『働きアリの法則』というものがあります。

会社などの組織において、たとえば1000人の従業員がいるのならばそのうちの200人、2割はとてもマジメに働き、6割が普通に働き残り、2割は全く働かない、そして働かない2割をクビにしても800人の中からやはり働かない2割が生まれてしまう、という組織の構成員の仕事に対する姿勢の差とその普遍的な割合を示した法則です。

この法則は働きアリを観察することで得た割合であると言われていますが、実は働きアリは半数近くが働いていないことがアリゾナ大学の研究により明らかになりました。

Charbonneau and Dornhaus tracked the behavior of 250 ants in five different colonies over three weeks, finding that almost half of them were consistently inactive.

サボりにも意味がある?

半分近く働いていなかったらもはやそれは働きアリではないのではないか、というのはともかく、考えてみると不思議な話です。普通に考えれば働いていない存在というのは組織にとって無駄だからです。ある程度、命の安全が確保されてヒマを持て余している人間という種ならともかく、アリのような絶えず自然淘汰に晒されている種に働いていない個体が半数近くも存在するのは少々納得がいきません。半数近くも働いていない種よりも、きちんと働く個体だけの種の方がよっぽど『効率』がよいはずで、働かない個体を持つ種は淘汰されていてもおかしくありません。

しかし、実際には『働きアリの法則』という言葉が示しているようにアリというものは組織の中に働かない個体を確保して生き残っています。だとしたら全ての構成員が真面目に働く組織よりも2割、あるいは半数がサボっている組織の方が淘汰に耐えうる機構を備えている、つまりサボっている個体は無駄な存在ではなくきちんと意味がある存在だということになります。

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観察に使われたアリ『Temnothorax rugatulus』

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Daniel Charbonneau

さて、ではこのサボりにはどのような意味が隠されているのでしょう。研究者はいくつかの仮説を立てました。

休憩時間中

あまりに人とかけ離れた存在であるがゆえにあまり想像されにくい話ですが、昆虫も生物ですので疲れれば休憩を取り、眠る時は眠ります。ならば働いていないアリはただ単に休憩、睡眠中なのではないかという考えがまず浮かびます。つまり『働いていないアリは最初からいなかったんだ』説というわけですね。

研究者は5つの巣に住む250匹のアリを3週間にわたって観察し、仮説を確かめました。その結果、働いていないアリは休憩というわけでなくただ単にずっと働いていないことがわかりました。

人間にはわからない仕事をしている

……しかし働いていないといってもそれは私たちの目に見えるわかりやすい仕事をしていないだけという可能性があります。人間で言うとプログラマやライターが腕を組んでじっとしている時、あるいは指示を出すだけの現場監督のようなものでしょうか。さすがにアリにそんな職業はないはずなので研究者は『働いていないように見えるアリはエサなどを運ぶ働きアリの情報伝達係を担っているのではないか』と考えました。

しかし観察の結果は『働いていないアリは働いているアリとほとんど関わることはなく、情報のやりとりをしている可能性は低い』というものでした。やっぱり働いていないアリは働いていないようです。

働いていないアリは予備軍

とにかく働いていないアリは働いていないということを確認した上で、働かないアリがなぜ働いていないのか改めて考えてみましょう。

研究者は組織の柔軟さと頑強さに着目しました。柔軟さとは『今の仕事を差し置いて優先してエサを女王に持っていかなければならない』という時にすぐにその仕事の『割り込み』に対応できる力などを指し、頑強さは『昨日小学生に20匹踏み潰されたから外に出てエサを調達するアリの数を至急増やしたい』という時にすぐに増員できる力などを指します。たしかにこの二つは組織にとって非常に重要な存在です。研究者は働いていないアリがこの柔軟さと頑強さをカバーする緊急時に備えた予備のアリであると考えたのです。

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組織には柔軟さと頑強さが重要。

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しかしここで新たな疑問が生まれます。予備のアリは生まれた時から予備として生まれてくるのでしょうか。もしそうだとして、予備のアリが今働くべき時である、とどのように判断するのでしょうか。アリの知能はさほど高くないので非常に単純な理由により『今は働くべき時ではない』『今が働く時である』と判断しているはずです。そこで研究者はアリがどのような理由で働いていないのか考えました。

腰の重いアリ

研究者はそれぞれの個体によって仕事を始めるスレッショルドの高さに違いがあるのではないかと考えました。スレッショルドは日本語に直すと『閾値』などになるのですが、どちらにせよあまり馴染み深い言葉ではないので『仕事に移るまでの腰の重さが』あたりがわかりやすいでしょうか。研究者はこのスレッショルドの問題を『ルームメイトの中にも流しに皿が溜まっていてもなんとも思わない人もいれば少しでも皿が残っていたら洗わずにはいられない人がいる。結果、皿を洗う人は限られてくる』とシェアハウスの皿洗いというユニークな例えで説明をしています。

専門性のなさゆえの足手まとい

次に研究者は巣の大きさから現れる仕事の専門性の高さに着目しました。規模の小さな巣ではアリ一匹が受け持つ仕事の種類は必然的に増えざるを得ません。巣にいる幼虫の世話をしながら外に出てエサを運ぶ、といった複数の仕事をする『なんでも屋』のような働きアリが現れます。しかし巣の規模が大きくなるとエサを運ぶアリはエサを運ぶだけ、幼虫の世話をするアリは幼虫の世話をするだけ、という専門性に特化したアリが増えるようになります。そうなった時、どうしても個体に能力の差が出てしまうので専門性を持てない『余り』の個体が出てしまいます。そのような余りの個体は結果的に仕事がなくなり働かなくなる、と考えました。

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組織の構成員数が少ない時は一人がいくつもの仕事をしなければならない。

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どちらもありそうといえばありそうな話ですが仮説を確かめる実験は残念ながらおこなわれていないようなのでどちらが正しいかということはわかりませんが、研究者はさらに説得力のある仮説を立てました。その発想は少々グロテスクです。

貯蔵庫としての個体

その仮説は『働かないアリは栄養を貯蔵するためのアリ』というものです。オーストラリアに住む『ミツツボアリ』は体内に大量に花の蜜を貯めて巣の天井にぶら下がり他の個体に蜜を分け与える個体がいることが知られていますが、ミツツボアリでなくともアリは体内の蜜を他の個体に分け与えることが可能です。それゆえ研究者は働いていないアリはミツツボアリのように蜜を分け与えるだけの存在なのではないかと考えたのでした。

働くこともせずにただひたすら食物を摂取し、時が来たら誰かに分け与える。人によってはなんて素晴らしい役割なのだろうかと思うかもしれませんが、記者は少し『ヘンゼルとグレーテル』を思い出します。あの話は自身が食べられてしまうものなので少々勝手は違うのでややのどかな雰囲気なものかもしれませんが、最後の仮説はヘンゼルとグレーテルよりも恐ろしいものです。

食用の卵を産ませるための個体

論文にはなっていないようですが、一説によると働いていないアリは卵巣が発達しており、他の働いている個体に比べて卵を産みやすい体になっているようです。アリの中には女王アリ以外の個体が産んだ卵を食用として利用する種がおり、それゆえ研究者は『働いていないアリは食用の卵を産むためにいるのではないか』と考えました。

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ならば仕事をしないアリはメスしかいないのか

その通り仕事をしないアリは全てメスである。しかし、仕事をするアリもメスだけである。アリの巣に住む構成員はほとんどがメスでオスは他の巣に住む女王アリと交尾をするためだけに生まれ、交尾をした後は死ぬ。ならば働きアリのメスはどのようにして卵を産むのかというとアリは単為生殖が可能で、オスがいなくても卵を産むことが可能なのだ。また、単為生殖によって産まれた個体は全てオスである。つまりアリのオスはほとんど自分を産んだ片親の遺伝子を他の女王アリに届けるだけの存在である。

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実際、働いていないアリが卵を産むことが可能な体になっているかはまだわかっていないようですが、アリの種の中には食用に卵を蓄えておく種がいることからこの仮説は充分にありえると述べています。

単為生殖なので愛情の結晶というわけではないものの自分のお腹を痛めて産んだ子供が同種に食べられる運命にあり、しかも自分がそのためだけに存在すると考えるとかなり恐ろしいです。あえて人間にたとえるのならば人間を鶏と同じように家畜として扱っているとなるでしょうか。想像するだけで恐ろしい話です。

アリの機構の応用

それでも、結局のところ、未だに仮説は仮説であり実際にどのようにして働かないアリが存在するようになったのかはわかっていません。しかし研究者は働かないアリをクラウドコンピューティングにおけるバックアップ用のサーバになぞらえてこの自然淘汰によって生まれた柔軟さと頑強さのための働かないアリを研究することはロボット工学や情報工学への応用に繋がると述べています。

たしかに実際の生物の群体のアルゴリズムを利用したコンピュータは一部の研究者によって着目されている分野ではありますが、どちらかといえば先に人間社会に当てはめて考えてしまいます。

仮説を真に受けるのならば『働きアリの法則』に倣うのであれば会社員として従事する人の2割はマジメに働き、6割は普通に働き、残りの2割は家畜同然ということになります。なんというか、マジメに働いている方がまだマシです。

REFERENCE:

Ants May Have Reason to Be Anti-Work | UANews

Ants May Have Reason to Be Anti-Work | UANews

http://uanews.org/story/ants-may-have-reason-to-be-anti-work

コミュニケーション学科 教員コラム: [牧野多聞] 夏の自由研究「アリの観察」

[referencehttp://www.kokugakuin-jc.ac.jp/blog/column/commu/2006/09/post_17.html][/reference]

—単為生殖の話— 働きアリが働きアリを産む話

http://www.geocities.jp/tomioitow/newpage20.html