街に現れたテントではピエロや動物たちの曲芸が行われていて、観客はしばしの非日常に目を奪われていました。数日経つとテントは消えて、人々や動物たちもいなくなっています。まるで、そこにいたこと自体が嘘だったかのように……。彼らは、その技を披露することで自らの生活を維持する『プロ』の集団です。

いまメキシコで、サーカスの一座が決断を迫られています。来る7月8日、サーカスで動物の利用を禁止する法律が施行されるのです。

Thousands of exotic species such as camels, tigers and elephants are at risk of becoming homeless in Mexico as the country’s new law banned the use of animals in circuses to tackle animal cruelty.

ピエロたちの抗議

動物虐待への対処のため施行されるこの新法によって、ラクダ・トラ・ゾウなどの外来種数千匹が、その行き場をなくすことになるかもしれません。すでにいくつかのサーカスが閉鎖に追い込まれており、ピエロのジュリオ・セザール・ラミレス氏は「これで多くの仲間が職を失ってしまう」といいます。

昨年6月、1,000人以上のサーカス関係者が、メキシコ都市部の街頭で抗議活動を展開しました。新法が施行されると、サーカスで働く約50,000人の従業員と、3,000~3,500匹の動物に影響が出るといいます。サーカスの従業員組合で会長を務めるアルマンド・セデーニョ氏は「私たちが世話できなくなれば、動物たちは永遠に眠ることになるだろう」と述べているのです。

サーカスの経済状況

たとえばトラを飼うために、1日に3,000メキシコ・ペソ(約23,500円)必要。

アルマンド氏らは、一部のサーカスで動物虐待が起きていることを認めつつ、「鞭を持った調教師の固定観念はすでに時代遅れになった」とも述べています。彼らは、市内にある推定50のサーカスを対象とした監査制度を提案するなど、動物の利用を継続するため活動に取り組んでいるのです。

ゾウも出動。

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怒るピエロ。

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保護側の主張

しかし、動物の保護を訴える人々は、サーカス関係者とは別の考え方で物事を捉えているようです。

たとえば、政治家イエス・セスマ氏は、新法を「人間以外の生き物を尊重するもの」と説明しました。また、動物の利用禁止を訴えるNGO団体は「飼育下にある動物は肉体的・精神的苦痛を受けている」として、「サーカスは動物が自然にふるまうことを否定するもの」と述べています。彼らは「自然での生活は、トラックやテントの裏側に用意できるものではない」と主張するのです。

「ゾウは小さな場所に閉じ込められて、立ち上がるか横になるか、前後に数歩ほど動くことしかできない」

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「ライオンとトラは、生活の9割以上をワゴンの中で過ごす。彼らは自由に歩き回り、交流する必要がある」

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つまり彼らにとっては「サーカスに出ている時点で動物は守られていない」のであり、サーカス側の「虐待を排除しながら動物の利用を続けたい」という主張とはすでに噛み合っていません。

新法の落とし穴

7月に施行される新法では、サーカスに限らず、広告や懸賞、ギャンブルなど様々な分野での動物の利用が禁じられています。たとえば環境や食事など、動物の本能に影響を与えるもの全般が禁止の対象になるというのです。しかし、イルカショーや闘牛は禁止の対象には含まれていないといいます。

またサーカスのオーナーたちは、動物たちの行き先が未だはっきりしないことを指摘しています。受け入れの選択権を最初に持つのは動物園ですが、そこで受け入れられなかった動物たちは政府当局に引き渡されることもあるといいます。

一方で、公営の動物園は厳しい予算状況のため受け入れに積極的でなく、公営の保護施設は多くの動物を受け入れる設備を有していません。政府は民間の保護施設と取り決めが済んでいると発表しましたが、それがどこの施設で、いくら資金提供がなされたかはまだ謎のままです。

動物が闇市に売られることもある

しかし政府は規制していない。

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サーカスでの動物の利用を禁じるための運動を世界中で展開している、“Animal Defenders International”(ADI)のティム・フィリップス氏は、こうした現状から、新法の施行が延期される可能性を示唆しています。

ボリビアでサーカスでの動物の利用が禁じられたことをきっかけに、2010年より、ADIは動物の『救出活動』を実施しています。彼らは現在、33匹のライオンと熊をペルーからアメリカへ空輸する取り組みを行っており、こうした取り組みをメキシコでも活かしたいと考えているようです。ティム氏いわく、ADIは政府からの要請を待っているといいます。

ペルーで救出されたライオン、ロレックス(左)とチノ(右)。

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一方で彼は、馬などの一般的な種や外来種が大量に売却され、その数が激減することを懸念しています。しかし「動物を闇市に売るのは、サーカスのオーナーにとって長年の慣例」とも述べており、それが新法のせいだとは言い切れないと主張しているのです。

規制への動き

木下大サーカス

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今のところ、日本ではサーカスでの動物の利用は禁じられていません。法令「展示動物の飼養及び保管に関する基準」には、動物の飼育や展示について、たとえば以下のように定められています。

動物に演芸をさせる場合には、演芸及びその訓練は、動物の生態、習性、生理等に配慮し、動物をみだりに殴打し、酷使する等の虐待となるおそれがある過酷なものとならないようにすること。

しかし近年、この法令が守られていないとして、日本でもサーカスに対する抗議行動がしばしばみられるようになってきました。また海外では、サーカスでの動物の利用を禁じる法律が施行されたり、自主規制を行う団体が現れているといいます。メキシコのサーカスから動物が消えるまで残り3ヶ月、本格的にその波が日本にもやって来ても不思議ではなさそうです。

「動物は道化師ではない」

ボリビアとギリシャではすべての動物が、イギリスとコロンビアでは野生動物がサーカスで利用禁止に。

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そもそも曲芸を訓練することにも、それを商売にすることにも、一方で批判することにも、結果として使用が禁じられることにも、当事者である動物たちの意志はありません。すべては『人間のすること』で、彼らはその意志に従わざるを得ないのです。逆にいえば、調教師たちが失業したところで、彼らには知ったことではないのかもしれません。

それならばせめて、急ぎの対応による準備不足で、動物たちが苦しまずに済むことを祈りたいものです。突如として居場所を失い、自分がどこへ行くことになるかわからない、そこでどうなるのかもわからない……。そんな苦しみは、たとえ人間でも想像することは難しくないでしょう。

REFERENCE:

Mexico circus ban ‘will leave thousands of tigers, elephants and camels homeless’

Mexico circus ban ‘will leave thousands of tigers, elephants and camels homeless’

http://www.ibtimes.co.uk/mexico-circus-ban-will-leave-thousands-tigers-elephants-camels-homeless-1492365

Circus employees in Mexico City protest over animal ban

http://www.bbc.com/news/world-latin-america-27788291

Mexico City: Circus Employees Protest Animal Ban that ‘Will Leave Thousands Unemployed’

http://www.ibtimes.co.uk/mexico-city-circus-employees-protest-animal-ban-that-will-leave-thousands-unemployed-1452265

Mexico deadline to ban circus animals looms but doubt shrouds creatures’ fate

http://www.theguardian.com/world/2015/mar/27/mexico-deadline-ban-circus-animals-looms

展示動物の飼養及び保管に関する基準

http://www.env.go.jp/hourei/18/000273.html

サーカスでの動物の利用禁止は世界の流れ

http://circuscruelty.animals-peace.net/worldtide