世界中の読書好きが無視できないアート・プロジェクトが始まっている。スコットランドのアーティスト、ケイティ・ペーターソン氏がノルウェーの首都オスロの森に造りだそうとしている『未来図書館』は、世界の作家から原稿を集めて100年封印する、いわばタイムカプセル・プロジェクトだ。

We follow Atwood through a wet forest in Norway as she hands over the manuscript for a book that won’t be read for 100 years.

Future Library, Katie Paterson

ケイティ・ペーターソン氏がプロジェクトについて語る(日本語字幕なし)。

封印される作品

2015年5月、カナダの女流作家マーガレット・アトウッド氏が、オスロの森Nordmarkaを訪れた。ブッカー賞をはじめ数々の文学賞を受賞した彼女は、この『未来図書館』プロジェクトの最初の執筆者なのである。マーガレット氏は書き上がった原稿を寄贈するため、式典に出席したのだった。

Future Library Forest

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Google maps

原稿の寄贈式典に参加する人々。森のなかを歩いていく。

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ケイティ・ペーターソン氏の構想はこうだ。2014年から100年間、毎年異なる100人の作家に1本ずつ作品の執筆を依頼し、その原稿を『未来図書館』に寄贈してもらう。作品のジャンルや長さは問われないが、その原稿は2114年まで封印されることになり、内容を作家本人が口外することも許されない。また、写真を原稿と一緒に寄贈することもできない。

プロジェクトの開始と同時に、Nordmarkaの森には1,000本もの松の木が植えられた。2016年現在は未だ幼いこの木々は、2114年に伐採されると、集められた原稿を出版するための『紙』になる予定だという。

作家たちは語る

この『未来図書館』に参加する作家たちは、まだ見ぬ100年後の読者を想像して作品を書かねばならない。その1人目であるアトウッド氏はこう述べている。「私は『時間』に原稿を渡すのです。そこに受け取ってくれる人はいるでしょうか、『ノルウェー』はあるでしょうか? 『森』は、『図書館』はあるのでしょうか? これから長いあいだ沈黙し、100年後とつぜん目覚める私の声について考えるのは不思議なことです」

マーガレット・アトウッド氏

『Scribbler Moon』という作品を寄贈した。

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Lavin Agency Speakers Bureau

アトウッド氏に次いで執筆を担当するのは、イギリスの作家デイヴィッド・ミッチェル氏だ。日本に8年間の滞在経験を持つ彼は、鎖国時代の長崎を舞台にした作品『出島の千の秋』や、映画化された『クラウド・アトラス』などを執筆している。デイヴィッド氏はプロジェクトについてこう述べている。「中国のことわざによれば、文明とは数百年前に植えられた木の陰で日なたぼっこをすることだという。植木屋はその木が自分より長生きすることを知っていて、まだ生まれていない人々の喜びのためにひたすら植えたのだ。そんな木を植えたいと思って、『未来図書館』に参加することにした」

なお、集められた原稿の数々は2019年に開館する「オスロ公共図書館」の特設室に収められる予定だ。この部屋にはNordmarkaの森から伐採された木材が並べられ、作品名と執筆者名が展示されるという。

「オスロ公共図書館」完成予想イラスト

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NYTT HOVEDBIBLIOTEK I BJØRVIKA

100年という時間

アトウッド氏は、100年という長さを「おとぎ話の時間」だという。作家たちはまだ見ぬ読者に向けて作品を執筆するが、そもそも私たちが今使っている言語は100年後にも使われているだろうか。どんな言葉が新たに生まれては消え、どんなガジェットが普及し、それはどう呼ばれているのか……。アトウッド氏は「どんな注釈が必要なのかわからない」とも述べている。

今から100年前の1916年は、日本では夏目漱石が病気によって没した年である。未完の遺作『明暗』はこの年に発表された。同年には日本で芥川龍之介『芋粥』や森鴎外『高瀬舟』など、海外ではE.R.バローズ『失われた大陸』やジェイムズ・ジョイス『若き芸術家の肖像』などが発表されている。読書好きの方、あるいは研究者の方は、それから現在までの100年という期間をどう考えるのだろうか……。

この『未来図書館』プロジェクトはオスロからの支援を受けて運用され、作家の原稿や森林の木々は2114年まで保護されることになっている。2114年に本をつくる『紙』が必要かどうかはさておき、100年もの年月を彩る100人の作家が執筆した作品が集まったとき、それはひとつの『文学全集』ともいうべきものになるだろう。

ケイティ・ペーターソン氏いわく、このプロジェクトには世界中の作家が続々と登場する予定だという。では、日本人の作家で登場するのはいったい誰になるだろうか? すでに活躍している作家か、もしかしてまだ見ぬ作家だろうか。しかし、Nordmarkaという名の『ノルウェイの森』で行われるこのプロジェクト、あの作家が登場しないのはちょっと寂しい気もする……。

REFERENCE:

Into the woods: Margaret Atwood reveals her Future Library book, Scribbler Moon

Into the woods: Margaret Atwood reveals her Future Library book, Scribbler Moon

http://www.theguardian.com/books/2015/may/27/margaret-atwood-scribbler-moon-future-library-norway-katie-paterson

Future Library – Framtidsbiblioteket – Katie Paterson

http://www.futurelibrary.no/