かつて、フランスのシャーロック・ホームズと呼ばれたエドモンド・ロカール博士は、犯罪学の教授であり、科学捜査の先駆けというべき存在です。彼の定義した、「すべての接触には痕跡が残る」という科学捜査の基本原則は、現在も古びたものにはなっていません。

あえて明るい話題からはじめましょう。最新の研究によると、ついに私たちの皮膚や所有物に付着している細菌から、犯罪容疑者の身元や居場所を突き止められるようになりそうです。

A small pilot study has shown that the germs on personal belongings such as shoes and mobile phones are actually a useful way of tracing a person’s whereabouts – something that may prove useful in forensic investigations.

多くの場合、犯人は知らぬ間にたくさんの情報を残していく。

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細菌で犯人を追う

たとえばDNAや指紋、毛髪……。そんな、容疑者自身が落としていった身元や素性を明らかにする『情報』の数々は、法医学者の強い味方です。そんな彼らが、科学捜査で新たに目をつけたのが細菌でした。細菌は、ありとあらゆる過酷な環境でも生息しており、また人体の各部にも存在しています。実は、個人に固有の『私しか持っていない』細菌もいるのです。

シカゴ大学のサイモン・ラックス氏率いる研究チームは、靴に付着した微生物や細菌から、持ち主の素性を調べられるかを調査しました。アメリカで開かれた3つの学会の出席者から、ランダムに89人を選出して靴を鑑定したのです。するとその表面には、個人に固有の細菌と、学会の開かれた土地によって性質の異なる微生物が付着していました。つまり、靴を鑑定すると『個人』と『場所』が調べられるのです。

この方法は携帯電話に有用。手が触れる部分、顔が触れる部分、口に近い部分があるため、それぞれ異なった細菌・微生物を使うことができる。

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もっとも、この方法の実用化にはまだ時間がかかりそうです。なぜなら、靴底の細菌や微生物は1日中変わりつづけるため、人が歩けば歩くほど、その人物のいた場所の特定は難しくなります。同じように、多くの人が通る場所の細菌や微生物も、現時点では科学捜査に有用とはいえません。

しかし、この方法は『場所』より『時間』の推定に役立つものです。たとえば、死後、時間の経過した遺体に付着した細菌や微生物を調べることで、その遺体が死後どれだけの時間を経過したかを推定することができるといいます。これは、遺体に群がる昆虫を分析して死因や死後の経過時間を推定する法医昆虫学に基づくものです。

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法医学の落とし穴

しかし、科学捜査を全面的に信頼することに警鐘を鳴らす人々もいます。ニューヨークを拠点に、冤罪判決を覆す取り組みを続けるNPO『イノセンス・プロジェクト』の創設者、ピーター・ニューフェルド氏はそのひとりです。

指紋鑑定についてのある研究では、ひとりの専門家が同じ指紋を鑑定した場合でも、受けた事件説明が異なれば別の結論を導き出す可能性があることがわかっています。DNA型鑑定の場合も、複数の人間が同じサンプルを鑑定したとき、その結論は「犯人でないとはいえない」「犯人でない可能性がある」などに分かれることがあります。また毛髪の場合も、ひとつの毛髪と非常によく似た毛髪が世界中にどれだけあるか、知っている人はいるでしょうか……。

ピーター・ニューフェルド氏(右)

「(鑑定ミスの)確率が1万分の1だといわれるとき、それはただ単にでっち上げの数字にすぎない」

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True Justice For Meredith Kercher

昨年FBIは、すでに裁判にかけられた事件の268例について、なんと96%に、科学的に信頼性の低い証言などの『誤り』が見つかったと発表しました。33例には死刑判決が出ており、さらに9例は刑の執行を終えているといいます。もちろん、誤りが正されたところで有罪判決が覆るとは限らないのですが……。以前、米国科学アカデミーは報告書でこのように指摘しています。

「科学捜査の誤った分析に基づいた証言が、罪なき人々に冤罪をもたらしてきた可能性がある」
「多くの場合、科学捜査の専門家は、手法の有効性や結論の正確性を立証することができない」

ここで述べられているのは、科学捜査が、事実ではなく個人の『主観』に引っ張られてしまう可能性です。たとえば担当者は、その事件について何を知っていて、どのように考えていたのか……。

もちろん、彼らが信頼できない証拠を鑑定していたわけではないでしょう。また、なんらかの意図を持って鑑定に臨んだわけではないと信じたいものです。しかし、科学捜査を人がおこなう限り、先入観などの影響を受けてしまうことはあるのです。

担当者には関係のない情報を与えず、必要な情報を必要な時にのみ与えるなど、認識や判断に影響を生じないための対策が急がれる。

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日本の事例

足利事件

1990年5月、栃木県足利市で女児(当時4歳)が殺害されるという事件(通称『足利事件』が発生しました。約7ヶ月後、警察は同市内に住む菅家利和氏(当時44歳)を容疑者として逮捕します。決め手となったのは、採取された体液のDNA型と菅家氏のDNA型が一致したことでした。

弁護側は、導入されたばかりのDNA型鑑定には信頼性に疑問があると主張。1997年にDNA型の再鑑定を申し立てるも、最高裁は取り上げていません。2000年には最高裁がDNA型鑑定の証拠能力を認め、第一審の無期懲役判決が確定します。しかし、2008年に事件に関する疑問点や矛盾点がメディアで報道されたのち再鑑定が決定。その結果は『一致部分が非常に少ない』というものでした。

もちろん、現在の科学捜査の技術は当時より向上しました。しかし、菅家氏の逮捕当時からDNA型鑑定の信頼性が疑問視されていたにもかかわらず、再鑑定が10年以上行われなかったこと、また2008年に再審請求が一度棄却されていることには、単なる『技術的エラー』以上の問題が含まれています。

精神科医・福島章氏

菅家氏を『代償性小児性愛者』と鑑定。のちに「犯人であることを前提に鑑定した」と述べた。

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しかし、冤罪が晴れるまでに長い時間を要したのは、そこに誰かの『主観』があったから……というだけの話なのでしょうか。ひとりふたりの『主観』であれば、問題はさほど複雑にはなっていなかったはずです。むしろ『主観』の数が膨れ上がったことで、『事情』ともいうべき別の問題が生じた……。この問題は、足利事件に限った話ではありません。

ひとりの法医学者

時を遡ること半世紀以上、日本にひとりの法医学者がいました。

彼の名前は古畑種基、1916年に東京帝国大学医学部を卒業したのち、金沢医科大学、東京大学、東京医科歯科大学の教授を歴任しました。1956年には業績が評価されて文化勲章を受章しています。しかし、科学捜査の研究に大きく寄与した古畑氏の評価は、1975年の没後に急落することとなります。

古畑種基氏

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彼が携わった「弘前大学教授夫人殺人事件」(1949)「財田川事件」(1950)「島田事件」(1954)「松山事件」(1955)などが冤罪事件であったこと、その鑑定結果や証言が信頼性に乏しかったことが明らかになったのです。彼の『主観』が鑑定に影響したのか、それとも別の問題があったのか……。今となっては定かでないことが多いものの、古畑氏には証拠捏造および黙認の疑惑もあったといいます。

上に挙げた4つの事件は、すべて古畑氏の没後にその判決が覆り、被告たちは無罪を言い渡されています。このことが偶然の出来事なのか、それとも別の『事情』があったことなのかも、今となっては証明できないことでしょう。

なぜ事件は再審されなかったのか、DNA型の再鑑定までに10年以上の時間を要したのか。かつての冤罪事件は、なぜひとりの法医学者の死後に判決が覆ったのか。

はじまりが『技術的エラー』か『人間の主観』かはさておき、問題は最終的に、より大きな『事情』に回収されてしまったのかもしれません。

2009年、菅家利和氏釈放

このとき栃木県警の幹部たちは「捜査は妥当だった」といい、元刑事部長の森下昭雄氏は「(菅家氏が)犯人だと信じている」と述べた。

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たとえば、ある出来事の結果『エラー』が生じた。しかし、実はそれは人間の『主観』によるものだった。そして、一連の問題は『事情』によって隠されたり、あるいは曖昧にされていく。もちろん、このステップが上がるほど問題の取り返しはつかなくなっていくものです。しかし、こんな出来事を私たちはよく知っているような気がします。

もちろん、科学捜査の技術が進歩するのは喜ばしいことに違いありません。しかし、それはやはり『人の手でおこなわれること』で、ゆえにエラーが生じることもある程度避けられないものです。すると問題は、そのエラーがいかに認知され解決されるか、というだけのことでしょう。では、『それだけのこと』がなぜとても難しいのか……。その答えもまた、きっと誰もが知っているはずです。