アメリカの脳トレサイト『Lumosity』が広告で挙げているような『脳トレ』の効果が学術的に立証されていないとの訴えを受けて200万ドルの賠償金を支払うこととなった。

Lumos Labs, the company behind the popular Lumosity “Brain Training” program, is agreeing to pay $2 million to settle deceptive advertising claims brought by the Federal Trade Commission.

Lumosityはアメリカ生まれの脳トレサイト(ないしアプリ、プログラム)だが、日本語版も出ているのでふとした時にCMや広告を見たことがある人もいるのではないかと思われる。Lumosityは『記憶力の低下や痴呆、アルツハイマー病の予防』や『学校、会社、スポーツでの最大限のパフォーマンスを発揮』果ては『PSTDやADHD、化学療法による副作用による認知力の低下の防止』に役立つとその素晴らしい効果を広告では謳っていたが、実際にはそんな効果があることは一切科学的な根拠を持たないことが明らかになった

これにより誇大広告、あるいは虚偽の広告としてLumosityを運営するLumos Labsは200万ドルの賠償金を支払うことを命じられた。

Lumosityは消費者を食い物にした

恐らくだが、多くの人にとって老いや衰えはとても恐ろしいものであると思う。それは自分が確実に死に向かっていっていることを否が応でも認識させられるからだ。あるいは最盛期を過ぎてしまった自分の人生が無意味に感じられてしまうからかもしれない。それはそれで何かしらの死の意識に近いように思える。

『Lumosityは消費者を食い物にした』と米国連邦取引委員会消費者保護局の長官は言い渡した。無論、そのように人の老いや衰えといった死の影をちらつかせて恐怖を煽り『これにすがれば救われますよ』と根拠もなく言う行為は紛れも無く消費者を食い物にした悪質な行為であると言える。

本当に無意味なのか

まぁそれはそれとして記者はこの手の脳トレが大好きである。ネットでIQテスト的なモノを見かけると勇んで飛びつくタイプである。というわけでLumosityも広告で見かけて即座に始めたクチである。なのでどうせなのでLumosityがどのようなゲームなのかこの際なので説明しようと思う。

Lumosityは『スピード』『記憶力』『注意力』『柔軟性』『問題解決能力』の5つの指標を測るゲームが現在(現在でも運営しているのだ、恐ろしいことに)全24個あり、毎日それらの指標を測るゲームを1つずつ、全5種(無料版は3種のみ)プレイしてその日の自分のコンディションや成長度を測ることができるようになっている。有料登録すると24種のゲームを好きな時にプレイできるいわゆる『フリープレイモード』も楽しめる。

記者は残念ながら有料版に登録していないため全ゲームをプレイしたことはないので全てのゲームの説明はできないが、たとえば『カードを一枚ずつ提示され現在のカードが一つ前のカードと同じかどうかを延々と選択させられるゲーム(スピード)』や『空から次々と降ってくる簡単な四則演算を延々解くゲーム(問題解決能力)』『赤、青、黄、黒色のどれかで描かれた『赤』『青』『黄』『黒』という文字が上下に二つ並びと上の文字が示している『意味』と下の文字の『色』が同じかどうかを延々と選択させられる』などと人によっては苦行としか思えない『脳トレ』が用意されている。

こんな感じ

こんな問題が出る

上の文字が『赤』であり下の文字の色が『黄』なのでこれは同じでないと答えるのが正解。

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だがもう一度言うが記者はこの種の脳トレが大好きである。脳にいいかなんて関係ない、ただ好きだから好きなんだ!とジュブナイルな告白めいた台詞を吐く程度には好きだがいざ『科学的に何の効果もありませんよ』と言われると「科学テメェ」というか、何か心情的に引っかかるものを覚える。え、何、あの脳トレには何の意味もなかったの、記者と脳トレの蜜月はただの『お遊び』に過ぎなかったの、と思ってしまう。

いやいやそんなことはないはずだ。あんなに楽しかった時間が無駄なわけはないはずだ。米国連邦取引委員会消費者保護局だかなんだか知らないがオバマが認めなかろうと記者だけは脳トレの良さを理解してやりたいと思う。よしんば脳を鍛える効果がなくても何かしらの利点くらいはあるはずだ。そうでないと記者が脳トレに費やした時間が無駄になってしまうので。

というわけで今回は『脳トレ』は本当に脳に何の益も生み出さないものなのかを考えてみようと思う。

脳を鍛える大人のDSトレーニング

Lumosityの効果の有無が話題になったのは比較的最近の話だが日本では既に数年前に『東北大学未来科学技術共同研究センター川島隆太教授監修 脳を鍛える大人のDSトレーニング』(以下、脳を鍛える大人のDSトレーニング)で脳トレの効果の有無が話題になっている。

『脳を鍛える大人のDSトレーニング』は簡単な計算や音読が脳の効果的なトレーニングになると実証された、という触れ込みで売りだされた。これは認知症患者に用いられる『学習療法』という治療法に基づいたものだが実はそもそもそもそも学習療法に『不備な点や論理の飛躍が多い』として効果があるかどうかというところから疑われている。さらに学習療法はスタッフとコミュニケーションをとりながらおこなわれることを前提とされているが『脳を鍛える大人のDSトレーニング』はしいて言うならポリゴン顔の川島教授の支持に従いボタンを押す程度しかコミュニケーションの機会がない。とにかく『脳を鍛える大人のDSトレーニング』は学習療法という根拠の曖昧なものにさらに曖昧な要素が絡む非常に効果の怪しいものであった。

ここから延々と脳トレの効果があるなしの論文が国内外を問わず飛び交い『脳トレには効果がある』と論文誌に掲載された翌週には『脳トレには効果がない』という論文が掲載されるという泥試合が巻き起こり、勢いこそ衰えたものの今なお続いている。Lumosityは今回『一切科学的な根拠を持たない』という結論が下されたわけだが、実際には『根拠らしきものは出てくるけど毎度それに反するデータも出てくるのでどっちかわかんねぇ』という状況が実際のところだろう。恐らく来年までにはまた脳トレの効果を『立証』する論文が出るはずだ。

というわけでここで記者がそれらの論文をもとに「脳トレにはアルツハイマー病等の予防の効果がある」とのたまうと「脳トレ信者テメェ」と泥試合に巻き込まれるハメになるのでそちらのジハードは最前線にお任せしてもう少しささやかな範囲で、脳トレには大きな効果がないとした上で『そこをなんとか』なレベルの効果を探したいと思う。

ストレス解消

まず、少なくとも脳トレがある種の人達にとって一定のストレス解消になっていることは間違いないだろう。あらゆる人にとってプレイするたびにストレスが溜まるようなものであったなら『脳を鍛える大人のDSトレーニング』もLumosityも全世界で大ヒットはしていないはずだ。

ストレスの効果は想像以上に大きい。たとえば贅沢病と言われる痛風。痛風は体内に尿酸が溜まりそれによって関節に痛みが生じる病気である。痛風とセットでよく聞くプリン体はもちろんのことアルコールの代謝の際にもこの尿酸は生じる。というわけで痛風には酒、特にプリン体を含むビールは絶対厳禁と言われており、そのせいで痛風はアルコール愛好者からとても恐れられている病気だったのだが、10年ほど前に納光弘先生という医師が自身が痛風になった時に『酒を飲んだ飲まなかった時や酒を飲んだ時や酒をめちゃくちゃ飲んだ時』などを自らの体で実験してストレスも尿酸値の上昇に関わっており場合によっては飲酒することによる尿酸値の上昇よりも飲酒できないストレスによる尿酸値の上昇の方が多かった(日本酒1.5合程度だったらむしろ尿酸値は下がった)ことがあったらしい。

アルコール好きの執念は恐ろしさの話はともかく、しかしその程度の効果だったら別に脳トレでなくてもなんでもよくなってしまう。なんなら普通のゲームで構わないだろう。

ゲームによる『脳トレ効果』

ところで記者は脳トレが好きだがゲームも好きである。アクションゲームやRPGももちろん好きだがテトリスや倉庫番のようなパズルゲームが一番好きである。特に倉庫番は時々本気で頭を働かせないと解けない難問があるので正直脳トレより倉庫番の方がよっぽど論理力のトレーニングになると思うのだがそれはそれとしてテトリスなどをプレイしている時のあの流れ作業感が大好きである。思えば脳トレの楽しさも一度慣れてからの脳トレ以外のことが一切頭に入る余地がない感覚が好きなような気がする。試したことはないがfMRIを取ったらテトリスをしている時も脳トレをしている時も記者の頭は似たような脳波を出しているはずだ。

だとすればテトリスの利点を見つければ脳トレの利点を導き出すことにならないだろうか。というわけでテトリスをプレイすることで得られる利点を探したところ、こんな記事が見つかった。

カリフォルニア大学の名誉教授、リチャード・ハイヤー博士は、脳が発達段階で、普段ゲームをすることのない10代の女性を2つのグループに分け、1つのグループに3か月間、毎週平均1.5時間テトリスをプレイしてもらう実験を行いました。すると、ゲームを続けたグループは、脳内で情報処理を司る部分の灰白質(神経細胞の集まり)の厚みが増し、実験を始めた頃に比べて、脳の一定の場所の効率が上がりました。この結果について、「私たちの脳は何かを行う時に、使うべき領域を学んでいるのだと考えられます。そしてゲームを続け、上達することで、無意識にプレイできるようになるのです」と見解を述べた博士。
– http://www.huffingtonpost.jp/lealta/post_7795_b_5497758.html

要するに『慣れないテトリスをやらせ続けたら脳が効率よくできるようにちょっと大きくなった』という研究だ。おぉ、まさに記者が求めていたような研究ではないか。脳トレもやってるうちに効率が上がってくるので『テトリス』の部分を『脳トレ』に置き換えても全く違和感がないところも嬉しい。やはり脳トレに効果はあったのだ。ただ記者のように脳トレに慣れきって惰性でプレイし続ける利点については少しも触れられていないが。

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ショッキングな出来事のあとにテトリスをプレイするとその記憶が緩和されたという論文もあるのでストレス解消の意味を含めても惰性の脳トレにもある程度の利点はあるだろうが。

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しかしこの研究内容、あまりにも汎用性が高すぎるような気がする。『テトリス』でも『脳トレ』でも構わないしなんなら『ビートマニア』だろうと『トランスフォーマー コンボイの謎』でも似たような研究結果が出る気がする。実際、ゲームに慣れていない人間がゲームをプレイすることの有効性を示す論文はいくつもあり、たとえば3Dゲームは記憶力を向上させる、右脳の海馬、前頭前皮質、小脳を大きくするなどの研究がなどがある。その他にも3Dゲームは空間認識力を上げるなどとも言われており、さすがにテトリスでは空間認識力は向上しないであろうのでテトリスよりは3Dゲームの方が幾分脳トレに効果があるように感じられる。

ゲームから話は離れて楽器の演奏は脳に良い、という話もある。なんと幼少時にピアノを習うと創造性分析力語学力数学的思考問題解決能力記憶力おまけに運動神経まで向上するらしい。さすがにそこまで言うとウソくさいような気がするがカシオの調査によると東大・京大・早稲田・慶応大学の43%もが子供の頃にピアノを習っていたというデータもあるくらいだからさすがに多少は脳に良い影響があるのではないかと思われる。

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ただし東大京大早稲田慶應等に入れる学力を持った子供の家庭はそれなりに裕福な家庭なので半ば必然的にピアノを習っていた人間の比率が多いという可能性は非常に高い。ただそういった可能性を考慮しても43%という数値は(少しデータの取り方に偏りがあるのではないかと疑ってしまうほど)高い数値である。ちなみに裕福な家庭で育った人間の方が学力が高い傾向にあるという研究結果もある(ただしこれも原因を究明するのは容易なことではないだろう)。

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とここまでくると『慣れない課題に取り組み続けることで効率化をするために脳の特定部位が大きくなるあるいは活発化する(結果として少なくともその課題を解く能力は向上する)』という命題には(経験的にも)一定の説得力があるように思える。そうなると問題は脳トレをすることでどの程度脳の容量が大きくなるのか、ということが争点になってくるわけだが、何年も効果のあるなしの結論が出ていないところを見るとカバーする範囲は広いかもしれないが脳トレが際立って他の課題よりも脳に影響を与えるわけでないであろうことが予想される。

つまり結論は結局のところ

脳トレにはもしかしたら脳を鍛える効果があるかもしれない。ただ、それは普通のゲームで得られる程度のレベルだが(そしてその程度だったら他の趣味に時間を費やしたほうがマシ)。

ということになるだろう。やや凡庸な結論かもしれないが、その責任は未だに決定的な結論を出せない脳科学界に押し付けたい。

それはそれとしてそうなると脳トレの効果を声高に謳うためにはゲームの効果を持ち上げると良さそうに見えるが、川島隆太教授らの研究グループはつい先週「長時間のビデオゲームが小児の広汎な脳領域の発達や言語性知能に及ぼす悪影響を発見」したという論文を提出している。川島隆太教授は『脳を鍛える大人のDSトレーニング』の監修費として12億円をもらい、その金のほとんどを研究室の設備投資に充てている。つまりゲーム会社からもらった金でゲームを貶める論文を書いたということになる。実に科学的精神(パンク・スピリッツ)にあふれた人だと思う。とりあえず次は長時間脳トレをするとどうなるか実験してみてほしい。

REFERENCE:

lumosity

lumosity

http://www.lumosity.com/

Lumosity pays $2 million to FTC to settle bogus “Brain Training” claims

http://arstechnica.com/tech-policy/2016/01/lumosity-pays-2-million-to-ftc-to-settle-bogus-brain-training-claims/

東大・京大など難関大生の多くは3歳からピアノを習っていたことが判明

http://netallica.yahoo.co.jp/news/20160103-88195277-irorio

コラム | 高橋整形外科クリニック – 千歳市千歳駅徒歩3分(ペウレ千歳5Fメディカルスクエア)

http://www.takahashi-orthopedics.or.jp/column/detail.php?id=21

12億円を辞退、ゲームもしない:『脳トレ』の川島教授

http://wired.jp/2008/02/06/12%E5%84%84%E5%86%86%E3%82%92%E8%BE%9E%E9%80%80%E3%80%81%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%82%82%E3%81%97%E3%81%AA%E3%81%84%EF%BC%9A%E3%80%8E%E8%84%B3%E3%83%88%E3%83%AC%E3%80%8F%E3%81%AE%E5%B7%9D%E5%B3%B6/

長時間のビデオゲームが小児の広汎な脳領域の発達や言… | プレスリリース | 東北大学 -TOHOKU UNIVERSITY

http://www.tohoku.ac.jp/japanese/2016/01/press20160105-01.html