。

10〜11月ごろに憂うつな気分が始まり、2〜3月ごろに治まるというサイクルを繰り返す冬型のSADが最も一般的で、「冬季うつ病 (Winter Depression)」とも呼ばれる。

倦怠感、気力の低下、過眠、過食(体重増加、炭水化物や甘い物を欲する傾向が強まる)などの症状が見られるのが特徴。患者の大部分は、冬以外の季節では健康な状態であることが多い。
季節性情動障害 – Wikipedia

と、冬になると気分が沈んで寝過ぎたり食べ過ぎたりしてしまうのはれっきとした病気のようです。当たり前の話ですが気合が足りないというわけではないのです。

ちなみにこの季節性情動障害ですが、原因は冬になると日照時間が短くなりメラトニンやセロトニンが充分に分泌されず、体内時間が狂ってしまうからではないかなどと言われていますが、はっきりとした原因はわかっていません。ただ、強い光を浴びる時間が関係していることはわかっているので、人工的に強い光を浴びる『光療法』が一般的な治療法として利用されています。

日本ではあまり有名になっていないこの病気ですが欧米では有名で、ロンドンの科学博物館では、一般家庭の5倍の明るさを持つ照明を備えたライト・ラウンジと呼ばれるスペースを作って一般の人に無料で開放しているようです。

夏は日照時間が長いから季節性情動障害にはならない?

というわけではない。季節性情動障害は夏にも罹ることが知られているが、こちらは日照時間の関係ではなく気温や湿度などのストレスからうつを引き起こすのではないかと言われている。症状は冬季うつとは違い『食欲減退』『不眠』などを引き起こす。夏バテと似ているが『抑うつ』などの症状が加わることから別の病気であるようだ。

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さて、季節性情動障害についてわかったところで今回の研究に触れたいところなのですが、もう一つだけ。実は季節性情動障害の罹患しやすさが生まれた時期に関係があるようだ、ということは10年以上前から既に明らかになっていたことでした。

Interestingly, patients with melancholic depression were more frequently born in fall/winter and less often in spring/summer compared with patients with atypical depression.

こちらの論文の研究結果によると、春や夏に生まれた人は他の季節に生まれた人よりも季節性情動障害になる傾向が高いようです。しかしならばなぜ今回の研究が論文として受理されているのでしょうか。

その理由は調査方法の違いにあります。先の論文は季節性情動障害に罹患した人の誕生月から統計的に割り出したのに対して、今回の論文は生まれた時の日照時間が違うと脳の仕組みが違うということから明らかにしました。つまり、季節性情動障害の原因、神経学的な脳の働きを明らかにする大きな手がかりとして価値を持っているのです。

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生まれた時期によってどのように脳の仕組みが違うのでしょうか。ヴァンダービルト大学のノア・グリーン氏は、このことを調査するために以下のような実験を行いました。

グリーン氏は3種のマウスを用意しました。3種のマウスはそれぞれ16時間、12時間、8時間、と生まれた時の日照時間が違っています。それ以外の環境は全て同じでした。

次にグリーン氏は各種のマウスの『憂鬱度合い』のようなものを測るため、マウスをプールの中に入れマウスがプールから出ようともがくのを諦めるまでの時間を測りました。結果はどうであったかというと、生まれた時の日照時間が16時間のマウスがもっとも長くもがき続けた、つまり最も低い『憂鬱度合い』を示しました。

もがくのをやめたマウスはどうなった

水に浮く。

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この実験を行った後に3種のマウスの脳を調べたところ、日照時間が16時間のマウスは他のマウスに比べてセロトニン作動性神経が活発で、セロトニンやノルアドレナリンが多く出ていることがわかりました。しかも、16時間のマウスは日照時間の短い環境に身を置いたとしても前と変わらず大量のセロトニンを分泌していたのです。

セロトニン作動性神経

とは、セロトニンを神経伝達物質としてセロトニンを放出するニューロンである。もし脳内にたくさんのセロトニンがあったとしてもこの神経が動かなければ意味がない。

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つまりこの実験によって季節性情動障害にはセロトニン作動性神経の働きが大きく関わっており、また、日照時間が長い環境で生まれた方がよりセロトニンが出やすいということがわかったのです。

真逆の結果

ここまで読んで『おや?』と思った方もいるかもしれません。というのも、日照時間が長い時期に生まれた方が季節性情動障害になりにくいということは夏に生まれた方が季節性情動障害になりにくいということで、先の論文の結果とは全く逆の結果を示しているからです。

同じ場所に辿り着くかと思いきや。

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どういうことなのでしょう。少し、研究結果の整理を行いましょう。

先の研究 :春や夏に生まれた人は他の季節に生まれた人に比べて季節性情動障害になりやすい。

今回の研究:日照時間の長い環境(夏)に生まれたマウスはセロトニン作動性神経が活発で季節性情動障害になりづらい。

ううむ、どちらも研究はきちんとしたもので、どちらかが嘘を言っているとは考えづらいです。なのにこの矛盾した結果はなんなのでしょう。何かこの二つが事実であったとして矛盾しない理論はないのでしょうか。

考えられる仮説は二つあります。一つ目はマウスは夏に生まれるとセロトニン作動性神経が活発になるけれど、人間は夏に生まれるとセロトニン作動性神経が不活発になるというものです。

見た目も全然違うのだし脳の仕組みが全然違っててもおかしくない?

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しかし、この仮説は少々無理があります。マウスと人間は同じ雑食の哺乳類。人間の脳の方がマウスに比べて遥かに大きいですが、だからといって全く逆の反応を起こすような脳の進化の順序を辿ったというのは少々考えづらいでしょう。それに、そもそも実験にマウスを使用したのは人間のうつを研究するにあたり最も一般的に使用される動物だからです。うつにはセロトニンの分泌量が大きく関わっています。そのセロトニンの反応において全く逆の結果を示すような動物が今でも最も実験に使われているということはないでしょう。

じゃあマウスもうつになるのだろうか。

ハタネズミ亜科のレミングは『集団自殺のために海に飛び込む』といわれているのでうつになるのかもしれない、といいたいところだがこの話は事実ではない。脳の機能からうつと診断することも問診でうつと診断することもできないのでうつになるかはわからないが気分が尋常じゃないほど落ち込むことはあるだろう。ちなみにレミングは泳ぎが得意なのでプールに落とされても岸にたどり着くことができるだろう。

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Lemming Suicide Is a Myth That Was Perpetuated by Disney

二つ目の仮説は、あるいはセロトニンを多く出すからこそ季節性情動障害になるのではないか、というものです。

一般的に、セロトニンが不足すると、うつ病や不眠症などの精神疾患に陥りやすいと言われています。だとするならこの仮説は即座に矛盾をきたし成立しないように思えます。

一見すると矛盾しているこの仮説ですが、その説明についての話を続ける前に、一度、セロトニンと、セロトニンの分泌に大きく関わるノルアドレナリンの機能を簡単に紹介しようと思います。

どんどんゴチャゴチャと……。

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まずはノルアドレナリンについて。ノルアドレナリンは主にストレスに反応して分泌される物質で、ストレスに対して怒りや恐怖、不安などの感情の反応を示します。ノルアドレナリンが不足すれば気力や意欲の低下、物事への関心の低下など抑うつ状態になりやすく、逆に分泌が過剰だと、統合失調症や過食症、その他アルコール依存症やギャンブル依存症など様々な依存症を引き起こす可能性があります。

このノルアドレナリンが分泌された時などに気分を和らげるのがセロトニンです。セロトニンが不足すると、ぼーっとしやすい、鬱っぽくなる、パニックを起こしやすいなどの症状が現れます。過剰であれば頭痛、めまい、嘔吐、昏睡、そして最悪の場合は死亡に至ることもある『セロトニン症候群』に罹ります。

つまりストレスを受けるとノルアドレナリンが分泌され、ノルアドレナリンが分泌されるとセロトニンが分泌される、と考えてまぁ問題はないでしょう。

話は戻り、仮説について。夏生まれはセロトニンが多く分泌されるという話からセロトニン症候群が起きているのではないか、とも考えられますがセロトニン症候群は主にうつ病の治療薬であるSSRIの多量摂取、またその他の薬との併用時の副作用として発症するとされています。それに季節性情動障害の症状はセロトニン症候群の症状と一致しません。セロトニンが過剰に分泌されている、というわけではないでしょう。

飲み過ぎ注意

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セロトニンが過剰分泌にならない程度の正常な範囲で分泌されている。それなのにどうやらセロトニンが不足してうつになっている。むしろ矛盾を強化してしまった気さえします。この矛盾を解消するために、セロトニンが多く分泌される人が冬場にどのような反応を起こすかをシミュレートしてみようと思います。

まず、冬というのは寒いものです。『寒い』という刺激はストレスとなり、ストレスに対抗するためにノルアドレナリンを分泌させます。ノルアドレナリンが分泌されれば興奮を沈めるためにセロトニンが分泌されます。これによってストレスから身を守ることに成功したわけですが、ストレスの原因である『寒さ』がなくなったわけではありません。なのでノルアドレナリンは分泌され続け、同じようにセロトニンは分泌され続けます。分泌され続けると、どうなるでしょう。

あらゆるものには限りがあります。お金は使えばなくなるしいくらご飯を食べてもいつかはまたお腹が空きます。セロトニンもその例外ではありません。セロトニンも分泌され続ければ、いつかは尽きます。セロトニンが尽きればうつの症状を示します。

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つまり、セロトニンを多く出すからこそ季節性情動障害になるという仮説は、ストレスに常にさらされる状況にあり、それに対して正常なセロトニンの分泌が行われたが故にセロトニンが枯渇して季節性情動障害になったのではないか、という仮説なのです。

このように考えれば二つの論文の結果が矛盾せずに受け入れられます。加えて、魚には脳内でのセロトニンを作るために重要な役割を果たしていると言われるオメガ3脂肪酸が多く含まれているのですが、昨年の研究によると魚を多く食べている国は季節性情動障害の罹患率が低いというデータが出ています。脳内でのセロトニンの生成に必要な物質を摂ると季節性情動障害にしづらくなるのであれば、セロトニンが枯渇しているという仮説を強化こそすれ矛盾はしないでしょう。

魚を食べる国は季節性情動障害が少ない

少々信じがたいことだが相関はあるようだ。

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しかしこの仮説も、セロトニンの分泌を促すための光療法が季節性情動障害の治療に有効である、という大きな問題が含まれています。もしセロトニンが枯渇しているのであればいくら分泌を促してもセロトニンは分泌されないはずで、結果、光療法は無効でないといけません。

しかし実際には光療法には効果があるのだ。

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©バードスタジオ/集英社・フジテレビ・東映アニメーション

しかし、セロトニンは体内のいたるところにあり、体全体にあるセロトニンのうち脳内に存在するのはたったの2%しかありません。ならばセロトニンが枯渇するようなことはありえないのではないか、と思われるかもしれませんが、脳内のセロトニンは脳内でしか生成されません。なのでセロトニンの材料自体はあるけれどもなんらかの原因(枯渇によって引き起こされるのかストレスにさらされることによるかあるいは全く別の理由かはわからないですが)によって、セロトニンの生成がうまくいっておらず、それが強い光を浴びることで生成され、かつ分泌が促されている、という可能性はありえなくはないでしょう。

光療法がセロトニンの生成のために役に立っているかどうかを示す論文は見つからなかったのでこの仮説が妥当であるかどうかは判断できません。そもそも今回はセロトニンの枯渇がうつを誘発するという仮説に基づき仮説を立てましたが、うつの原因を特定しようとする仮説は他にもセロトニンの受容体の異常とするものなどもあります。どちらの仮説もその理論だけでは説明のできない現象がいくつも出ており、うつの原因を特定するのはなかなか容易なことではないようです。

今回、季節性情動障害についてセロトニン作動性神経が大きく関わることがわかり、うつの原因特定への大きな手がかりとなったと報道されましたが、問題はむしろ増え、困難になってしまったように思えます。

新たなことがわかる度にさらなる深みに……

うつになりそう。

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REFERENCE:

冬季うつ病 (季節性うつ病): 光療法の総合サイト

冬季うつ病 (季節性うつ病): 光療法の総合サイト

http://portal.lighttherapy.jp/sad/post_105.html

セロトニンとは

http://www.human-sb.com/serotonin/

セロトニン症候群

http://www.human-sb.com/serotonin/serotonin_syndrome.html

Cott, Jerry, and Joseph R. Hibbeln. “Lack of seasonal mood change in Icelanders.” (2014).

http://ajp.psychiatryonline.org/doi/10.1176/appi.ajp.158.2.328

うつ病治療に光療法が有効であることが実証された。|プレスリリース配信サービス【@Press:アットプレス】

http://www.atpress.ne.jp/view/9098

ω-3脂肪酸 – Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/Ω-3脂肪酸