『三人寄れば文殊の知恵』ということわざがあります。これは、凡人でも三人集まって考えれば文殊菩薩、智慧を司る仏のような良い智慧が浮かぶものだ、という意味のことわざです。

たしかに、三人の人がいれば三者三様の知識があり、思考があります。何かしらの組織が大きな問題に取り組む時、多人数で知恵を出し合い議論をし、より良い答えを出そうとするのは社会でも学校でも、あるいは国という単位でも当たり前の話です。そういう意味で、組織にとって、円滑なコミュニケーション、統制の取れた意思決定を行うのは非常に重要な課題といえるでしょう。

しかし、誰が一体こんなことを望んだでしょうか。ノースカロライナ州のデューク大学によって多数の動物の脳を接続して作る有機コンピュータの研究論文が一般公開されました。

多数の動物の脳を接続して有機コンピュータを作る、と言われると、かなりマッドで危険な研究の予感を漂わせます。一体どのようにして脳を接続させたのでしょう。

公開された論文は全部で二つ。一つ目は猿の脳を接続しました

仮想の腕を協力して動かす二体の猿

実験では二体を繋いだ実験と三体を繋いだ実験を行いましたが、ここでは二体の時の実験の説明を行います。実験者はそれぞれ別の部屋にいる二体の猿の脳に電極を繋ぎスクリーンの前に座らせました。スクリーンには脳波に反応して動く仮想の腕が映っています。

この仮想の腕は二体の猿が共有しているもので、たとえば片方の猿が右に3センチ動かそうと思った時にもう片方が左に1センチ動かそうと思っていたら右に2センチ動く、というような具合になっています。二体の猿に、この共有の仮想の腕を特定の位置に持っていく訓練を行わせたところ、次第にお互いの脳波に相互的な関係が見えるようになった、つまり、協力して仮想の腕を動かすようになっていったことがわかりました。

猿が協力して仮想の腕を動かす実験図

脳波が仮想の腕を動かしているだけで猿同士の脳が繋がっているわけではない。

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Miguel A.L. Nicolelis

……一体のみが動かした方がなんとなく早そうですが、音声などを使わずにスクリーンからの視覚情報のみで協力が行えた、ということはひとまずすごいことなのでしょう。

もう一つの論文はラットでの実験によるものです。こちらの実験はもう少々、奇妙なものです。

脳を素子としたコンピュータ

論文の概要を見るところによると、実験者は四体のラットの脳に電極を繋ぎ、ラットの脳を一つの素子とした『Brainet』という有機コンピュータを構築し、記憶の復元やはたまた天気予報まで実現したとのことです。そしてこのBrainetsを利用した計算結果は個々のラットが計算した場合よりも正解率が高かったようです。

ラットの脳を利用した天気予報。なんだかすごそうですが、一体全体、どのように天気予報を行ったのでしょうか。詳細を見てみましょう。

天気予報?

まず、実験者はそれぞれのラットの脳に微小な電気信号(刺激1)を送り込みます。その時に発せられるそれぞれのラットの脳波を観測し、実験者はそれぞれのラットの脳波が非常に近い形を取った時に報酬を与えるようにし、この特定の刺激1に対してラット全てが同じ反応を起こすように学習を行いました。実験者はこれによってラットは刺激1に対して脳波1を出力する、学習を行っていない刺激2に対しては違う脳波(これを脳波2とする)の2値を出力する素子と扱うことができるようになりました。

さて、それではこれらのラット、そしてBrainetを利用してどのように天気予報を行っているのでしょう。論文によれば、どうやら三体のラットのうちの一体が気温の情報を手に入れ、残りの二体が気圧の情報を手に入れ、これらの情報を基に三体のラットから成り立つBrainetが計算を行い降水確率を割り出すようです。

実際に論文に掲載された図を見ながら実験を追ってみましょう。少々見づらいですが、下のグラフが一時間ごとの気温、真ん中が気圧、上が降水確率を表しています。

まず、ラットAに予め学習させておいた先ほどの刺激1、あるいは学習していない刺激2をそれぞれ気温が上昇/下降したという情報とみなして送ります。情報を受け取ったラットはそれに応じた脳波をコンピュータに送ります。ラットはたまに送る脳波を間違えます。

同様に、気圧が上昇したか下降したかという情報をラットBとラットCに送り、ラットB、Cは脳波を出力します。次に、この出力された三体の脳波をコンピュータに解析させて計算を行い、計算結果から割り出された新しい刺激を三体のラットの脳に送ります。

最後に、刺激を受け取ったそれぞれのラットの脳波を平均化して、平均化した脳波が刺激1を受け取った時の脳波(脳波1)に似ていれば降水確率は減少する、そうでなければ降水確率が上昇する、とラットが予測したとみなします

論文に実際に使用された図

複雑なグラフだが実験では大まかな期間に『上昇したか、下降したか』という部分にしか着目しない。

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Miguel A.L. Nicolelis

少々、煩雑な説明になってしまったので、簡略化を行いましょう。初歩的な科学書ではたとえ話によって説明をすることが多いので、それにならい、たとえ話によって説明を試みてみようと思います。

あるところに三つ子の幼稚園児がいました。ある日、三つ子は母親におつかいを頼まれます。長男の太郎くんは母親に『気温が上昇した』『気温が下降した』と書かれたカードを渡され『気温が上昇した』というカードを書斎にいる父親に渡すよう頼まれました。次男の次郎くん、末っ子の三郎くんは、『気圧が上昇した』『気圧が下降した』と書かれたカードを渡され『気圧が上昇した』というカードを同じように父親に渡してくるよう頼まれました。

しかし、三人とも漢字が読めないのでどちらのカードを父親に渡せばいいのかすぐにわからなくなります。なんとなく母親が指さしていたような気がする方のカードを手に取り書斎へと向かいます。

書斎に着いて父親にカードを手渡すと、父親はそれらのカードを眺め、三つ子に二枚ずつカードを手渡します。カードには『降水確率が上昇する』『降水確率が下降する』と書かれており、父親は『降水確率が下がる』というカードを母親に渡すよう三つ子に頼みます。

三つ子はやはり漢字が読めないので、どちらのカードを渡すよう頼まれたのかわからなくなり、なんとなくの記憶に頼って母親にカードを手渡します。三枚のカードを渡された母親はそれを眺め、そのうちの二枚が『降水確率が下がる』というカードだったことから『降水確率は下がる』と判断しました。

……拙いたとえ話ではありましたが、以上がラットの天気予報の概ねの内容です。ラットの話に直すのならば、三つ子がラットであり、母親が実験者で、父親がコンピュータにあたります。

さて、三つ子は、ラットは、『天気を予測した』といえるのでしょうか。

この判断は非常に難しいところなので結論を述べるのは控えますが、そもそも『気温/気圧が上昇/下降した』という2×2の4種の入力から『降水確率が上昇/下降する』という2種の出力をするというものは、2変数の論理関数を解いただけの話にすぎません。これを天気予報と言い張るのは少々、いやかなり研究を大きく見せようとしているように思えます。

2変数の論理関数の例。ラットの『天気予報』はこのA、Bの(0,1)の入力に対して(0,1)を出力しているだけにすぎない。

そもそもにしてこの計算を行っているのはコンピュータである。

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それに加えてこの論文、図を思いきり間違えていたり、単位は%なのに数値は小数点以下で書かれているグラフがあったりやや恣意的な実験の設定が見受けられたりと少々、出来が粗いです。

左図のグラフと矢印が論理関数の真理値表になっているとしたら右側真ん中と右下の図の結果は逆である。

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Miguel A.L. Nicolelis

刺激の学習を行っていないBrainetや個々のラットと1%未満の正答率で競い合うBrainet。

恐らく割合と間違えている。

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Miguel A.L. Nicolelis

誇大広告に加え、単純なグラフのミス。やはりマッドな研究はマッドな学術誌に掲載されるがゆえに査読も杜撰なのでしょう、と言いたいところなのですが、この論文は世界的に権威のある学術雑誌『Nature』によって受理され掲載されたものです。Natureといえば昨年、STAP細胞に関しての論文を掲載、撤回という論文に関しての一悶着がありましたが、この論文は問題ないのでしょうか。

海外のニュースサイトによると論文の著者の一人はこの研究は義肢などの技術に役立つと言っているようですが、ちょっと使うのをためらってしまいそうです。

REFERENCE:

Building an organic computing device with multiple interconnected brains

Building an organic computing device with multiple interconnected brains

Pais-Vieira, Miguel, et al. “Building an organic computing device with multiple interconnected brains.” Scientific Reports 5 (2015).

Computing Arm Movements with a Monkey Brainet

Ramakrishnan, Arjun, et al. “Computing Arm Movements with a Monkey Brainet.” Scientific Reports 5 (2015).

Animal brains connected up to make mind-melded computer

https://www.newscientist.com/article/dn27869-animal-brains-connected-up-to-make-mind-melded-computer/